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第16話 雨と雨

「わぁ、アマネ魔法使いみたいだね!」


 私の姿を見たソフィエの口から感嘆の声がもれた。 


「そう? 変じゃない?」


「うん、かっこいいよ!」


「そっか、ありがとう」


 自分ではただのコスプレにしか見えないけど、ここの人たちにはしっかりとした魔法使いのように見えるみたいだ。


「……アマネ、本当に行っちゃうの?」


 私と女神様は今まさに村を旅立とうとするところで、村の人たちに見送られているところだった。

 私は特にお世話になったダンさん一家と村長さんに挨拶する。


「うん……私にも帰らなくちゃいけない家があるんだ」


 ソフィエは寂しそうな表情で俯いていたけど、私の言葉を聞くと意を決したような表情で顔を上げた。


「そっか! 頑張ってね、アマネ!」


 ソフィエは私に励ましの言葉をかけてから、いつものように私の腰に腕を回して抱きついてきた。


「アマネ、ありがとうね。また会いに来てね」


「うん、そうだね。帰る方法が見つかったらまた来るね」


「約束だよ!」


「うん」


 私たちはお互いに腕にぎゅっと力を入れてしばしの間、抱き合った。

 

 私の元を離れたソフィエは次に女神様のところへ近づいて、私のときと同じように抱きつく。


「女神様もありがとうね。また村に遊びに来てね」


 女神様もソフィエを受け止めてあげて、頭を優しく撫でてあげていた。

 

「お二人とも、道中お気をつけください。無事に王都へたどり着けることを祈っています」

 

 後ろで私たちのやり取りを見守っていたダンさんが声をかけてくれた。


「特にアマネさん、あまり無茶をしちゃいけませんよ」


「あはは……その節はすみませんでした。気をつけますね」


 ダンさんはハイウルフの一件からずっとこんな調子で、ことあるごとに私を心配してくれている。 

 最初は女神様との王都行きも、ちょっとだけ反対していたくらいだった。

 結果的には、王都行きを認めてくれて、その準備までしてくれたわけだから、ダンさんにはいくら感謝してもしきれなかった。


「ダンさん、お世話になりました。最初にダンさんたちと出会うことができてよかったです」


「こちらこそ。アマネさんたちがいなかったら、私は今ここにいなかったと思います。本当にありがとうございました」


 ダンさんは私に右手を差し出して、私はそれに応える。


「また何かあったら遠慮なく戻ってきてください」


「ソフィエと約束したのでまた来ますね」


 私が微笑むとダンさんも微笑み返してくれた。


「アマネさん、主人の事、本当にありがとうございました。道中お気をつけてくださいね」


 リリアさんとも別れを惜しむように、互いにハグを交わして挨拶する。


「リリアさん、今までお世話になりました」

  

「何かあったらすぐにでも戻ってきていいですからね?」


 リリアさんもダンさんと同じで心配性だなぁと思いながらも、その優しさがとても嬉しかった。


「アマネ様、どうか道中お気をつけてください。王都へつきましたら、ルグリアの王城に勤める宮廷魔術師のアドリックをお尋ねください。ピクセス村の村長の紹介といえば、きっとあなた方のお力になってくれると思います」


「わかりました、宮廷魔術師のアドリックさんですね。村長さん、これまでお世話になりました。ありがとうございました」


 村長さんから王都へついた時のアドバイスを貰った。

 最後の最後まで村長さんにもお世話になりっぱなしだった。 


 ダンさん一家以外の村の人たちも、次々と声をかけてお見送りしてくれる。

 励ましてくれたり、心配してくれたり、たくさんの村の人たちが声をかけてくれた。

 

 女神様もまた、たくさんの人たちに囲まれていた。

 

 この村を旅立つと決めた時、女神様はこの村で信仰されていたから、この村を離れてしまうことを村の人たちがどのように思うのか、ちょっとだけ心配していた。

 

 だけど、それは杞憂だったみたい。


「女神様、今までこの村を見守っていただき、ありがとうございました。この村が今まで豊かで、平穏に過ごすことができたのは女神様のおかげです。どうか、女神様の行く先が明るいものであることを祈っております」


 村長が声をかけると、他の村の人たちも同じように同調する。


「女神様! 今までありがとう! またいつか村に来てくださいね!」


「女神様ー! 頑張ってくださいね! 応援してますよー!」


「女神様、お気をつけてくださいね。女神様が何事もなく過ごされることを祈っています」


 次々と女神様に声をかける人の中に、女神様が旅立ってしまうことを憂いている人は、一人も居なかった。

 ただひたすらに、女神様に向けて声援や、無事を祈っている声が届けられる。

 村の人たちの想いを受け取った女神様は、それはもう、とても嬉しそうに笑っていた。

 

