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憂人の結末  作者: 森山
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じんわりと温めたれたタオルで男に掴まれた二の腕を拭かれれば、多少気持ち的にすっきりする。


「ほら、もう片方の腕も」


そう言われて、私は持っていた紅茶をテーブルへと戻し、右腕を無言で左隣に座ったユージン様へと渋々差し出す。

そして肘まである手袋を丁寧に脱がされ、温かいタオルが二の腕をゆっくりと撫でる。


「こら、逃げるな。くすぐったいのはわかるが、確認だけはさせてくれ」

「っ、…こっちは別に、掴まれてないです、」


掴まれたところをタオルで拭かれ、さらに傷や痣がないかと念入りにチェックされるたびに、くすぐったくて反射で腕を引いてしまう。

それでも痛くない強さで掴まれた腕は解放してくれなくて、ソファの背もたれに顔を埋めて必死に堪える。

ついでに手袋で隠れていた手のひらや指先まで見るのだ。恥ずかしくて死にそうである。


自分でやると言ったのに。

でも私がこうなったのは俺のせいだからと、譲らないユージン様に押し負けた。


「そういえばマドリーヌたちにも全身撫で回されていただろう。

頼むから、女だろうと簡単に肌を許さないでくれ」


許してなんかいない!

ちゃんとやんわりとだが言葉でも、態度でも断った。拒絶した。

だけどやっぱり可憐で愛らしい令嬢だろうと、ユージン様の妹様だ。

押しが強かった。

それに関しては私のせいではない。文句はご自分の妹とご友人のパートナーたちに言ってほしい。

ついでとばかりに彼女たちに撫で回された首の後ろや肩、背中を一通り確認し終えたユージン様と目が合う。


「本当はこのまま誰にも見せずに、俺の部屋へと連れ込んでしまいたいがーー」

「お断りします!」


他の人に助けを呼べる状況ではないが、先程いただいた助言通りにはっきりと拒絶を伝える。

意思表示は大切ですね。


「…お前は俺にははっきりと物言いするのに、なぜ他の奴らにはそれが出来ないんだ?」


まるで残念なものを見るように、しみじみ言わないでいただきたい。

私だって受け入れられない要望にはちゃんと自分の口で断ることも拒否することもしてきた。

ただなぜか“拒絶”を、“拒絶”として受け取ってくれない人間が多いのは、私のせいではないと思う。

その筆頭はもちろん私の意思を無視して、今まさに長い腕を私の背中に回す似非忠犬だ。


「頼むから、本当に気をつけてくれ。特に男にはな」

「では今すぐ離れてください」


今現在進行形で気をつけなくてはいけないのはユージン様ひとり。

しかし私の返答に返ってきたのは大きなため息一つ。

…ちょっと、そのため息って私に向けてじゃないですよね?

あと肩に頭を乗せないでください、重いです。

ついでに髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。


腕の中から抜け出そうともぞもぞすればより強い力で抱きしめられる。


「…今すぐ後ろのベッドに押し倒して俺のものにしたい」


不穏な呟きと同時に、首筋にあたるひんやりとした何か。

それがユージン様の唇だと気づいたのは、私の真っ赤になった首筋の体温が移ってから。


「やめて、ください…っ、」


なんとか自由な手で目の前のユージン様を押しても、ビクともしない。

その間にも唇は首筋からうなじへと移動している。


「……とりあえず噛んでいいか?」

「だめに決まってるでしょう!?」


この噛み癖、人間としてはどうなのか。

くすぐったさをなんとか我慢しつつ、このあまりよろしくない雰囲気から抜け出す術を模索する。

流石にこんな状況で有言実行することはないと思うが、そう完全に言い切れる相手じゃないのだ。


「っ、ダンス!…一緒に踊んるじゃ、ないんですかっ!?」


忘れそうになっていたが、今隣の大ホールでは舞踏会真っ最中。

踊るしかないだろ!


「…今夜逃しても、これからいくらでも踊れる」

「痛っ、ちょっ、」

「…跡はつけてない」


惰性の塊のような返事とは裏腹に、腰に巻き付く腕は力強いままだし、強く肌に押し付けられる感触に痛みが交じる。

一体何をしているのか確認する前に、肩を彷徨うユージン様の顔を無理矢理掴み、ベチンと両頬を打つ。


「っ、いい加減にしてくださいっ!」


私だって反省はしている。

ユージン様に心配をかけたし、手間をかけさせた。

だからといってなぜ私がこんな目に合わなくてはいけないのか。


「…悪い、やり過ぎた」


化粧が崩れるからと我慢していた涙は頬を落ち、羞恥心で首まで真っ赤に染まった顔で睨めば、ユージン様の目が反れる。

よほど私の顔が酷かったのだろう。

それでも私は先程よりも強い力でユージン様の両頬を挟み、無理矢理視線を戻させる。


「今日はなんの日ですか?」

「…学園の舞踏会だな」

「私をダンスに誘ったのは誰ですか?」

「…俺だな。俺が選んだドレスを着たファニーリと踊りたかったんだ」


両頬を挟まれて変な顔になったままのくせに、恥ずかしげもなくそんなことを言うユージン様。

ついでに指先は私の目尻に残る涙を優しく拭うのだから私の顔が赤く染まる。


「私だって、…一応、楽しみにしていたんです」


人から注目されるのも、人の輪の中に入るーー特に舞踏会のダンスは一番苦手と言ってもいい。

さらに相手は有名なユージン様。

不釣合、不相応、気後れとかたくさんの重圧に潰れる未来は簡単に予想できる。

だけど。

少しだけ楽しみだった。

美しいドレスを身に纏い、エスコートされてダンスを踊ることに憧れた。

私を舞踏会に誘ったのはユージン様だ。

だったら責任を持って憧れを実現させる責任がある。


「そうだな。ファニーリは俺のものだって周りの奴らに見せつけるんだった」

「見せつけなくていいです。…隅っこの方で踊るだけで」

「いいのか?

ホールのど真ん中で他のご令嬢に俺の飼い主だとアピールできるチャンスだぞ?」


クククと笑うユージン様は、私の頬に流れるように口づけを落とす。

そして部屋の扉の方に向かって合図を送れば侯爵家の使用人がやってきて、私の化粧や身だしなみを直してくれた。


「お手をどうぞ、俺のお姫様」


差し出された腕に自分の腕を乗せれば、嬉しげに目尻を細めたユージン様と視線がぶつかる。


「…一人にしないでくださいね」


見知らぬ人たちに全身を撫で回されるのも、酔っぱらいに絡まれるのもごめんだ。

さっさとダンスを済ませてしまおう。

まだ食べていないデザートがたくさんあるのだから。

そう意気込んでユージン様を見上げれば、不意に落ちる口づけ。


「ーーいてっ!?」


ダンス中、あと五回はユージン様の足を踏んでやると決意した。

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