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憂人の結末  作者: 森山
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そして気づく。

なぜリプセット様はその噂の本人が、私だと気づいたんだろう。


「あの、リプセット様はーー」

「だからユージンだって言ってるだろ」


何度目かの訂正が、今度は私の目を見てはっきりと告げられる。

聞き流そうにも、そうさせてくれそうにもない。


むう、と、無意識に飛びでた唇のまま、リプセット様を無言で見返す。

するとリプセット様も、眉間の皺が刻まれたお顔で、私を睨む。


「…ここまで俺の名前を呼ぶのを拒否されたのははじめてだぞ。

他の女たちはこっちが許可してないくせに、勝手に馴れ馴れしく呼ぶけどな。特にあの、人間外生物」


人間外生物とは、ああ、オリヴィア様だろう。

私は本人にそこまで言われては仕方ないと、姿勢を正す。


「実は、私がリプセット様の名前を呼べないのには理由がございます」

「呼ばないんじゃなく、呼べない?」

「大変申し上げにくいのですが、怒らずに聞いていただけますでしょうか? ちなみにとても失礼な話です」

「怒らないし、失礼かどうかは俺が決める」


リプセット様の返事を聞き、覚悟を決めた。


「犬の名前なんです」

「……は? 犬?」

「ええ、我が家で飼っている犬の名前が『ユージン』なんです」


私が7歳の頃、誕生日プレゼントとして貰ったのが、犬のユージンだ。

もちろん雄。

命名は私。


「……なぜ、その犬に、その、ユージンって名前にしたか聞いていいか?」

「その時大好きだった絵本の王子様の名前がユージンだったからです」


絵本はたしかお父様が王都へ行ったときのお土産にくださったものだ。

王子ユージンが囚われたお姫様を救い出す話だった。


「…犬の名前なのは、わかった。

名付けたのはお前で、まぁ、名付けた理由も理解した」


なぜか俯いてしまったリプセット様は、途切れ途切れに話す。


「つまり、だ。俺の名前を呼ばない理由は、犬、と、同じ名前だというだけか?」

「ええ。だってユージン様って、呼んだら、犬のユージンに会いたくなってしまうんですもの」


ずっと離れることなく犬ユージンと育ってきたのだ。

私の一番の友達で、姉弟で、家族で、そして特別なのだ。


その名を呼んでしまえば、どうしても会いたいのに会えない寂しさが思い出されてしまう。


「ーーと、いうことで、リプセット様には大変申し訳なく、そして大変失礼なことではございますが、そのお名前は私の中ではとても特別なお名前のため、呼ぶのは控えさせていただきたいです」

「………っ、」

「………リプセット様?」


目の前に座るリプセット様の肩が揺れ、その揺れが大きくなると同時に、ハハっと、快活な笑い声が響いた。


もちろん笑い声は目の前のリプセット様からだ。


「いや、悪い。

予想外にくだらない理由でな。

まさか、犬と同じ名前のうえ、呼べば会いたくなるから呼べないとはな」

「だからはじめに言ったではないですか、とても失礼な話ですと」


未だに笑いがおさまらないのか、リプセット様の肩が震えている。


目尻に溜まった涙を指で拭ったリプセット様は、

「ファニーリ」

と、私の名を呼ぶ。 


「ユージンだ。呼んでみろ」

「ですから、それは」

「ユージン。別に犬ユージンに会いたくて寂しくなったら、人間ユージンが慰めてやるよ」


犬ユージンだの、人間ユージンだの、ややこしい。

それでも目の前の男、ユージン・リプセット様は決して引くことのない目でこちらを見る。


ついでに気づけばお互いのランチトレーが消えたテーブルに身を乗り出し、私の顔から視線を外さない。

おい、トレー。

いつの間に消えた。


「人間ユージン様の慰めは不要ですわ」

「お前、毎回人間つける気じゃないよな?」


それは無回答とさせていただきます。

そんな意味も込めてニコリと笑えば、人間ユージン様の手がなんの躊躇いもなく、私の両頬を掴む。


「人間はいらない。ついでに様もいらん。

ユージンと呼んでみな、ファニーリ」

「………」


無言の抵抗をすれば、ずいっと人間ユージン様の顔が近づく。

もちろん慌てて後ろに顔を引こうにも両頬の手がソレを許さず、さらにテーブルに置いた私の手が、人間ユージン様の手によって拘束されている。


「俺の名前呼ぶだけだろ。

そんなに拒否するな、悲しいだろう」


全然悲しい顔をしていない、否、むしろ楽しそうな顔をした人間ユージン様がさらに顔を近づける。

近くになればなるほど、人間ユージン様の決めの細かいすべすべの肌がよく見えて、どんなお手入れをしているのかと気になってくる。


「………(人間)ユージン(様)、手を離してください」


一応私だって年頃のご令嬢なのだ。

相手は公爵子息だけど。

私よりも身分も年齢も、ついでに見た目もいい格上の人間だけど。


ゲジゲジと、空いている足で、人間ユージン様の長い足を蹴る。

令嬢としてはしたないとかは言わない。

だって目の前にはもっと失礼な行為を平然とするーー否、絶対に楽しんでいる男がいるのだから。


「なぁファニーリ。

次の舞踏会、俺の相手になってくれよ」

「お断りいたします」


私は間髪入れずに答えて立ち上がり、人間ユージン様の前から退席した。

だって休憩終了のベルが鳴ったから。

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