 村の人たちの声援を受けた女神様は、目を瞑り、胸の前で指を組み合わせる。

 それはいつか見た、畑にお祈りを捧げて水を撒いていた時と同じだった。

 しばし、静かに祈りを捧げる女神様。

 村の人たちも女神様の様子を静かに見守る。


 女神様はしばらく祈り続け、そしてゆっくり目を開き、天に向かって手を広げた。

 

 すると、村の人たちに向かって軽い雨が降り注ぐ。

 その雨は晴れ渡る中、お天気雨となって、村の人たちに降り注いだ。

 降り注ぐ雨は日差しに照らされて、キラキラ輝いていて、私はそれがまるで、女神様の感謝の気持ちが、祝福として村の人たちに降り注いでいるように見えた。

 

 静かに女神様を見守っていた村の人たちも、降り注ぐ祝福の雨を受け取ると、喜びの声を上げた。

 そしてまた、私たちに向けてたくさんの声援を送ってくれる。


 私たちはその声援を受けながら、村を後にした。

 村の人たちは私たちの姿が見えなくなるまで手を振り、声援を送り続けてくれた。


「アマネー! 女神様ー! がんばってねー!」

 

 最後に聞こえたソフィエの声に手を振って、私たちは村を旅立った。



   ◇   ◇   ◇



「女神様。ピクセス村、本当にいい村だったね」


 隣を歩く女神様に話しかける。

 女神様は私の言葉に嬉しそうに頷いてくれた。


「なんだか、女神様があの村の近くにいた気持ちもわかりますね」


 ここ一週間の出来事を振り返りながら、女神様と話をする。

 女神様はまるで『そうでしょ?』と言いたげな顔で微笑み返してくれた。


「あの、女神様。私、女神様の名前。思いつきましたよ」


 一晩中悩み続けていた女神様の新しい名前を思いついたことを伝えると、女神様は嬉しそうに手を合わせて、こちらへ向き直ってきた。


「あのね女神様、私ね、雨音って名前が好きじゃない時があったんだ」


 私は昔のことを思い出しながら話す。

 女神様は突然話が変わったことに、目をパチパチと瞬かせていた。


「私の名前ね、雨の音って意味だから、雨が降ると私のせいにされたり、じめじめした名前だーって言われたこともあって、あんまり好きじゃなかったんだ」


 さっきまで嬉しそうだった女神様は表情を変えて、悲しげな顔になった。

 そして、私を抱き寄せて、慰めようとしてくれた。


「いや、暗い話じゃないんですよ。子供の頃のよくある話ですよ。それにこの名前で拾った縁もあるので、今では割と嫌いじゃなかったです」


 女神様は話の先が読めないみたいで首を傾げる。

 きっと、私がなんでこんな話をしたのか疑問に思っているに違いない。


「さっきの女神様の村の人たちへのお祈りを見て、私、思ったんですよ。こんな素敵な雨があるんだって」


 目を閉じて、さっきの光景を思い出す。

 村の人たちへの感謝の声に応えて、祈りを捧げる女神様の姿は、本当に綺麗で素敵だった。

 

「それで私、こんな雨だったら、自分の名前も悪くないなって思ったんですよ。女神様のおかげで自分の名前を、またちょっと好きになりました」


 村を旅立つときのことを思い出しながら、あの時感じたことを女神様に素直に伝えると、女神様はまた嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。


「だから好きになった自分の名前のお揃いってことで、女神様の名前『レイン』なんてどうかなって思ったんです。そのまんま雨って意味で捻りもないんですけど、どうですか?」


 女神様は目を閉じ、自分の胸に右手を添える。

 まるで、私がつけた名前を胸の中でじっくりと、噛み締めているみたいだった。


 女神様は目を開けると、私をギュッと抱きしめた。

 

 お気に召してくれたのかな?


「じゃあ、これからはレイン様って呼びますね。……いや、レインって呼んでいいかな?」


 私は一度レインの傍を離れて、ちょっと歩いてから、後ろを振り返った。

 レインは私の言葉に目を丸くして、ポツンと佇んでいた。

  

「あのね、私、レインともっと仲良くなりたいんだ。だから、その、いいかな?」


 私が尋ねるとレインは手で口を隠して、小さく笑う。

 そして、やっぱりスキンシップの激しいレインは私の隣に並ぶと、ぎゅーっと私に抱きついてきた。


「そうだよね、レインはそんなの気にしないよね」


 私に抱きつくレインの顔を見上げる。


「改めてね、これからもよろしくね、レイン」


 この時ようやく私は、話すことができないけど、明るくて優しい、水の女神様の眷属になれたような気がした。



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