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私の心情など気にすることもなく、リプセット様の愚痴が続く。
「俺の妹はな、まぁ、なんていうか、一言で言えば嵐みたいなヤツなんだよ。
10年近くフェルに片思いして、やっと婚約までこぎつけた。
まぁ妹がまだ15歳だから正式な婚約手続きはとってないが、フェルが学園を卒業すると同時に発表するつもりで両家は話をすすめている。
今実家で花嫁修業真っ最中の妹にこんな話が耳に入ってみろ、あいつは絶対にここに乗り込んでくる。
そしてこちらの話など聞くことなく一方的にフェルをぼろ雑巾になるまでぶん殴るだろうな」
「フェルナンド様は妹様にとても愛されているのですね」
「あれを愛されているという言葉で片付けていいものかわからんが、まぁ、そうなんだろうな」
フェルナンド様とリプセット様の妹様の10年の間にあった出来事を思い出していたのか、リプセット様がとてもとても重いため息を吐き出した。
「とりあえずフェルの周りからあの女を早々に排除しないと、やつの命が危ない。本気でやばい。
一応フェル本人もあの女をーー、というか他多数の女子生徒全般と一定以上親しくならないようにと気をつけているものの、王子としての立場上あからさまなことは出来ん。
かと言ってあの女本人に言ったところで言葉は通じないし、むしろ俺だって近づきたくない。
あれはもう俺の中では女以前に人間じゃないんだ」
人間でなければなんなんだろう、と思ったが、口には出さなかった。
いつの間にかテーブルに乗せられていたお菓子盛り合わせの中からクッキーを手に取り、口に入れた。
紅茶の葉が練り込まれており、程よい砂糖の甘さと相まってとても美味しいクッキーだ。
「腹を刺されたんだぞ?
命に別状はなかったものの、全治1ヶ月の怪我を負わされたにも関わらず、ロレンソは女に懲りないんだ。
もう俺には理解ができんし、理解したくもない。
女の太ももとはそれほど気持ちがいいものなのか!?」
「確かに弟によく膝枕をねだられましたねぇ。もちろん弟が6、7歳まででしたけれど」
ポリポリと、次はナッツが練り込まれたクッキーを咀嚼する。
こちらもとても美味しい。
「俺はライナスが怖いんだ。
あいつはやばい。女児を見る目がやばい。
そりゃロレンソみたいにでかけりゃいいとは思わんが、だからと言ってもライナスみたいにペタを極めたいなんて死んでも思いたくない。
なぜ俺の周りには犯罪者スレスレのやつしかいないんだ!?」
「類は友を呼ぶ、と申しますからねぇ」
気づけば冷めた紅茶から湯気の出る紅茶に入れ直されたカップを傾ける。
あぁ、こんな香り高い紅茶飲んだことない。
「………あら、」
自分の失言に気づいた時には遅かった。
目の前にはこちらを恨めしそうに睨みつけるリプセット様。
何も知らない人が見れば眼光の鋭さから恐怖や畏怖を感じるかもしれないが、リプセット様自身から聞かされた様々な話を聞いた後ではなぜか恐怖を感じることはなかった。
むしろ、その顔につい、クスっと、笑いが漏れた。
もちろんそのせいでリプセット様の眉間の皺が深く刻まれることになったが。
「……お前はそこらへんの女とは違うんだな。
俺に媚を売ろうとは思わないのか?」
言われている意味が分からずに、はて?と、首を傾ければ、リプセット様は眉間の皺を揉みながら椅子の背にゆっくりと身を預けた。
「自分で言うのもなんだが、俺はまぁそこそこ顔はいい。それにこの国ではそこそこ力を持ったリプセット侯爵家の長男。ついでにまだ婚約者はいない」
「たくさんのご令嬢様たちからとても人気があるのでしょうねぇ」
リプセット様はそこそこと言うが、艶のある黒髪を後ろで結び、切れ長の瞳に、通った鼻筋。
まるで美術品の彫刻のように整った顔立ちに、均等の取れた身体。
成績は常に上位におり、剣術や馬術など、身体を動かすことも得意らしい。
と、そんなことをクラスメイトの女子生徒たちがよく話していたなぁ、と思い出す。
「とりあえずお前が俺に全く興味がないことだけはわかった」
リプセット様はゆっくりと椅子から立ち上がり、私を見下ろす。
気づけば校舎から生徒たちの声が聞こえており、もう午後の授業が終わったのだろう。
「いろいろ愚痴って悪かったな。
奴らはいろいろ問題ある部分があるが、まぁ、一応俺の友人たちだ。
俺が話したこと、ーー特に奴らの犯罪スレスレ部分は忘れてくれ。
というか、勢いに負けて女性に聞かせてはいけない話をした気がするから、今すぐ忘れろ」
リプセット様の声に怒気が含まれ一段と低くなり、私は素直に頷いた。
だって巨乳や太もも、年下にペタ。
私の知らない世界はまだまだたくさんあって、その世界に生きる人たちがこんなに身近にいることなんて、あまり知りたくなかった。
「私の失礼な発言もついでにお忘れ頂けるとありがたいです」
類は友を、発言は特に。
そう私が言うと、リプセット様は笑った。
それは人によっては笑顔とは程遠いものだったかもしれないけれど、わずかに目が細まり、口角が上がった顔は、私からすればちゃんとしたリプセット様の笑顔だった。
だってずっと向かい合っていたにも関わらず、リプセット様の顔は、怒り顔7割、無表情2割、呆れ顔1割だったから。
「いや、忘れない。こんな失礼なことを言った女はお前が始めてだからな」
「では私も忘れません。
リプセット様は大き過ぎず、かといって小さ過ぎない胸がお好きで、程よく肉がついた太ももで膝枕をしてもらうのに憧れる男性ということを」
「なぜそうなる!?」
あれ、どこか間違っていたかと、リプセット様を見返しても、
リプセット様の耳や頬がわずかに赤らんでいるだけで、それ以上の反論は帰ってこなかった。
「俺は先に戻る」
そう言って、リプセット様は長い足で校舎へと向かい、そして足を止めた。
「ファニーリ。
俺は家名で呼ばれるのは好きじゃない、ユージンでいい」
振り返ることもないまま、言うだけ言ってユージン・リプセット様は今度は止まることなく歩いていってしまった。