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「しばらくここで避難してるほうが良さそうですね」
開いていたカーテンを閉じれば、利用中の合図。
勝手に中に侵入してくるような不作法者はこの学園の生徒にはいないはずだ。
それにホールと仕切られた空間だろうと、隔てる物はカーテン一枚。
大きな音を立てれば向こう側に筒抜けになる。
ここであればさすがにユージン様も奇行を自粛するだろう。
「…もう俺は知らん。俺は何も見てない」
しかしそんな心配は必要なさそうだ。
ソファに座った途端、いきなり頭を両手で抱えるユージン様。
色々と疲れが溜まっているのだろう。
ただなぜ私の腕まで引っ張るのか。
ぽすんと、ユージン様の隣に着地する。
「…そうだ、あれはフェルじゃない。俺の見間違いだ。この国の王子殿下に似た誰かだったんだろう。あの女が誰と連続で踊ろうが俺が気にすることじゃない」
私が去り際のフロアでちらり見た男女はやはりオリヴィアさんとフェルナンド王子殿下だったらしい。
あの二人が二曲連続で踊るだなんて驚きだが、
「まぁオリヴィアさんだしなぁ」
と、納得してしまう私もいる。
しかしユージン様は納得どころか、目で見たものすら受け入れられないらしい。
その隙に隣のソファに移ろうと腰を上げた途端に掴まれる腕。
諦めの大きなため息一つ落とし、ソファに深く座り込む。
「…そういえばオリヴィアさん、先程私を助けてくれた去り際に気合い入れて落とすとか言ってませんでした?」
落とす相手はフェルナンド王子殿下?
見間違いじゃなければ、オリヴィアさんを見つめる王子殿下の視線は熱かった。ついでに鼻の下も伸びていたと思う。
…我が国の王子、チョロすぎないか。
そしてオリヴィアさんの有言実行力がやばい。
しかしオリヴィアさんは父親から王子殿下の嫁になれと無謀な命令を受けてはいるが、本人はそんなつもりはないと言っていたのに。
考えてもよく分からないため、とりあえず余計に沈み込んだ隣の変人と共に放置ということで、私も小休憩。
置いてあるベルを鳴らして給仕を呼び、飲み物とデザートを持ってきてもらう。
「…いや、聞いていない。俺は知らないからな。無関係だ。
仮に、仮にだな、あの女のあの行動が俺のせいだとしてもだ、あの馬鹿は仮にも王子で、しかも婚約内定者がいる身なわけで、そう簡単にあんなふざけた言動する女に落ちるわけーーー」
手には給仕に頼んで持ってきてもらったエメラルドグリーンが美しいシャンパン、目の前のテーブルには色とりどりの美しいデザートたち。
やはり身体を動かした後に必要なのは水分補給と糖分。
このバニラと木苺のシュークリーム、飲める。
「ーーないとは言い切れない!無理だ!あいつ、年始の祝賀会でも特使相手にやらかしたわ」
「そういえばそんな事あったな。相手の特使も元々そういうつもりで誘いをかけてきてるわけだし、あの馬鹿が突っぱねられるわけなかったな」
「そうは言っても一応王子ですからそれなりの教育を受けているはずなのに、またこの醜態ですからね。前回は兄王子たちのお陰で事なきを得ましたけど、今回はどうなることやら」
シレッと会話に入ってきた二人はユージン様の類友、ライナス様とロレンソ様だ。
ユージン様とここに逃げ込んだすぐ後に二人でカーテンを越えてきた。
いきなりの登場に驚いたものの、私に堅苦しい挨拶はいらない、態度もそのままでいいとおっしゃってくれたので、お言葉に甘えて次のデザートに取り掛かる。
ボリボリガリガリパリパリとこんなに口の中が楽しいフロランタン。
なにこのザクザク食感、癖になる。ああ、粒が荒い砂糖がコーティングされているのね。
シャンパンを傾ければ、爽やかなレモンとライムの香りが鼻から抜ける。
「俺は何度も忠告したからな。それに今回はマドリーヌを伴って出席してんだぞ?あの阿呆王子、学習能力ないのかよ…」
「ないだろ、んなもん。フェルだぞ?」
「あると言ってあげたいんですけどね。前回の反省は全く生かせていない、むしろ反省したことすら忘れているんじゃないですか?」
いつの間にか自国の王子殿下の愚痴会になった三人の前に、琥珀色の液体が入ったグラスを差し出せば、三人ともそのまま一気に喉奥へと流し込む。
一応この三人プラス話題の中心の王子殿下は幼少期の頃からの付き合いだとユージン様が言っていたが、それにしてもボロクソに言い過ぎではないだろうか。
グラスを一気に空にしてた3人の前に、先程と同じウイスキーを瓶ごと置く。
ちなみにこちらのウイスキーもグラスも私は頼んでいない。
しかし気づけばワゴンで用意されていたので、飲みたければ各自勝手におかわりしてくださいな。
私は今からラズベリータルトを食べるのだ。
「前回は全治10日。今回もそれぐらいで済めばいいが。マドリーヌの奴も、最近手加減を覚えたと言ってたし」
「フェルのやつもどんな体勢からでも受け身だけは取れるようにしっかり体に覚えさせておいたから、多少マシじゃねぇか。多分だけどな」
「フェルの唯一の特技は打たれ強さですからね、大丈夫じゃないですか。知りませんけど」
無責任過ぎる発言をする3人は、自分で満たしたグラスを傾ける。
あれ結構度数の高いウイスキーだったはずだが。
なぜ顔色を変えずに飲み続けられるのか。
甘酸っぱいラズベリーにアーモンドが混ぜ込まれたクリームチーズの甘さが絶妙なラズベリータルト。
酸味と甘みのバランス最強!美味しい!
