10.モーニング
キースと飲み明かした翌朝、私は非番だった。
翌日に酒が残るような飲み方はしない。
いつ緊急で呼び出されても、己の責務を全う出来るように体調は整えておく。
非番の朝も規則正しく起床し、毎朝のトレーニングは欠かせない。支度をし軽く水分補給をしてストレッチをした後、晴れた日はランニングに出掛ける。
早朝の空気は清々しく、まだ人通りの少ない帝都を走るのは爽快だ。この場所を、ここに住む人達の平和を守る一助となっていると思えばこそ、やり甲斐と満足感が湧き上がってくる。
いつものルートの終盤に差し掛かった時、見覚えのある人影が行く手に立っていた。
「ディア!おはようございます」
朝日を浴びて白銀に輝く髪、美しい瞳は愛おしそうに細められている。
「ああ、おはよう」
出会えて嬉しいというよりは、何故ここにという疑問が先に立つ。
「なかなか連絡が出来ずすみません。あれから大丈夫でした?」
「ん?ああ、大丈夫。何も問題はない」
何やかんやで大した追究も受けず、明日からは通常業務に戻れるしな。
「そうですか。僕は寂しかったです。せっかくお付き合い出来ることになったのに、義父にサンドドラゴンの討伐報告や素材登録の書類を書かされたりして、さっきまで軟禁状態でした」
ルークは憂いを帯びた表情で語るが、自業自得だろうとつい思う。しかしそれも私のためにしたことというところに至ると、口に出すことは憚られた。
「それで、出勤前に一緒にモーニングでもと思って来ちゃいました」
「そうか。にしても、よくここが分かったな」
「ええ、ディアファンの間でルーティンのランニングコースは有名ですから」
「ファン?」
「はい。主にディアに憧れる若手や令嬢が集まっているそうですよ。……ムカツクけど」
最後の呟きは聴こえ無かったが、そんな集まりがあるのは驚きだ。
「ふうん?それでモーニングだったか。ルークがいつも行く店などはあるのか?」
「いえ。僕はあまり……皆に心配掛けない程度にしか食べませんから」
そう言えば、食に興味も無く食べなくても死なない的なことを言っていたな。あまりこの話を引き延ばすのも野暮か。
「分かった。では、私が非番の朝に行く店に行こう。出勤する時は寮で簡単に摂るが、今日は非番だ」
「はい」
ルークは嬉しそうににっこり笑って付いてきた。まるで無いはずのしっぽを振るのが見えるようだ。
私が来たのは昨日の酒場とは二筋くらい離れた所にあるカフェだ。ここは栄養もボリュームも満点のモーニングをリーズナブルな価格で提供してくれる、肉体労働者にとっては聖地のような場所だ。
「ここのモーニングが一番オススメだ。あとコーヒーもうまい」
「へぇ、確かにいい香りがしてますね」
ルークは珍しそうにキョロキョロしている。
「同じものでいいか?」
「はい、お任せします」
席に座り注文をすると、ものの数分でモーニングセットが運ばれてくる。朝は限られたメニューのみのため、用意が早いのだ。この速さも人気の秘密だ。
「うわ〜、結構な量がありますね」
「ああ。無理はするなよ」
モーニングは大きなワンプレートに、ブロッコリーとトマトを中心にした山盛りサラダ、ゆで卵、サラダチキン、全粒粉のパンが2個盛り付けられている。
ルークはパンをちぎって口に運び、次に恐る恐るサラダチキンに手を付ける。
「美味しい…」
サラダまで食べて、ポツリと呟いた。
「そうか。良かった」
思わず笑みが溢れた。
「これが美味しいって感覚なんですね。こんなに食べ物の味や匂いがはっきり分かったのは初めてです」
ルークは手を止めて、呆然としている。
「え?」
「やっぱり好きな人と食べると、感じ方が違うんですかね。ディアはいつも僕に人間らしさをくれる。本当にありがとうございます」
飾らない本心からの言葉が、私の心を潤していく。
感じたことの無い温かさが心に広がる。
これが、これがキースの言う母性なのか?
