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織田真の場合4


   4

 入院して一ヶ月がたった。

 最初の一週間は意識がなかったのでよく知らないが、救急車で運ばれてすぐにCTをとったらしい。

 結果、脳に腫瘍が見つかった。すぐに手術となり腫瘍は切り取られたらしいが、すべて取りきれたわけではないようだ。

 目を覚ました時、恵美はとなりの簡易ベッドで背を向けて眠っていた。暗い穴の目を思い出し、声をかけるのをためらう。

 しかしこちらが起きた気配に気づくとすぐに起き上がって手を握ってきた。いつもの恵美の顔だったが、涙で目がはれていてそれはそれで別人のようだった。

 先生が呼ばれ、事情を一通り説明された。恵美は大きな病院に行けば治るかもと色々調べてくれているようだ。

 咲はすぐにかけつけて予想外に大泣きされてしまった。久しぶりに娘の頭もなでてやることができた。


◇◇◇


「困った。」

ここ二週間ほどの口癖が出る。

「本当にね。」

恵美の返事に少し驚いた。

「きっと治るわよ。」

と、恵美が言う。そうだねとこちらが返事を返すが、困っているのは恵美の考えとは少し違う。

 オレが死ねば世界は消える。この世界はオレが創ったのに病気で死ぬのか。

先生も妻も治ると言っているが何となくわかっている。相当厳しい状況だ。

どんな病気も治せる薬を自分で創れないものかといろいろ試してみるが、頭痛がひどくなるばかりだ。

 鏡をみると、だいぶやつれ、顔色の悪いおじさんが映っている。手術の時に剃った髪の毛は少し生えてきて、ほっとした。が、また手術になれば剃られるのか。

ため息をついていると、主治医の先生が来た。妻はすぐに立ち上がりあいさつする。医師は後ろに手を組んで聞く。

「どうですか、具合は?」

「まあまあです。」

と答えるが少し頭痛がした。

「この前の手術で摘出できるところは全てとりました。様子を見ていけば大丈夫でしょう。」

随分と気楽なことを言っているので、少し意地悪をしてみた。

「そんな。先生、本当のことを言ってください。」

頭痛がした。

「そうですね。もってあと一ヶ月です。」

言ったあと主治医ははっとした顔になって手で口を押えた。

「先生、それは言わないって・・。」

恵美も動揺している。いきなりの余命宣告だ。しかも妻は知っていた。

「いや、何もしなければの話ですよ。これから投薬と大学病院で手術をすれば助かるかもしれません。」

最初に言ったことと随分違う。

「先生、話が違うでしょう。」

 恵美は顔を真っ赤にして主治医に詰め寄る。自分のかわりに怒ってくれる人がいるのはありがたいことだと、この場には合わないことを考えてしまう。でも、おかげでこちらも冷静になる。まあ、何となくこの結果は分かっていた。

「恵美。正直に話してもらってよかったよ。だからもう怒らないで。」

頭痛をおさえつつ仲裁に入った。

「そうね。正直に話してもらってよかったわね。フフフッ。」

笑い出した妻に、今度は医師のほうが驚いている。オレも正直驚きを隠せない。

「も、もう恵美は怒ってないのか。」

「ええ。あなたの言うとおりね。言ってもらってよかったね。」

と、いつもの恵美にもどっている。

「でも大学病院に紹介はしてくれるんですよね。」

と、しっかりと主治医に約束を取り付けてその場は終わった。主治医は青ざめた顔のまま部屋を出ていった。


◇◇◇


「紹介してもらえてよかった。あの病院には腕の良い人がいるみたいよ。」

スマホを閉じてから妻が言う。

「うん。」

と気のない返事をした。ここ最近起こったことを思い返していたら、また頭痛がする。手術どうこうではない。少し一人になって考えたい。

「一旦、家に帰るわね。着替えも持ってこなくちゃ。」

恵美はさっさと帰ってしまった。まあ、よかった。落ち着いて考えられる。

 最初に倒れた時に見たアナウンサーはどうなったのか。久しぶりにテレビをつけてみる。たまたま映ったそのアナウンサーは以前のように笑顔でいた。

長山の話をしている。あの穴の開いたゴムボールのような顔は思い出しただけで鳥肌がたつ。あのとき、それを見ていた恵美もゴムボールになっていた。頭痛がひどくなったてきた。やはり脳が影響していたのだろう。ズキンと頭が痛んだ。

テレビからまたあのピロローという音がした。ゴムボールがさっきのアナウンサーの服を着てピロピロしゃべっていた。激しく痛む右側の頭をぐっと手で押さえると痛みは少しおさまった。それに呼応するように、アナウンサーの顔が元に戻っていった。そして見たこともない食べ物の話をしている。

