15.変化
ヤバイ。何だこれは、一体何なんだ。本当に、マズいくらいに楽しい。
これが今の私の特務課への感想だ。
特務課として初の任務は、当初の予定通りホーンラビットの角狩りだった。
いつもの討伐の様に魔獣を間引くわけではないので、仕留めるのは数頭で良い。
子供の個体は傷つけないように避けたりと些か勝手は違うが、群れとの戦闘中にそこまで目を配ってというのは新しい観点で動体視力や洞察力を養う良い訓練にもなった。
また魔剣の扱いにも少しずつ慣れて来た。切れ味が良い分、通常の剣よりも力を乗せなくて良く身体の力と魔力の配分が変わるのだ。強いていうなら、この加減に慣れることが厄介かもしれない。
何本かの角を狩った後ルークは観光にでもと言っていたが、私はその地域に群生するハーブなどをルークに教えて貰いながら学んだ。
これまではほとんど剣術一辺倒だったが、いざと言う時に役に立つ薬草類を覚えておくにこしたことはないし、ルークの知識は完璧だったのですごく勉強になった。
「すごいな、ルークは。何でも知っているな。おおっ、こちらには見たことのない実がなっているな」
私は思わず子供の様にはしゃいでしまう。
「ああ、それはビズバードが好んで食べる実ですね。人間が食べても酸っぱいだけで、特に何にも利用されてないようですよ。でもそれを食べて育ったビズバードが人間の役にたちますからね、必要な自然の恵みです」
「なるほど。自然界に無駄は無くうまく回っているのだな」
ここに来て、いかに私が狭い世界で生きていたかを実感する。自分が護ろうとしている国の色んなことを知っておくのも良いことだ。
数度の狩猟・採集を重ねるうちに、自分でも予想がつかなかったくらいこの業務を気に入ってしまった。
また騎士団や魔導士団などの規律や決められた枠の外で共に過ごしてみると、ルークは良い意味で予想を裏切るほど魅力的な人物だった。
「ルーク、私を特務課に入れてくれてありがとう」
素直にこんな言葉が口をついて出るくらいには、私はルークのことをすっかり気に入っていた。
「えっ……」
ルークが真顔になり、黙った。
「どうした?何か変な事でも言ったか?」
「いえ。まさかディアからそんな言葉を聞けるなんて」
「ん?撤回するか?」
「ダメですっ!撤回しないで下さい」
「ハハッ、冗談だ」
帝国へ納めるには十分な量を確保した後、私達は心地よい時間を過ごす。
「そう言えば、ルークが探したい素材などは無いのか?」
いつも私が闘いたい魔獣優先だったため、実は気になっていたのだ。
「あ〜、それ聞いちゃいます?」
珍しく言いにくそうだ。
「まあ、言いたく無いならいいが」
「う〜ん。あるにはあるんですけど、独りで行こうかなって悩んでたんです」
ムッ、独りでだと?置いて行かれるのは何だか悔しいような気持ちになる。
「何だ?私が足手まといか」
「いえ、決してそういう訳では」
「ではなんだ?」
「何というか、男の矜持と言うか…」
「まどろっこしいのは苦手だ。さっさと話してくれないか」
ルークが諦めたように、一度深呼吸をして語りだす。
「はい。エンシェントドラゴンの額の魔石を狙ってます」
「!!?」
エンシェントドラゴン、古代竜とも言われ知能も魔力も全てにおいてドラゴンの最高峰だ。
しかも一生の間で出会える確率も限りなくゼロに近い伝説中の伝説のドラゴン、更にその魔石だと!?
「その魔石をどうするんだ?」
「えへへ、実はそれを加工してディアへの婚約指輪にしたいなって」
「は!?」
ルークは頬を掻いて照れているようだが、いやおかしいだろう。
「いやいやいや、そんな貴重なもんをそんなことに使うなっ!」
「そんなことじゃないですぅ。僕にとっては大事なことですぅ!」
久しぶりにガキ化したな。
「エンシェントドラゴンなんて、万一出会えたとしてもだな、いくらルークでも無事では済まないだろうっ!!」
「え?」
「ルークが傷ついてまで、貴重な素材など不要だ。頼むから妙な心配を掛けるなっ!!」
「ディア、それって……」
「なんだ?」
「僕のこと、もう結構好きですよね?」
「!?」
そうなのか?私は自分の心が分からなくなった。
確かに数度の狩りで相棒と言うかパートナーという感覚ではあった。
しかも戦闘中も阿吽の呼吸で合わせてくれるし、こんなにもやりやすい相手は初めてだ。
そういう意味でルークが大切な人であるというのは認めよう。
しかし、好き……好き、かぁ。
「あぁ、まだそこ悩みます?もうちょっとかなぁ。ちなみに、僕はディアのこと大好きですよ。初めて会った時より、どんどんどんどん好きになっていってますからね」
その言葉に、私の顔は真っ赤になった。これ迄は軽くいなせたのに、どうしてだ?
