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憂人の結末  作者: 森山
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4


「ねぇ、フェル様。今度のお休みに、王都の植物園を案内してほしいなぁ。

あそこにはフェル様のために品種改良された薔薇があるのでしょう?」

「申し訳ない、パウスフィールド嬢。

休みは家に戻らないといけないんだ」

「えっ、家って、王宮?

遊びに行ってみたーい!」

「それは無理な願いだよ。

申し訳ないけど、許可された人しか中には入れられないんだ」

「でもユージン様とかライナス様は遊びに行ってるんでしょ?私も行ってみたいよー!駄目元でお父さんにお願いしてみて!ね?」


いや、流石にそれは無茶なお願いだろう。

フェルナンド様は王子である。

王子の家といえば国の政治やら経済やらの中枢である王宮であり、フェルナンド様のお父さんとは、この国で一番偉い王様である。


友達の家に遊びに行くのとは次元が違うのだ。

むしろ、私なら絶対にそんなところに行きたくない。


流石、オリヴィア様。

リプセット様から人間認定されていない生物だ。


ついつい聞こえてきてしまった食堂での会話に、そっと心の中でそんなことを思ってしまう。


「お待たせ致しました。日替わりランチでございます」

「ありがとうございます」


食堂カウンターからランチプレートを受け取り、ぐるりと食堂内を見渡し、空席を確認する。

今日は生憎の雨模様で、そのせいかいつもより食堂内の利用者が多く、空席があまりない。


いや、空いている席はあったものの、例のご令嬢たちがいる席に近いところばかりなので、ちょっと座るには勇気がいる。


そのままぐるりと食堂を横切り、外テラスへと通じる扉を抜けて、一番隅の席に座った。

外であろうともちろん屋根があるため、雨に濡れる心配もないし、広いテラスには数人のグループが座っているだけ。

もちろんテーブルとテーブルとの間に計算されて置かれた植物たちが、周りからの視線を上手く遮ってくれる。


シトシトと降り続ける雨は、まだまだ止みそうにない。

それでも雨は大地への恵みだ。

遠く離れた領地にも夏に向けてたくさんの恵みをもたらせてくれればいいなと思う。


「お前は一緒に昼食を食べる友達がいないのか?」

「……あら、」


まさかの人物の登場である。


「ユージン・リプセットだ。名前、忘れてたろ」


こちらの許可をとることなく、向かいの椅子に座ったリプセット様に、ふふふ、ととりあえず笑っておいた。


「リプセット様こそ、あちらの方々はよろしいのですか?」


あちらの方々とはもちろん、フェルナンド様やオリヴィア様をはじめとしたご友人たち。

まだ昼食時間ははじまったばかり。


「あいつらと飯を食うと、食った気がしない。

むしろ身体に悪い気がする。

つーか、家名で呼ぶなって言ったよな?」

「それは気のせいでしょうけど、食べた気がしない食事とは味気ないものですねぇ」

「無視すんなよ」


リプセット様の戯言を聞き流しつつ、今日の日替わりランチのメインである、皮面がパリっと焼けたチキンのソテーを一口大に切り、パクリと口に入れる。

ピリッした胡椒のアクセントと、皮の香ばしさ、その下から溢れる肉汁。

あぁ、今日のランチも素晴らしい美味しさだ。


本来であれば私のようなあまり裕福ではない男爵令嬢が王都の学園で、こんなランチを食べることすら夢のような出来事だが、口の中のお肉も、柔らかいパンも、ついでに目の前に座るリプセット様も現実である。


あぁ、お父様ありがとう。

あなたの娘、ファニーリは今日も頑張ります。


「この前は定期試験前なのに授業サボらせて悪かったな。

あのあと、大丈夫だっか?」

「先生方には体調を心配されましたが、そもそも体調不良でもございませし、特に授業においても問題はありませんでした」

「なら良かったわ」


リプセット様は見た目だけでは不機嫌そうに、でも声には僅かな安堵を乗せていた。

この人はなぜ、表情と声音がチグハグなんだろう。

そう思えばまたクスっと、笑いが漏れた。


もちろんすぐさま鋭い視線を頂戴したが、美味しいスープを飲み込むことのほうが大切である。


「お前、あの噂になった令嬢だったんだな」

「……噂、とは?」


咀嚼中のパンを飲み込み、はて?と首を傾げる。

ついでに気づけばリプセット様の前にもランチプレートが置かれていた。

あれ、誰が、いつ、置いたのだ?


「昨年度末に行われた学園総合試験の上位30名に食い込んだ1年生がいたって噂。

あれ、お前だろ?」

「そんな噂は初耳ですし、確かに年度末の試験は受けさせて頂きましけど、自分の正確な順位は把握しておりません」


通常行われる学年の定期試験は、それなりの成績を残せている。

むしろそれが私がこの学園に在席出来ている証であり、学園においてかかる学費やら寮費やらの免除条件である。

そうでなければ地方の男爵家ではこの学園に娘を通わせることなど無理である。

主に金銭面で。


ちなみに年度末の学園総合試験は高学年の生徒が学年に関わらずに同じ問題を解くため、本来1、2年生は受けるとこが出来ないのだが、とある教師の強引なすすめで受けることになった。

短期間で詰め込み勉強した割にはそこそこの結果を残せたと自分では思っているものの、非公式の受験者扱いのため、総合順位を知らされていないのだ。


むしろなぜ私本人も知らない試験の順位を目の前のリプセット様が知っているのだろうと、リプセット様に視線で問いかける。

付け合せのホクホクポテトをしっかりと味わうことを優先したわけではない。


「基本的に試験の結果は個人にしか配られないし、例え教師に聞いても当然他の生徒の順位なんてものは教えられない。

ただな、やっぱり成績上位者たちはお互いの順位ぐらいは把握してるし、情報を共有してる。もちろん他学年でもあってな。

ただ昨年度の総合試験だけは、一人だけ個人を特定出来ない奴がいた」

「…それが、私、ですか?」


確かに同学年の成績上位者たちは私だってある程度把握している。

むしろ同じ特待制度枠入学である令息令嬢が半数を占めるため、互いに励まし合いながら頑張っているのだ。


でも総合試験は本来私は試験受験者資格を有していないわけで、あくまで試験結果は公式には記録されないと、私に試験を受けるようにすすめた先生は言っていたのに。


「試験監督した教師はお前の結果をわざとか、うっかりか、公式結果に入れちまったんだろうな。

とある生徒が個人名を聞き出そうとその教師に詰め寄った際に、ポロッと『年下』『彼女』とこぼしちまったんだよ。

それでまたたく間に俺ら高学年の一部の生徒の間で噂になって、幻の令嬢とか言われてるぞ」

「あまり嬉しい噂ではありません。ちゃんと生きていますし」


今、美味しいランチのチキンを完食したところだ。

あとはデザートのオレンジゼリーを頂くのみ。


鮮やかなオレンジに、爽やかな香り、スプーンを跳ね返す弾力が素晴らしいです。


「ま、そんな噂がお前にはあるってことだ。

知ってて損はねぇだろ」


確かに損はない。ただ得もない。

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