「こちらのピロをフライパンで話しますと、走れます。おいしそうですね。」

よく聞くと話もめちゃくちゃだ。頭痛がひどくなりそうで、テレビを消した。自分の体調がアナウンサーを変化させている。

世界の創造主だからか。妻が長山を忘れていたのもそれが原因だ。あの話をしたとき、この世界に長山はなくなってしまっていたのだ。

 世界が壊れ始めている。

「もしかして」と病室のブラインドを開けてみた。いつもの街並みがそこにあった。病院の前の道を数台の車が走っている。ふう、と安堵の息をついた。が、何かおかしい。もう一度窓の外に目をやる。

「山がない。」

普段なら西の方に連なる山々が一部なくなっている。また頭痛が襲ってきた。ずきりと痛むたびに山が消えていく。何という名の山だっただろうか。登ったこともある気がする。そのままベッドに倒れこみ、意識を失った。


◇◇


 何とか目を覚ますことができた。頬に違和感を感じ、顔をさわるとチューブやらなにやらたくさんついていることがわかった。まだ病室にいるらしい。目を左にやると恵美と目が合った。だいぶやつれて目の周りは赤くはれている。が、昔と変わらずかわいらしい。

すぐに恵美の押したボタンに呼ばれて部屋に医師と看護師が入ってきた。顔はゴムボールだった。

 手術がどうだったとか、今後の予定なんかを話しているようだがよくわからない。

 うまくいったようなことを言っているらしいが、こんな顔のやつらにちゃんとした手術ができるはずがない。しかも手術中、創造主の意識がないのだ。

 見ているのも嫌だ。さっさと出ていって欲しい。

「では失礼します。」

医師はすんなり出ていった。ずいぶんあっけない。恵美は医師たちをいつも通り見送ると泣きべそをかきながら、これまでのことを話してくれた。息が苦しく話すことも困難なため、うなずくことしかできなかった。咲はどうしているのか。会いたいと思った。

「お父さん。大丈夫?」

病室のドアが開き。娘が飛び込んできた。恵美から奪うように私の手を取り、全身をくまなく観察された。本当に心配してくれているのだ。

「お父さん。大丈夫だよ。手術うまくいったらしいから。またどっか行こうよ。ほらあの山・・・」

言葉がでてこないようだ。分かる。長山のことだ。

「そうだ、長山。また行こうね。」

わずかにうなずいた。笑顔になっていただろうか。

涙ながらにオレを元気づけようとする咲の顔も美しい。涙が出て来た。

そうだ今は何時なのか。ブラインドが閉まっていて分からない。

「今は、午後3時よ。」

恵美が教えてくれた。それにしても暗くないか。外の景色が見たい。咲が急に立ち上がってブラインドを開けた。

 窓の外には山があった。一つだけ。大きな大きな板にペンキで描かれた山が。山の上には空が青のペンキで塗られていた。窓の外には5才の時の咲が描いたような絵だけがあった。

「今日もいい天気ね。」恵美が言った。

そんな訳ないだろう

「そんな訳ないわ。」咲が言った。

どういうことだ。

「どういうこと?」恵美が言った。

オレが思ったことを言うのか

「あなたが思ったことを言うのよ。」

混乱する。出ていってくれ。恵美と咲は出口の方を向いて歩きだした。

ドアを開けると廊下は無く黒い闇だった。恵美と咲は闇の中へそのまま落ちていった。助けようと思ったが、右手の指がピクリと動いた程度だった。

 何だこれは。オレの思った通りに動いたということか。

 ここにきてあの灰色の男を思い出した。

 あの男と話がしたい。どうなっているのか。この状況をあいつは見ているのか。見ているんだったら出てこい。そうか、あいつは「見る」と言ったのか。こちらも話したいことが山ほどある。

 祈るように目をつむったが男は現れなかった。もう姿は見せないということか。納得がいかない。

 創造主のオレがなぜこんなところで死ななければならない。

 なぜ病気を治せない。

 自分の創った世界なのになぜ。

 オレの創った世界とは何だったのだ。

 自分の思い通りにならないのが良いと思ったが、結局恵美と咲は安易な考えに従う人形になってしまった。ならば、恵美がオレを愛したのも、咲との思い出もオレが創ったのか。それじゃあ、オレの人生はまるで人形遊びじゃないか。たくさんの駒を使ってままごとをしているだけだったのか。

枕もとの機械の電子音がなり、少し冷静になりつつも、いよいよ終わりを感じた。

いったいオレはどう生きればよかったのか。結末を知っているおれはどうするべきだったのか。分からない・・・

・・いよいよか。最後に恵美と話したいなあ。

「まこと。」恵美が左手を握っている。右で咲も泣いている。オレの考えじゃないことを言ってほしいなあ。

「大丈夫。必ず治るわ。世界一の医者を探して治してもらうの。」うん。ありがとう。

「お父さん。私、医者になる。どんな病気でも治せる医者になるの。」

うん。咲が夢をもってくれたか・・・でも・・・・





  エピローグ

 黒の兵士の駒に入ったヒビは枝分かれして細かく、細かく広がっていき、駒を黒い砂山にした。風がすぐに砂をどこかに運んでいく。

 その砂の行方を灰色の男は見ていた。

「惜しかった。」

男は一言、言った。


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