「ばっ、そんなに好き好き言うな恥ずかしい」
「ええっ、どうせ周りには森の動物くらいしかいないんですから大丈夫ですよ」
何だかバツが悪くて視線を逸らした。
鍛えると必ず結果を返してくれる身体は分かりやすいのに、心は分かりにくい。心も簡単に鍛えることが出来たらいいのに。
「とっ、とにかくエンシェントドラゴンは今のところ却下だ。どうしても行くなら必ず私も連れて行け!!」
「はぁ~い」
とりあえず了承の返事は貰ったものの、コイツは何処にでも転移していくからな。ずっと傍で見張らなければなるまい。
そうだ、置いて行かれるのが嫌なんじゃない。見張らなければならないのだ!
私は誰に対してか分からない言い訳をしていた。
集めた素材を纏めると、帰りはいつも研究棟近くの目立たない所に転移し、研究棟の受付を通って帰還報告をする。
ルークの研究室で帝国に納める分と手元に残す分に仕分けし、宰相閣下への報告書を作成していく。
この報告書の作成を私も手伝うが、ルークは卒なく熟していく。
「書類仕事は苦手なんじゃなかったのか?」
当初のメイヤー氏のぼやきを思い出して尋ねた。
「いえ、そんなことないですよ。むしろ論文とかで、書類関係には慣れてますし」
ルークはなんてことのないように答えた。
「じゃあ、何故魔導士団長の時にやらなかった?メイヤー氏が嘆いていたぞ」
むしろキレ散らかしていたが。
「ああ、あれは僕がやる意味が分からなかったので。別に団長じゃなくても出来る仕事ってなると、やる気が出なくて。しかも無駄が多いなって」
なるほど。全てを肯定出来る訳では無いが、ルークなりの理由があったのだな。
文官の経験も無い私からすると、これ以上は議論する余地もない。
「そうそう、こちらに届いた書類の中にこれも混じってました」
「なんだ?」
「今度皇宮で開かれる夜会への招待状です。なんか、特務課のお披露目と実績への表彰を兼ねているそうですよ」
ルークは淡々と話しながら、招待状をヒラヒラさせている。
「いや、そんな軽く扱ってはダメだろう」
なんでコイツは見直したと思ったらこうなるんだ?
「こんな大々的にやらなくても、こっそりくれるものくれたらいいのに」
「まあ確かに、夜会なんて私も窮屈だ」
そもそも夜会なんて警備以外で行ったことなどないしな。
「今回はディアがいるから甘んじて受けますけどね」
フゥと溜息混じりの呟きが聞こえたが。
「私も行くのかっ!?」
「当たり前です。特務課は二人しかいないんですから」
「いや、てっきりルークが代表で…」
「はぁ?」
「スマン」
「……で、ディアにドレスを贈ってもいいですか?」
ほんのり頬を染め期待の眼差しで、ルークがこちらを見つめてくる。
装備は何でもガンガン贈って来るくせに、何故そこで照れる!?
「いや、出来れば騎士服で参加したい。別にルークに贈られるのが嫌な訳じゃないんだ。ドレスはな~、スースーして全てが心もとないし、すぐ手の届くところに愛剣が無いとゾワゾワするんだ」
私は思わず両方の二の腕をさする。
「ゾワゾワですか…」
ルークが信じられないものを見る目でこちらを見ている。
「ああ。騎士爵とはいえ一応爵位持ちの家出身者として社交界デビュー用のドレスも親に用意されたのだが、いざ着てみると鳥肌がすごくてな。結局体調不良で欠席した」
あの時のことを思い出すだけでまた鳥肌が立つ。
ドレスを着ると自分を守る全ての装備を引きはがされたような、無力な女になってしまったような気持ちになる。
エラに言わせると、正しい令嬢はドレスやアクセサリーこそが貴族社会を乗り切るに欠かせない装備らしいのだが、如何せん私には防御力も攻撃力も感じられない。
「なるほど。それはまた検討事項ですね。分かりました。今回はとりあえず見送って今後の課題にします」
「ん?課題?」
「いえ、こちらの話なので大丈夫です」
ルークはにっこりと笑って話を躱した。この笑顔は何かを企んでいる時のものだが、言う気はないのだろう。
「さてと、では夜会に相応しい礼装の騎士服を仕立てることにしましょう。色や装飾は僕とお揃いにしたいなぁ。そうしたら、参加者全員にディアは僕のものだって分かってもらえますし。わぁ、楽しくなってきた」
正直お揃いとか若干こそばゆいが、反論したところでまた根に持たれて大変なことになりそうだしそうっとしておこうと、またどこかいい訳じみたことを考える。
私はこんなにも女々しかっただろうか?何故ルークにはここまで心を乱される?
おそらくエラに相談すればすぐに答えをもらえそうだったが、私は今しばらくこの問題から目を逸らした。
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