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ダンスがこんなにも楽しいものだと思えたのは今夜が初めてだった。
今まではステップを間違えないように、相手の足を踏まないようにと気を張っていた。
回るたびに一泊遅れで広がるドレスの美しさとか、音楽に合わせて滑らかにステップを踏む足の軽さとか、…相手の足を踏んでもいい気楽さとか。
むしろ二曲目はどうやって足を踏んでやろうかということばかりだった。
「…顔が近すぎです」
「っ、…ヒールを刺すのはだめだろ」
「ちょっ、耳はだめだと…っ、」
「ファニーリ、楽しいか?」
「…楽しいですから、もう少し離れてください」
ダンスを踊るのに鼻先が触れそうなほど顔を近づけたり、腰を強く抱き寄せる必要はないのだ。
あと、時折耳元でボソッと呪言を囁かないでほしい。
そんな小競り合いをしながら踊っていると、ふと目に付いた二人。
「オリヴィアさんと、…相手は王子殿下?」
元平民だということを忘れてしまうほどの完璧なステップを踏むオリヴィアさんと、そんな彼女の細い腰と華奢な手を支えてリードするフェルナンド王子殿下。
あれほど乗り気でなかったオリヴィアさんが王子殿下をダンスに誘ったことも驚きだったが、それ以上に誘いに応じた王子殿下にびっくりだ。
私の視線に気づいたオリヴィアさんと一瞬目があう。
そしてわずかに上がる彼女の口角。
「…あの女っ!」
それに反応したのはなぜかユージン様で。
いきなり大きくステップを踏んだかと思えば、オリヴィアさんと王子殿下が踊っている方へと近づいていく。
そしてそのまま音楽に合わせてくるりと回った瞬間、ユージン様の足がフェルナンド王子殿下の足を蹴り飛ばした。
「―――っ!?」
ビクっと痛みに体を跳ねた王子殿下は、驚いたようにオリヴィアさんとユージン様の顔を交互に見る。
一拍置いてからいきなりふるふると頭を振り出したかと思えば、ユージン様の顔を見て大きく頷き、それに頷き返すユージン様。
そしてそんな二人を見たオリヴィアさんが、わずかに口角を下げ、無音の舌打ち。
「フェル様っ!よそ見しちゃだめですよ!」
「っ、パウスフィールド嬢…」
「もうダンス中はオリヴィアと呼んでって言ったじゃないですかぁ!」
「そうだったな、オ、オリヴィ―――痛っ!?」
ユージン様がまた蹴る。
よく相手も自分も踊っている最中に蹴る器用さに驚きつつ、そもそも王子殿下を蹴ってはいけない事実を思い出す。
不敬どころか、暴力行為。
誰かに咎められたりしないかと慌てて周りの様子を見ると、ニタニタと笑うペタロリ好きの変態と、グフグフ笑う巨乳好きの変態がすぐ近くで踊っていた。
もちろん相手は先程紹介してくれたアヴリルさんとマガリさんだ。
ニコリと微笑まれ、私も反射で笑顔を返す。
それと同時に思い出す。
王子殿下の未来の婚約者、マドリーヌ様は!?
「……マドリーヌなら、あっちで踊っている。相手は、……ああ、ヴェルト皇国の第三皇子だな。二月前から短期留学生だったな」
ユージン様の視線の方を見れば、褐色の肌と艶やかな金髪、服の上からでも分かる逞しい体つきの男性と踊るマドリーヌ様。
チラチラと視線では王子殿下の動向を気にしているようだが、時折皇子がマドリーヌ様の耳元で何かを囁やけば、頬をピンク色に染めて二人で仲睦まじくクスクス笑い合っている。
そして隣でも頬をピンク色に染めて一途に王子殿下だけを見つめるオリヴィアさんと、そんなオリヴィアさんに戸惑いながらも気恥ずかしく視線を交わす王子殿下。
そんな王子殿下たちを見て青筋立てるユージン様と、ニタニタグフグフ嗤う変態二人。
…一体この人たちは何をしているのか。
出来れば私は無関係の位置で傍観していたい。
しかし現実、私の手と腰はユージン様に捕獲されており、操られるままにくるくると回り、ユージン様の足を思いっきり踏んだ。
もちろんわざとだ。
「…………」
「…いろいろと悪かった」
踏まれた本人が踏んだ本人に謝罪したところでダンスが終わる。
互いに一礼し、定型文の挨拶を交わす。
本来であればそのまま次の人へ声を掛けたり、掛けられたりしてパートナーを決めるのだが、もう疲れた。
休憩するべくフロアを離れれば、当然のように私の腕を取って隣を歩くユージン様。
気づけばオリヴィアさんと王子殿下ペアも、類友二人のペアもいなくなっていた。
しかしあの人たちばかりに気を取られていられない。
「…視線を合わせるなよ」
私達の目の前には野生動物――のように獲物に狙いを定めた女子生徒たちの壁。
全員がユージン様とダンスを踊りたいと誘いに来た人たちだろう。
キラキラどころか、ギラギラした視線がちょっと怖い。
それに女子生徒の脇にこちらも瞳をギラつかせた男子生徒の塊もいて、ついついユージン様の顔を凝視してしまう。
学園主催の舞踏会だ。
同性の友人同士でダンスを踊る人たちは少数ながらいるのでなんとも思わない。
が、ダンスは男女パートでステップが違うのだ。
あの人たちは皆女子パートを取得したからこそユージン様にダンスの申し込みをするのだろうか。
そんなことを真剣に考えていたら、眉間に皺を寄せたユージン様が私を見下ろす。
「…何か勘違いしているようだが、あの男たちの目当てはお前だからな?」
「………」
「だからと言ってお前が他の男と踊ることは許さないし、俺もお前以外と踊る気はない」
私がダンスを踊ることにユージン様の許可など不必要だが、そもそも誘われたとしてももともと断る一択だ。
ユージン様は言葉通り、次々と声を掛ける勇気ある女子生徒たちの間を無言で突き抜ける。
時々令嬢たちの甲高い声に混じって私の名を呼ぶ声を聞いた気がしたが、腕を掴まれたままの私は立ち止まることは出来なかった。
むしろここで立ち止まれば、人に囲まれて動けなくなってしまうだろう。
「…ここだと騒がしい。カーテン裏へ行くぞ」
チラリと後ろを振り向けば、諦めきれないご令嬢たちがあとに付いてきている。
本当ならばこのまま軽食コーナーへと戻りデザート制覇の続きをしたかったが、それは叶いそうにない。
フロアでは次の曲が始まる。
先程のややテンポの早い曲とは違い、男女がより密着して踊るスローテンポのワルツだ。
ちらりと視界の端で、手と腕をしっかりと組み合った男女が見えた気がしたが、私達は逃げるように壁の柱奥のプチ休憩スペースへと逃げ込んだ。




