16.夜会
あっという間に、この日が来てしまった。
人生初の夜会参加だ。
ルークはこれまで自国他国問わず、様々なパーティに参加しているから慣れたものだ。
社交界デビューすらボイコットした私は、ルークに従って大人しくしているしかない。
ああ、皇宮を護る警備の騎士達が羨ましい。叶うことなら代わりたい。
結局衣装はルークから贈られた礼装の騎士服だ。
私が以前に仕立てていた礼装よりもサイズがピッタリで多少驚いたが、着心地が大変良く緊急事態にも対処出来そうで何よりだ。
ただ自分では決して選ばない上質な布地に、フリルなどの装飾が付いていて全く落ち着かない。
しかし騎士服とルークが作ってくれた夜会でも悪目立ちしない鞘のおかげで、愛剣を手放さずに済んでおりゾワゾワ感は無い。
「ふふっ。よくお似合いですよ、ディア」
ルークは魔導士の白を基調とした礼装なのだが、これでもかと言うほどに金糸の刺繍を施している。
金色は私の目の色だが、何だか身体中に纏わりついているようで私が居たたまれない気持ちになる。
ちなみに私の礼装も白を基調としているが、マントの裏地や襟元など所々に薄紫が入り、肩章にはしっかり翡翠が付いている。
このような、まるで婚約者気取りの格好で入場するとあちらこちらから好奇の視線が突き刺さる。
ただでさえ慣れぬ場所なのに誠にやりづらい。
ちらりと周りを見ると、ウェブスター長官が手を振っていた。
「今回は主要な貴族と、騎士団や魔導士団の幹部クラスも参加してます」
ルークの言葉に、更に周りを見渡すと第二騎士団の団長や副団長である父までもが居て、父に至ってはニヤニヤと笑っていた。
とりあえず顔見知りの方へ二人で向かった。
「ディアナ、お前が夜会に参加する日がくるとはな。しかもパートナー連れで」
早速父がからかってくる。
「業務として致し方なくです」
私は冷たく言い放った。
「わりぃな、婿殿。ディアナは運動神経はいいが、ダンスはからっきしだ。何せ剣術ばかりでダンスなんて習ったことも無ぇ」
父の中で、ルークは既に婿(確定)なのか!?
「いえ、こうしてディアナさんの初めてのエスコートが出来ただけで十分です。それに僕もダンスはしませんし」
ルークがにこやかに会話していると、周りがざわつく。
「ルーク様が笑ってらっしゃるわ」
「鬼の副団長と談笑しているだとっ!?」
「やはりあの噂は本当だったのか」
「お互いの色を纏うなんて、余程愛し合っていらっしゃるのね」
「ああディーお姉様」
ん?最後の方はおかしくないか?
しかもこの状況、図らずともわざわざ噂を肯定しに来ているようにも見える……。
私が固まっていると、ウェブスター長官が輪に入ってきた。
「ライバーン副団長、愚息がお世話になっております」
「ウェブスター長官、そりゃこっちの方ですよ。ディアナもこれだけ尽くしてもらってんなら、素直に受け止めてやったらいいってのに」
「いやはや……ハハハ」
父のデリカシーの欠片も無い言葉に、長官は返答に困っている。
「にしても、すっごい衣装ですねぇ。執着と独占欲の塊っすね」
長官の横からメイヤー氏がひょっこり顔を出した。
「あれ、あなたも来てたんですね」
ルークが意外そうに言うと、メイヤー氏は少しムッとした顔をする。
「ええ。参加者ってより、魔術省からの雑用係です。表彰式の立ち位置まで案内するんで、そろそろ移動して下さい。そこで式の流れとか簡単に説明するんで」
「わぁ、まるで結婚式みたいですね」
「ぶっ!?」
私は思わず吹き出した。
「ガハハ、そりゃいい。立会人が陛下とは豪勢だな。絶対別れられん」
「そっか、そういう方法もあるか」
「いや、変な所で納得するなっ!父上もいい加減にして下さい」
これ以上余計なことを言われたくなくて、移動しようとするが背後から不穏な声が聞こえてくる。
「ライバーン殿、婚約申し込みの書簡から婚約に関する契約書まで必要なものは全てこちらですぐ準備しますので、いつでも申し付けて下さい」
「おっ、ありがたい申し出ですな。そんときゃよろしく頼みます」
何だかうまく纏めようとされている。そこに私の意思は関係ないのかっ!?
