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憂人の結末  作者: 森山
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会場内から見えづらいバルコニーの隅に立っていたのは、どこかの駄犬に対する嫌がらせだった。

少しは私を探すのに手間どればいいという嫌がらせと、見つからなければいいなという薄い希望。

…まぁそもそも探していない可能性もあるけれど。

そんな子供じみた行動が裏目に出た。


「まるで地上に降り立った女神のようですね」


ぞわりと全身の鳥肌が立つほどの甘言が聞こえたと思えば、いきなり両側から腕が伸びてきて目の前のテラスの柵を掴む。

そうすれば自然と私はその腕の檻に囚われることとなった。


「よろしければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


後ろから顔を覗かせた男に、もちろん見覚えはない。

頬と耳をお酒で赤く染め、先程から男が口を開くたびに酒精の香りがする。

うえっと、男に気づかれないように扇で顔の半分を覆い顔をしかめる。


「こんな明るい場所では恥ずかしいのですね。では、ゆっくり庭園でも散歩いたしましょう」


男が柵から手を離したと思えば、いきなり私の二の腕を掴む。

それも無遠慮な手付きで、加減のない力で。

そして気持ちの悪い生暖かい息が首筋にかかり、男に隠していた震えが伝わったのがわかった。


「…ああ、体調が良くないんですね。庭園よりも今すぐ横になれるところへ行ったほうがいい」


そう男は言うくせに、足は会場内ではなく薄暗い庭園へ降りる外階段へと向かおうとしている。


男の荒い息が吐き出されるたびに、吐き気がこみ上げる。

もう我慢しないで、吐いてしまおうか。そうすれば男は逃げていくだろう。

でも、ドレスが汚れてしまうのはだめだ。せっかくこんなに美しいドレス。

もう今後一生着ることなんてない、まるで一夜の魔法のドレス。


今更ながらなぜこんなひと目に付きにくいバルコニーに来てしまったのか後悔が募る。

素直に会場内でユージン様を待っていればよかった。


「やめてください」

そう言いたくても、漏れそうになるのは小さな嗚咽だけ。

やばい。

泣くのは駄目だ。化粧が崩れる。


「その汚い手、離してもらっていいかしら?」

「っ、なんだ!?ーーヒィィ」


小さな悲鳴と同時に乱暴に解放された二の腕を自らの手で抱きしめながら、恐る恐る男を見上げれば、真っ赤な顔を真っ青に染めた男と、その男の首に銀のナイフを当てるオリヴィアさんがいた。


「違っ、彼女の体調が悪いようだから声を掛けたのであって、ーー失礼する!」


男は首元のナイフから視線を反らすことなく、ナイフとオリヴィアさんにサンドイッチされた僅かな空間から体を捻って抜け出し、一目散に会場内へと駆けていった。

そして残されたのは無表情にナイフを持ったままのオリヴィアさんと、先程とは別の恐怖に体を震わせている私だけ。

可愛いふわふわのピンク色のドレスとナイフの組み合わせは駄目なやつだと思います。


「ったく、絶対庭に連れ込んで押し倒す気だったでしょ、あれ!

ーーファニーリ、大丈夫?」

「あ、はい。腕を掴まれただけでしたので。助けて頂いてありがとうございます」


折りたたみナイフを深い胸の谷間に収納したオリヴィアさんが心配そうに眉を下げる。

会場内で見かけたユージン様の隣に私がいなかったため、探してくれていたらしい。

そしたらまさかのバルコニーで男に腕を掴まれている私を見つけたそうだ。


…ナイフについては突っ込んではいけないという防衛本能警報が発令されたので、スルーした。

何事も知りすぎるのは良くないのだ。


「何もなかったのなら良かったけど。危ないよ、こんなところに一人でいちゃ」

「本当ですね。ちょっと夜風に当たりたかっただけなんですけど、自分でも迂闊だったと反省してます」


普段の地味で存在感の薄い私であれば、こんな酔っぱらいに絡まれることもなかっただろう。

しかし今日は存在するだけで目立つ人物の隣に立ち、さらには特別な絹で作られた珍しいドレスを着用しているのだ。

認めたくないが、私もかなり目立つ存在になっているらしい。


「カーテン裏にでも行く?今なら空いてるはずだからさ。

それともリプセット様呼んでこようか?」


舞踏会ホールの柱の奥にはパーティー出席者が一時的に休息したり、歓談できるようにとカーテンで仕切られた空間が何箇所か設置されている。

今からダンスが始まるということで、利用者はいないだろうと誘ってくれた。

ちなみにユージン様が予約して確保した休憩室というのは、この大ホールの隣にあるベッドや水回りが完備されている部屋のことである。

体調を崩した者の療養やゲストの控室などに使用される。

当然利用する予定は皆無だ。


「いえ、大丈夫です。

オリヴィアさんこそパートナーの方々は?」


オリヴィアさんは今日は3人のパートナーの方と参加されているはずだ。

きっと彼女なら上手いこと殿方三人を手のひらで転がしていることだろう。

しかし目の前のオリヴィアさんは一人。


「あー、王子をダンスに誘ってくるからって、3人とは一時的に別行動中」


当然オリヴィアさんはフェルナンド王子殿下をダンスに誘うつもりなんてないだろう。

しかし監視役のメリッサさんの手前、舞踏会のパートナーは断られたけれど、諦めない姿勢を見せておかなくてはいけないのだろう。


「ま、メリッサ自身がダンス相手探しで忙しいからいくらでも誤魔化せるんだけどね。

それにパートナー三人にもメリッサをダンスに誘うように司令してあるしさ」


司令って…。

誰かの命令でダンスに誘われていたと知ったら、メリッサさんはどう思うだろうか。

会ったことも話したこともないメリッサさんがとても不憫でお気の毒に思えてきた。

今度匿名で花でも贈っておこうかしら。


「月下美人とアネモネ、コライバインにしてあげて」

「………」


オリヴィアさんに言われた3種類の花。

月下美人は『危険な快楽』、アネモネは『見捨てられた』『恋の苦しみ』、コランバインは『愚か』という花言葉がある。


え、まさかメリッサさん相手にパートナーへ向けた司令って…。

……え? 違いますよね?

ねえオリヴィアさんっ!?


オリヴィアさんは薄笑いを浮かべただけで、何も言わない。

私はメリッサさんの無事を祈るしかできなかった。


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