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輝くシャンデリア、楽器隊の生演奏、色とりどりのドレスが軽やかに踊り、いつもよりも弾んだ生徒たちの声音。
あまり大勢の人が集まる場や、こうした華やかな場所は苦手な私であっても少しだけいつもより気分が高揚しているのは会場の空気にあてられたせいか。
「どうぞ、お姫様」
「……ありがとうございます」
ユージン様から差し出されたピンク色の液体の入ったグラスを受け取れば、勝手にカチンとグラスがぶつかる。
いつもよりもユージン様から向けられる視線が甘ったるい気がして、直視を避けるようにグラスに口をつける。
「…美味しい」
「最近注目され始めたロザーヌ地方の老舗ワイナリーのシャンパンだな。
基本的に領地外に輸出しないところだと聞いていたが、この舞踏会のためにかなり頑張って王家は口説いたらしいな」
シュワシュワと小さな気泡が弾けると同時にブドウの味と香りがしたと思えば、ふんわりと消えていく優しい味わいが初夏にピッタリで、とても美味しい。
あまりお酒が得意ではない私でも、美味しさについついグラスを傾けてしまう。
「ファニーリ、あまりお酒に強くないんだろう?ゆっくりと飲んでくれ。
もし気分が悪くなったら早めに言ってくれよ。一応休憩室は予約して確保あるから」
なぜ私がお酒に強くないと知っているのか。そして休憩室の予約まで。
その用意周到さに、私は絶対ユージン様の前で酔っ払うことだけはしないと手に持ったグラスを傾けながら決意する。
そして目の前には一口サイズのサンドイッチやスコーンを始め、お酒のお供や小腹を満たすにふさわしい様々な軽食が並び、私のお腹を刺激する。
さらに色とりどりの焼き菓子やケーキ、初夏にピッタリな涼しげなゼリーや氷菓子までもがズラリと並ぶ。
前回の舞踏会の時は友人たちとデザート全制覇に挑戦したものの、当然ながら半分もいかずギブアップしてしまったのだ。
今回こそはリベンジしようと話していたのに、今は全制覇どころか力いっぱい――それこそ内蔵が口から出そうになるほどの強さで締められたコルセットのせいで空腹なのにすでに苦しい。
「いつもは王都に店舗を構える店を中心に料理や酒を依頼していたらしいが、今回はこのシャンパンのようにまだ王都に進出していない店を中心に揃えたらしいぞ」
ユージン様の豆知識にフンフンと頷きながらグラスの中身を流しながら、気づく。
今日の機会を逃せば、目の前に並ぶデザートたちは今後気軽に食べることが難しいということだ。
え、やだ、どうしよう。悩む。
普段の私であれば大口開ければ一口で食べられるほどのサイズにカットされたケーキであっても、胃の空き容量が足りなさ過ぎる。
これは慎重に選ばないと、下手すれば十個も食べないうちに満腹になってしまいそうだ。
「ファニーリ、ほら、口開けろ」
「なに、ングっ!?」
いきなり目の前に差し出されたフォークと掛け声に驚く間もなく、反射的に開けた口の中に広がる甘さ控えめな滑らかなクリームとしっとりとしたスポンジ、私好みの酸味が少し強い苺。
美味しいという言葉では足りないほどのすべてのバランスが完璧なショートケーキだ。
「お、美味いな。苺の甘みと酸味がいい。
寒冷地でも育てられる苺としてグリュタリー地方のとある農家が育てた苺を使っているそうだ」
まだ一部の地域でしか流通していない希少性の高い苺も当然美味しいが、しっとりとした口で溶けるスポンジの美味しさにびっくりである。
ああ、ホールケーキ丸ごとかじりたいし、この美味しい苺の余韻にずっと浸っていたい。
「ほら、次だ。苺のカプチーノティラミスだと」
差し出されたスプーンをパクリと食べる。
こちらの苺は酸味が控えめで、コーヒーが染み込んだスポンジとシナモンが香るマスカルポーネが苺の甘みを優しく包みこんでいる。
当然ながら美味だ。スプーン一口じゃなく、鍋サイズで食べたい。
「次は…、そうだな。
ショコラとブラウニー、どちらがいい?」
「どちらも食べたいに決まってます」
なにその究極の二択。両方選ぶに決まっている。
私の回答にハハっと笑ったユージン様は、私が持っていた空のグラスを受け取ったかと思えば別のグラスを握らせる。
ライムと青りんごが香る白ワインだ。
スッキリとした酸味が広がり、これは濃厚なチョコレートとは相性バツグンで、こちらのワインも生産数が少なく、市場が限られている幻のワインと言われていると教えてくれた。
「ナッツとドライフルーツのブラウニーだ」
皿の上の器用にケーキをフォークでカットしたユージン様は、私の口元へとフォークを向ける。
ブラウニーの上には香ばしいナッツが輝き、ブラウニーの断面からは艶やかなドライフルーツが覗き、食べる前から美味しいと確信する。
そして口を開けて食べようとした瞬間気づく。
「っ、自分で食べれます!」
「いいから。早く食わないと俺が食うぞ?」
「ッ、」
三秒悩み、羞恥心よりもブラウニーを食べたい欲求が上回った。
食べ物に罪はない。
そう心の中で言い訳しつつ、ユージン様の差し出すフォークをパウリとくわえた。
一瞬で口内に広がるオレンジの香りを堪能し、カリカリとナッツの食感を楽しむ。
そのまま間を開けずにグラスを傾ければ、よりチョコレートが濃厚に感じられ、ここは天国かと勘違いしそうになる。
そんな私を楽しげに見下ろすユージン様は、ブラウニーの残りをパクリと自分の口へと運び、次は何にしようかと真剣な顔を選んでいる。
見間違いでなければユージン様が口へと運んだフォークは、私に食べさせたものと同じフォークで。
「……」
結婚する上で、食の好みはとても大切だと言っていたのは誰だったか。
また女を後ろに従わせる男よりも、こちらの意思を確認してくれたり、隣に並んでくれる男の存在の希少性を訴えていたのは誰だったか。
私の実家で働く家政婦のシーラか。幼少の頃からお世話になっていた家庭教師のカロラインか。
「…私、今まで一度も虫歯になったことないことが密かに自慢なんです」
「?…そうか、それは素晴らしいな。
ちなみに俺もないぞ」
小さい頃から乳母や母にしつこいほど歯みがきの大切さを教えられてきたので、私や妹弟たち誰も虫歯になったことがない。
だから私が使ったフォークが原因でユージン様が虫歯になることはないということで――。
「サント島のカカオ豆を使用したガトーショコラだと」
目の前に差し出されたフォークをパクリとくわえる。
濃厚な味わいとローストしたカカオの芳醇な風味、さらにアプリコットや柑橘類の香りまで楽しめる美味しいショコラ。
毎日の主食はこれにしようと思う。
「…流石にそれはやめておけ。栄養が偏り過ぎだろう」
呆れた表情のユージン様は、皿に半分残ったガトーショコラをなんの迷いもなく自分の口へと運ぶ。
私がくわえたフォークを使って。
私の腰が抜けたのはそのすぐ後だった。