「いや、これからも色んなことを知り、ゆっくり感じとっていけばいい。世界は広いし、ルークにはまだまだ時間も可能性もある。私以外にも色んな人と巡り合っていけば…」
「はぁっ?」
急に低い声がして、言葉を遮られた。
「僕はディアと出会えただけで十分ですけど」
「しかしだな、人間社会の中でこそ身につくものもあるだろう」
「急に義父さんみたいなことを言い出すなんて、どうしたんです?僕と離れていた数日で何かありました?」
どうやらルークの地雷を踏み抜いたらしい。まだまだ親元から送り出す系の発言は早かったようだ。子育ては難しい。
「そう言えば、昨日はどんな風に過ごしてたんですか?」
ルークの目が据わってきている。これ以上不機嫌にしてしまうのも良くないかと素直に話すことにした。
「昨日は騎士団の幹部会で魔剣のことを何度も説明していた。皆やはり剣に関しては興味津々でな。同僚のキースにも酒場で根掘り葉掘り聞かれて、アイツも魔剣を作りたいなどと言っていたな」
キースの悔しがりようを思い出し、思わず苦笑しながら話す。
「キースって」
「ああキース=グニル、同期で腐れ縁なんだ。少しチャラいが、曲がったことはしないイイヤツだぞ」
「へぇ、キースね」
ルークから完全に笑顔が消えた。
「ディアは僕とお付き合いしてるんですよね?」
「ああ」
「だったら、いくら同僚とはいえ男と二人きりで飲みになんて行かないで下さい!」
「いや、でも、急に言われても。これまでの習慣を直ぐに変えるのはなかなか難しいな」
ルークには申し訳無いが、今ルークが怒っている感覚が私にはピンと来ない。
「ふぅん。そうですか」
「それに、キースはそんなんじゃない。多分アイツも私を男の同僚と変わらなく思っているはずだ」
普段の雑談で聞くキースの好みから私はかけ離れてもいるし、よく話す話題も剣や騎士団のことで私を女扱いするような素振りは一度も見せたことが無い。
「全く、ディアは男を分かってない。好きな女性の為なら何だってしますよ。自分を偽ることくらいはね。もっと危機感を持って下さい」
「なっ!?しかし、いざ襲われたとしても、大概は私が勝つ」
大抵の男に負ける気はしない。現に騎士団でも私より強い男はごく僅かだ。
「それは相手が正々堂々向かってくる時です。それかせめてはっきり敵を認識出来ている時です。本当の悪は善人の顔をしてやってくるんですから!」
「ゔっ」
これではどちらが年上か分からない。私は返す言葉も無く、狼狽えてしまった。
しばらく二人の間に気不味い沈黙が流れた。
「すみません、言い過ぎました」
「いや。ルークの言う事は正しい。私は自身を過信していたようだ。忠告、痛み入る」
「えっと、何か微妙に分かってもらえてないような」
「ん?」
「ハァ、僕の方でもちょっと対策を考えるんで、この話は一旦保留にします」
「そうか」
とりあえずこの気不味い話が終わることにホッとした。
「でももう少し、普段から僕のことを意識して下さい。じゃないとお試しの意味が無いですから」
ルークは悲しそうな縋るような眼差しを送ってくる。
そうだ、そんな顔をさせたい訳じゃないと私はここにきてやっと反省した。
「分かった」
そしてようやく二人とも食事を再開した。
「今日この後はどうするんです?」
「ああ、一旦家に帰ってから騎士団のトレーニングルームに行く。この摂取した高タンパクを筋肉に変えないとな」
非番の日はとにかく身体作りを行う。普段よりじっくりやり込めるから貴重だ。
「あっ、騎士団と言っても、トレーニングルームは男女で分かれているから大丈夫だぞ。私の周りも女騎士ばかりだ」
私は先程の反省点を思い出し、慌てて付け加えた。
「そうなんですね」
ルークにやっと笑顔が戻ってきた。
二人共で食後のコーヒーまで飲むと、そこそこいい時間になっていて私達はカフェを出た。
「朝からこんなに食べたのは初めてです」
騎士団の男性に比べるとかなりスレンダーなルークが、意外にも完食した。
