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「本当に大丈夫なのか? 休憩室ならすぐにでもーー」
「大丈夫です。どこぞの変態の奇行に驚いただけですから。
…もう、手を離してください」
床に沈む寸前の私の腰をがっしりと掴み、支えてくれたユージン様の腕をペシペシと叩く。
感謝はしている。
だがもう私の身体機能は復活済みだ。さっさとこの腕を離してほしい。
それでも頭上からフッと笑みが落ちただけで腕は離れなくて、むしろより力強くなった気がして顔が火照る。
そんな私の前に差し出されたレモンが浮いた透明な液体。レモン水だ。
私が腰を抜かしたことを、酔っ払って気分が悪くなったと勘違いしたユージン様にお酒のグラスは奪われ、慌てて予約してある休憩室へと強制連行されるところだった。
原因はお酒じゃない。
目の前の変態の奇行の所為なのに、その変態は全く自覚はしていない。
…まさか会う人すべてにケーキを食べさせていないだろうな、この変態。
「ほら、やはり騒ぎの原因はユージンだったな」
「本当だな。
先ほどもホールの中央あたりで多数の女子生徒たちが真っ赤な顔で倒れ込んでいたのもきっとこいつの所為だ」
ユージン様の指を腰から一本ずつ剥がしていたときだった。
キラキラとした集団がゆっくりと近づいてきた。
私は慌てて逃げようとしたものの、腰に回った手がそうさせてくれず、集団に向かって無言で頭を下げる。
「こんなところにいたのか。
せめて会場に着いたなら挨拶ぐらいしに来てくれよ。ユージンは欠席かと思ったじゃないか」
「別にわざわざ挨拶なんていらないだろう。こうしてお前らからやって来たんだし」
「確かにな」
ハハハと笑い合うユージン様とその御学友らしいキラキラ集団。
私からは集団の足元しか見えず、とりあえず男三人、女三人らしい。
「で、今度は何をやらかしたんだ? ただでさえ今日のお前は注目されているんだ。
あまり女子生徒たちを刺激するもんじゃないぞ」
「全くだ。一体なにをしたらこんなふうに周りの女子生徒を昏倒させられるんだ?」
下げた頭のまま、視線だけで周りを見る。
軽食スペースは壁際に設置されている上、舞踏会が始まったばかりの時間帯。
生徒たちがこの場にいないものだと思っていたら、まさかの一定の距離を保った周囲にいたらしい。
そしてその生徒たちは、床に倒れ込んでいる人、鼻に手を当てて座り込む人、友人同士で涙を流しながらお酒を煽っている人と、なかなかの混沌具合だった。
……見なかったことにした。
「そうですわ。お兄様が初めてパートナーを連れて参加されただけでも驚きなのに、ホールの中心でその方の耳元に愛を囁いていたと、お友達が教えてくださいました」
いいえ、囁かれたのは呪いです。
耳が腐り落ちる妄言です。
きっとあの時周りにいた女子生徒たちの耳にも何かしらの異常が起こって、倒れ込んでしまったのでしょう。
今?
今は知らない。なぜ皆さん倒れてらっしゃるのでしょうね。
知らない。原因なんて、私は知らない。
「お父様とお母様にも紹介されたのでしょう?
