織田真の場合2
2
恵美の帝王切開の手術が扉を何枚かはさんだ向こうの部屋で行われている。
生まれてくる予定の娘はまだまだお腹の中にいたかったらしく、予定日になっても全然出てくる気配がなかった。結局、帝王切開ということになり、今日に至る。
恵美は手術が初めてで心配が顔からだけでなく体中からあふれるようだった。が、子と母体のことを考えるとこれがベストなんだと先生に言われ、なんとか納得した様子だった。
手術室に入る前には「がんばってくるね」と、かわいらしく言っていた。
2時間ほどと聞いていたので廊下で待つことにした。
周りにはだれもいない。ただ薄い緑の床と壁があった。
ふと、灰色の男を思い出した。あの男が現れてもう30日ほどになる。これまでにも時々思い出したが、毎回考えがまとまらないまま思考は霧散していた。
◇◇◇
「あなたはこの世界の創造主。」
男はそう言った。
「何言ってんの?」
ふざけているのか。今更宗教の誘いなのかと怒りがわいた。
「あなたはこの世界の創造主。」
男は表情を変えず「それだけ。」と、言った。
「よく分からない。」
話の続きを促した。
「あなたが生まれたとき、この世界はできた。この世界でいう、一九九四年十月七日十一時八分。この時間に全てができた。」
混乱する。
「全てって?」
「この世界全て。」
「じゃあ親は?俺を生んだ親はどうなる?」
先祖代々かは知らないが、ひいじいさんの代からこの県に暮らしているはずだ。
「親もあなたが創った。」
「それはおかしい。生まれていないオレが親を産めないだろう。」
「違う。産んだのではない。父と母を創った。」
「ん?オレが生まれたのと同時に、親が生まれた。いや?創造された。オレによって?」
「その通り」
「オレが生まれる前は何だったんだ。」
「分からない。気づいたらあった。」
何だか分からない。
オレは親から生まれたのではないらしい。
ならこの世界のオレが生まれる前のことは何なんだ。歴史は?人類の歴史やら地球の歴史やらとても人間一人で創造できるレベルじゃないだろう。
「確かに。この世界はよくできている。」
「ナポレオンは?太陽は?その辺の虫は?オレが創造ったのか?」
「その通り。あなたは創造主。とても細かいところまでできている。だからあなたにはわかる。」
「じゃああんたは?オレが創造ったのか?」
「私は違う。私はみる。」
「それは分かった。でも、オレが本当に創造ったんなら、もっとオレにとって都合の良い世界になるんじゃないのか?」
「都合が悪いか?」
改めて考えてみると、妻もいて子も生まれる。恵美とはケンカもするが、一緒にいて幸せだ。
「でも嫌な上司がいる。オレにはストレスがある。」
「都合の良いばかりの世界を創らないあなたは理性的だ。」
急に褒められたので話が止まってしまった。
「オレは今ここで何か創れるのか?」
「分からない。あなた次第。」
テーブルのペットボトルに手のひらを向けて動くように念じてみたがピクリともしない。オレの創った世界のルールは割と厳格なようだ。
と、テーブルに飾ってある恵美とのツーショット写真が目に入った。
「じゃあ、恵美も・・」
「その通り。」
即答だった。首を何度も振り否定した。
「やっぱりバカげてる。そんな訳はないだろう。」
男は無表情で「事実だ。」といった。
「私の話は終わり。」
そう言って男は上を向いた。男の体が白く光ったような、影のように黒くなったような感じがした。
「ちょっと待て。オレが死んだらみんなどうなる?」
慌てて聞くと
「消える。」
男の声が光の中から聞こえた。そして暗い影とともに姿を消した。
◇◇◇
手術室のドアが開く音が聞こえたような気がして、我に返った。
恵美の手術を待って気づけば2時間経っていた。そしていつもの通り「そんな訳はない。」という結論に無理やりたどり着く。
耳を澄ますと、かすかに赤ん坊の泣き声が聞こえている。
「生まれた?」
立ち上がる。
「手術中」のランプが消えた。そして扉が開いた。
奥の方から新生児をのせるガラス張りのベッドとともに娘が出て来た。娘は黄色のおくるみに包まれていて左手が少し見えているまだふにゃふにゃだ。
看護師が「お母さんはまだ寝ていますよ。」と教えてくれた。もう一度顔を見ると妻に似ている気がする。よかった。うれしいなんて言葉では表せないほどの幸福感を味わいつつ、気づいてしまった。
「この世はオレがつくった。」
と。理屈ではなく。そう分かった。