「普段朝は何を食べてるんだ?」
「う〜ん、簡単に白パン一つですませたり、研究棟に行く途中でスムージーを買ったりですかね。とにかく簡単に食べてるところを見せられるヤツです」
腹が減るから食べるのではなく、演出か。
「でも、ディアと過ごす時間を作るのに食事っていいですね。食事中は筋トレも出来ないですから、ディアを独り占めできますし」
私のことを何だと思ってるんだろう。
「それにディアとなら味も分かるので、またどこか連れて行って下さい。ディアがいつも口にしている物を、僕も味わってみたいです」
晴れやかな笑顔と共に向けられる純粋な気持ちは、私をそわそわさせる。
「そうだな。二人でゆっくり食べる食事も悪くない。また行こう」
普段騎士団の団舎や遠征では、周りに人が居すぎて落ち着かないからという意味を込めて言ったのだが、ルークは少し頬を染めて嬉しそうにしている。
「はい、楽しみにしてます」
その顔を前に今更訂正など出来はしない。
まあ少しでも、先程の詫びになればいいと思った。
「これから研究棟か?」
「そうですね。あとちょっと必要な材料のために色々寄り道していきます」
「また私的な討伐か?」
「やだなぁ、違いますよ。今回はきちんと帝都内のお店です」
流石に長官に絞られてすぐは自重しているのかと、少し安心したが……安心?何故私が?
「そうだ!もしまた僕がこっそり素材集めに行く時、良かったらディアも来ますか?」
「いいのかっ!?」
しまった!考えるより先に言葉が口をついて出た。
「ああ、いや、でも私的な討伐は良くないし、規律違反…ではギリギリ無いのか?うーん、しかしなぁ……」
「ふふっ」
ルークは一瞬ポカンとした後すぐに笑い出した。
「ディアは戦闘のことになると素直ですね」
ああ、そうだ。戦えるとなると脊髄反射で反応してしまう。
「ちなみに規律云々は抜きにして、行きたいですか?行きたくないですか?」
「うっ………行きたい」
私は観念して、バツが悪そうに正直に言った。
「分かりました。その辺も僕が何とかしましょう。ちょうどサンドドラゴンの始末書を提出しに皇宮に行くので、良いついでです」
「はっ?始末書!?」
「はい。これくらいでそんなに怒らなくてもいいですのにね」
ルークは口を尖らせているが、やはり私的な討伐はダメなんじゃないかっ!さっき言ってしまった素直な気持ちを後悔したが、それでも一縷の望みをかけて欲が打ち勝ち訂正出来なかった。
「じゃ、僕は行きますね。さっさと帝都で用事を済ませて皇宮に行かないと。あっそうそう、ちなみに昨日ディアが行った酒場って何処ですか?」
「ん?ここから2つ西隣の筋にある『チアーズ』だが
、どうかしたか?」
「いえ、久々に帝都を歩くので、普段ディアが行くお店を知りたかっただけです」
「そうか」
「はい。ではディア、また近い内に。今日も送れなくてすみません」
「いや、この後もいつものルーティンがあるからちょうどいい」
こんな街中で、先日のような転移魔術など発動されてはたまったもんじゃない。まあルークも隠したいようだし、目立つ真似はしないだろうが。
「ルーク、何でも出来るからと言って無理はするなよ」
何となく背中に向かって放った言葉に振り返り、ルークは目を見張ったかと思うと、花が綻んだような笑みを浮かべた。
「はい!ありがとうございます」
その笑顔に少し見惚れてしまった私は、しばらく立ち竦んだ後我に返りいつものルーティンへと戻った。
何故かルークが嬉しいと私も嬉しい。
最初は生意気でワガママでどうしようも無いガキだと思ったが、話してみると存外そればかりではない。むしろ純粋で素直で一生懸命で。
まあ、自分の気持ちに素直過ぎるきらいはあるが、それも嫌じゃない。
これがキースの言う母性なのか、はたまた未だ見ぬ別の感情なのか、私自身、自分の気持ちの変化に戸惑いながら寮へ向けて駆け出した。
お読み頂きありがとうございます。