私だけ仲間外れなんてお兄様ひどいです」
「ひどいもなにも、お前が家にいなかっただけだろう」
「僕と一緒に舞踏会に出席する準備でマドリーヌは王宮にいたから仕方がないさ」
「妹の私には今、紹介してくださるんでしょう」
「友人の俺たちにもな」
ああ。やめてください。
私はわざわざ高貴なユージン様の妹さんやご友人に紹介されるほどの身分も容姿も、ついでに話題性も面白みも持ち合わせておりません。
ただの空気だと思ってください。
しかしそんな私の願いは叶うわけもなく、そもそも自分よりも遥かに身分の高い方々を無視するわけにはいかない末端貴族令嬢。
腰に回ったままのユージン様の腕にさらに強く抱き締められると同時に、その手の甲をつねる。
いい加減この手を放してほしい。
友人を前になぜその態度を貫けるのか、謎である。
そしてユージン様の態度に疑問を持たない彼は、やはりユージン様の友人だからだろう。
「こちらはファニーリ嬢だ」
ユージン様のさっぱりあっさりとした紹介を受け、
「ファニーリ・キプリングと申します」
と、膝を小さく曲げてカーテシーをする。
「キプリングというと、国内でも有数の穀倉地帯の男爵領のご令嬢かな。
つい先日、男爵から王家に品種改良して出来た新種の花が届いたよ。とても素晴らしい美しさだったな」
艶やかな金色の髪と甘い顔立ちの方ーーフェルナンド王子殿下が存在感の薄い我が家のことを知ってくださっている事実に驚く。
我がキプリング男爵領は代々主に小麦や大麦などを育てる穀倉地帯で、祖父の代からはお茶や果実、花の栽培なども新たに始めている。
そして特に父が品種が違う花同士を掛け合わせて、新しい花を生み出すことにのめり込んでいるのだ。
実家より離れた学園で、王子殿下から家が褒められるというのはとても嬉しく、ありがとうございますと、頭を下げる。
「一番端から王家の三男フェルナンド、隣が俺の妹アドリーヌ、その隣がライナスとロレンソだ。別に忘れていい」
私は静かに相手と視線がぶつからないように、ユージン様のご友人たちを見る。
フェルナンド様はまさに王子様という容姿を体現するような艶やかな金色の髪と、甘い顔立ちをしており、その隣にいるマドリーヌ様は目鼻立ちのはっきりとしたまるでお人形のような美しい容姿をしていた。そしてやはりユージン様のお母様にそっくりである。
服の上からでも分かるほどの鍛えた体をもつロリペタ好きのライナス様の隣には、幼さの残る愛くるしい顔立ちに薄い胸の少女がいて、
細いフレームのメガネをかけた巨乳太もも好きのロレンソ様の隣にはドレスから溢れてでそうな豊かな胸の妖艶な女性がいる。
と、不躾にならない程度に目の前の方々を観察していたら、何故か目の前の六人の視線が私を見て固まっているようだった。
…え、あの、私の背後に何か見えます?
変態の生霊?駄犬の怨霊?
コホンと、ユージン様の咳払いで意識を取り戻したご友人々は、何事もなかったかのように自分と、その隣にいる女性たちを紹介してくれた。
ペタロリっ子さんはアヴリル、デカパイさんはマガリと言う。
彼女たちはユージン様の妹マドリーヌさんと同じく、この学園の生徒というわけではないらしい。
「いや、驚いたな。お前が女性を連れてこういう場に参加することも驚きだが、それ以上に彼女のドレス」
「ええ、お兄様の瞳の色と同じですわ。
それにフェル様、キプリングさんが着ているドレス、この舞踏会のためにとお兄様がわざわざドゥラン諸島から急ぎ取り寄せたのですよ」
「ドゥラン諸島といえば、つい最近まで他国との国交を断っていたばずなのに、いつの間に繋を作ったんだ」
「知人から紹介された人の実家がたまたまその島で養蚕からドレスの仕立てまでやってると言ったから、個人的に注文しただけだ」
ユージン様の言葉に、フェルナンド王子殿下の言葉が詰まる。
言われるがままに着ているドレス。
まさか王子殿下が驚くほどの希少で珍しいドレスだったらしい。
「本当に美しい色ね、ロレンソ様」
「ああ、素晴らしいな。
だが己の瞳の色だとしても、俺からすれば異常としか思えないほどの独占欲だな」
「アクセントカラーの金色はキプリングさんの瞳の色ですわね、ライナス様」
「ああ、だろうな。こいつ普段から冷めた面してるくせに、中身は結構やばい奴だからな」
あら、変態のご友人がた、よくおわかりですね。
さすが類友。
ぶるりと、背筋が震えた。もちろん恐怖でーー。




