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憂人の結末  作者: 森山
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二人の間に訪れた一瞬の静寂は、突然の声で破られた。


「何を望むって、あんたがさっさとここから立ち去ることだって」

「っ、誰だ!?」


まさかまた本音がうっかりと口から出てしまったのかと焦って口を塞ぐものの、目の前の彼は驚きで周りに視線を巡らせている。

そしてガサガサと隣の茂みが揺れたと思えば、見知らぬご令嬢があくびをかみ殺しながらのっそりと上半身を起こしている。

髪や背中に芝生をくっつけたご令嬢はつい今まで隣の芝生で昼寝をしていたみたいである。


いや、絶対していた。

いいなぁ、私もしたい。


そんな私のことなど構うわけなく、ご令嬢はのっそりと起き起き上がりながら、自身のドレスのシワや芝をパンパンと払いながら口を開く。


「つーか、頭大丈夫?あんた、自分がどれだけ気持ち悪いことを言ってるか自覚してる?」

「なんなんだ君は、いきなり!?」

「あ、もしかしなくても自覚なしだったわけ?え、やば。

そもそもその自信どこから来るわけ?

え、自分の顔鏡で見たことある?」


そんな彼女の問いかけに、吹き出しそうになった笑いは奥歯を噛んで殺す。

ちらりと同級生の様子を伺うと、私の存在自体忘れたように怒りと羞恥で顔を真っ赤に染め、「あ」とか「う」しか発せないでいる。


「さっきから聞いてれば、その人何度も断ってんじゃん。

耳聞こえてる?

言葉が理解出来ないわけじゃないでしょ。

それなのに、なに勝手に気持ち悪いことほざいてんの?

好きでもない男から贈られたドレスなんて着たくないし、お互いの色を身に着けるとか鳥肌もんだわ」


見知らぬご令嬢が隣の芝生でお昼寝しているとは知らず、私たちが騒がしくしたせいで会話か丸聞こえだったらしい。

聞きたくもない会話を聞かされた挙句、さらに気持ち悪い言動が聞こえてきて、我慢がならなくなったと彼女は吐き捨てる。


「たかが学校の行事だろうと、相手を選ぶ権利は女にもあるわけ。

むしろ親や家が直接関わらないからこそ、好きでもない男の誘いなんて断るに決まってんじゃん」

「僕はっ、…折角の舞踏会に一人で参加するのも寂しいだろうと思って」


ちょっと待ってほしい。

誰も一人で参加するなんて言ってないが?


まさかの発言に、貴族令嬢であるということすら忘れて、思いっきり顔をしかめてしまう。

ついでに大きく2歩ほど同級生から距離を取れば、隣に私と同じ顔をした彼女がいた。


この国では珍しい黒色の髪に、黒色の瞳を持った彼女の容姿に、はて、と首をかしげる。

隣の令嬢をつい最近どこかで見た気がする。


「うわ。キモ。

寂しいだろうって、なんでお前が勝手に決めつけてんだって…、

え、ちょっと待って。

アンタ、もしかしてこの前エマリのことナンパした!?」

「な、何を意味が分からないことを言ってるんだ。

そもそも僕はエマリなんて名前の人は知らないし、ましてやナンパなんてしたことなんて一度も――」

「茶色の髪に銀色の眼鏡、ヒョロガリ体型ってまんまアンタだし、自分は貴族の息子で、この学園に在籍してるって自慢げに言っていたらしいじゃん。

エマリにも〝一人寂しいティータイムをしている気の毒な貴女に僕が幸福な時間を与えよう〟とか気持ち悪い誘い文句言ったんでしょ?」

「っ、!?」


エマリという女性と、己の過去の行動に心当たりがあったらしい。

同級生の顔が怒りとは別の感情で真っ赤に染まる。

ついでに顔面から吹き出てきた汗を西日が照らしている。

わぁ、テカテカと眩しい汗が滝のよう。


「エマリからその話聞いて、ドン引き通り越して二人で爆笑したわ。

爆笑し過ぎてエマリは過呼吸になりかけるし、私の腹筋攣りそうになったんだけど!

そんな今どき舞台俳優でも言わない臭い通り越して腐った台詞吐く奴の顔を見て見てみたいって思ってたけど、アンタだったんだぁ。

……へえ、アンタがねぇ」


言葉の後に、クククと笑い声が続く。


「あ、もしかしてトレイシーとアメリーをクラブでナンパしたのもアンタ?

この学園の生徒であることを鼻に掛けた、銀色眼鏡って言ってたんだけど。

え、まさかだよね?」

「っ、」

「その後合流したケラムとクリストフに小突かれたら、滝汗流しながら逃げてったって言ってたけど。

あ、その時店員にぶつからなかった?

その店員がその拍子に運んでためちゃ高いワイン落としちゃって、オーナーがそのナンパ野郎に弁償させるって息巻いてたらしいんだよね」


なんとそのワインは今から20年ほど前に倒産してしまったワイン蔵の最後の年に作られたワインだったらしく、今ではもう手に入れるのが難しい希少なワインだったそうな。

そんな大切なワインが割れた原因は店員にぶつかり、逃げていった人間である。

そのオーナーはとある貴族の援助を受けて何店舗か経営している人らしく、今だに様々な人脈を駆使しながら犯人探しを続けているらしい。


そんなご令嬢の話に、襟を汗でびっしょり濡らした同級生は、顔面を真っ白にしている。


「っき、急に用を思い出したっ!!

これで失礼するっ!!」


クルリと背を向けた同級生は、一目散に目の前から逃げて行く。


「自首するなら早めにしなよ!」

「舞踏会の件は正式にお断りいたしますから!」


私たちは逃げる同級生の背中に向かって声を上げる。

ちゃんと伝わったかどうか怪しいほどの逃げ足の速さだったが、ちゃんと彼の耳に届いたと思いたい。


読んで頂きありがとうございました。

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