「それよりもお前の妹も、あの皇子に誘われてまた踊ってたぞ。狙われてねぇか?」
「ヴェルト皇国の第三皇子でしたよね、彼。確か自国に婚約者がいるはずですから、そんなことはないと思いますけど」
「婚約者がいても、それを無視してやらかした元王子もいるじゃねぇか。わかんねぇぞ。ヴェルト皇国も第一皇子と第二皇子で皇位継承争いから内乱一歩手前らしいじゃねえか。
第三皇子は漁夫の利を狙ってるのか、自国には見切りをつけてうちに亡命狙いか」
「亡命は大袈裟ですね。しかしマドリーヌ嬢の婿に収まり、リプセット侯爵家という後ろ盾があれば安全は保証されますからね。
いずれ何かしらの方法でユージンを消せば、マドリーヌ嬢との間に出来た子供が侯爵家の跡継ぎですから」
「…ここ最近、やたらとヴェルト皇国と縁のある家から遠乗りやら狩りの誘いが来てんだよな。ついでに見合い話や釣書も大量に…」
フランボワーズを使用した酸味のあるクリームを生地の間に挟んだことによって、チョコレートの風味がより引き立っているガトーフランボワーズショコラをもぐもぐしながら思う。
ユージン・リプセットという男は傲慢不遜、無遠慮、独裁的、自信過剰だと思う場面は多々あるが、周りの人間からの気苦労でストレス溜め込んでそうだなと思う。
まさか数多の令嬢から嫁の座を狙われると同時に命まで狙われているとは。
ただ今言いたいのは、座っているソファは広いのになぜ私の方へと距離を詰めるのか、だ。
近寄り過ぎると腕がぶつかってケーキが食べづらい。
「ま、そうなりゃ面白いな。
だが妹とあの阿呆の婚約が発表されたらあの皇子も自国へ帰るだろうな」
「元々短期留学ですからね。いくら自分に都合のいい令嬢だろうと王子の婚約者となれば、下手すれば国際問題に発展しかねませんしね。それくらい分別する頭はあるでしょう」
「まぁただ妹にとってもいい機会じゃねぇの?あの阿呆以外にも男はたくさんいるんだ、他に目を向けるチャンスだな」
「まだ正式な婚約前ですしね。フェルが振られた盛大に慰労パーティーでも開いてあげましょうか」
二人は楽しげにグラスを傾けるのに対し、ユージン様の頭が背中ごとどんどんと沈んでいく。
まるで背中に重石が積み重なっている幻覚が見える。
ちょっとずつ私の膝の方に倒れてきているのは偶然か、わざとか。
「…全部、あの阿呆王子が悪い。あの女には近寄るなと言っておいたのに」
「オリヴィアだろ?俺も驚いたんだよ、まさかフェルがダンスの誘いに乗ったことによ」
「ここ最近は私たちにまとわりつくことも減っていたので、見切りをつけたのかと思っていたんですけどね。
今日だってカノシ伯爵家次男、ポンデュー男爵長男、あと織物業のトゥリアル家長男と参加してるじゃないです」
「全員実家の格は低いが、そこら辺の貴族よりも金を持ってる家ばっかじゃねぇか」
「…何者なんだよ、あの女は」
遊びで男を誘惑するのが趣味の元平民のご令嬢、それがオリヴィアさんだ。
もしかしたら催眠術、洗脳術ぐらいは使えるかもしれない。