思わず反論しようとするが、横からルークに腰を支えられ移動を促される。コイツ、分かっててやってるな。
「どうしました?早く行きましょう。僕達主役が位置に付かないと、皆さんにご迷惑がかかります」
他人への迷惑など微塵も考えていないくせにと心の中で毒づいた。
しかし移動しないことには始まらないし夜会も終わらないと、私は足を踏み出した。
「それにしても、僕達の衣装も純白だし本当に結婚式みたいですね」
「騎士服の花嫁なんて居てたまるか」
「じゃあ、結婚式ではドレスを着てくれるんですか」
僅かな抵抗も虚しく、逆に喜ばれてしまった。
「そんなことは知らんっ!」
私は思わずそっぽ向いた。
「ふふっ。気付いてます?少し前なら『知らん』じゃなくて、『結婚はしない』って言ってたんですよ」
「!?」
無意識だったことに衝撃を覚える。確かにその通りだった。私は愕然として自分の変化が信じられなかった。
「あ〜、何で俺ここにいるんだろ。ムズキュンとか今ここでいらんのですよ。早く表彰式始まってくんないかな」
メイヤー氏のボヤキで、やっとここが皇帝陛下主催の夜会であることを思い出した。
それからはチャチャを入れてくるルークを無視し、メイヤー氏の説明に耳を傾ける。
ルークは終始興味の無い風だったが、いざ皇帝陛下がお出ましになり表彰式が始まると全てを優雅に卒なくこなしてしまった。
宰相閣下が表彰内容を読み上げ、皇帝陛下直々に報奨目録を手渡して下さりお褒めの御言葉を頂く。
今回評価されたのは、入手難度の高いジュエルロータスの花弁を大量に持ち帰ったことだ。
これは上級のポーションや、難病の薬に役立つらしく帝国民の死亡率を引き下げたと医療関係者から大いに感謝された。
表彰式が終わると夜会が始まる。
優雅な生演奏が流れ始め、最初に皇族と高位貴族がパートナーと踊り始める。
私達はダンスの輪から離れ壁際へ移動するが、今日の主役とお近づきになりたい貴族たちに囲まれてしまう。慣れない私はギョッとしたが、ルークは慣れた様子でそれらを軽く躱してく。
そんな貴族たちの間をすり抜けていると、ふいに違和感を覚えた。
それはごくごく僅かな違和感で、一般の貴族では感じ取れない、実戦経験豊富なものにしか感じ取れない細やかなものだった。
「ルーク?これは……」
「ディア、絶対に僕から離れないで」
私は無言で頷き、いつでも抜けるよう左手を鞘とガード部分に添えた。
私達の周りの空気はいつの間にかピンと張り詰め、賑やかな夜会の雰囲気から次元を切り離されたように隔離されている気がした。
皇宮の一郭で、しかも皇帝陛下の御前でこのようなことを仕出かす不届き者に心当たりはない。
しかも十分な警備が敷かれているにも関わらず、ここまで辿り着いていることにも戦慄した。
「ああ、来ますね」
ルークの呟きと共に周囲の時間の流れが変化していく。
私とルーク以外の動きが緩やかになり、やがて静かに止まった。先ほどまで聞こえていた優雅な演奏も、貴族たちが歓談する声ももう聞こえない。
私達の前には3メートル四方ほどの不自然な空間があいている。
来るならそこだ!
次の瞬間、ぼんやりと白く発光する丸い球体が現れた。
それはキラキラとダイヤモンドダストのような輝きを伴いながら大きくなり、やがて人型になった。
光が収まると、そこにはこの世のものとは思えないほどに美しい姫君が立っていた。
そして一拍遅れてその従者らしき者が姫君の背後に現れた。
「ルーク様!お迎えにあがりましたわ」
可愛らしい声が耳を打つ。姫君の美しいシャンパンピンクの瞳は、ただ一人ルークだけを捉えていた。
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