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思い返せば、幼少期の頃は人並みに恋や結婚に憧れていたと思う。
少し気弱な父と、おっとりとした母。
共通の知人の紹介で出会った二人は、政略結婚と言うよりも見合い結婚だったと聞いた。
お互いの好意を表立って言葉や態度で示す両親ではなかったけれど、相手への感謝や敬意を疎かにしない二人だった。
喧嘩や言い争いなどをしている姿など見たことなく、私達子供や使用人、部下や領民の前でも常に穏やかで朗らかな二人。
一応私も貴族令嬢。
年頃になれば、家の繁栄のため父親が決めた相手へと嫁ぎ、両親のような穏やかな家庭を築くものだと漠然と思っていた。
だけど目の前には穏やかさとか朗らかさとはかけ離れた人間が一人。
……なんでこうなった?
「あの、…もう少し早く歩いていただけません?」
変な押し問答をしていたせいか、辺りは真っ暗闇。
いつもなら夕食を食べ始める時間だと私の腹時計が告げている。
国が管理運営している学園の学生寮だ。当然朝と夜は寮内の食堂で提供される。
先程アップルパイをつまんだけれども、まだまだ成長期の私。
気を抜けばお腹の音が鳴りそうだ。
ユージン様の腕を両手で抱え込み引っ張るように歩く。
そんな私の行動を薄く笑う変態。怖い。
「暗いのが苦手か?」
「…別に問題はないです」
「じゃあそんなに急ぐな。危ないぞ」
一応校舎近辺には外灯はあるものの、今歩いている場所に届く光は弱い。
かろうじて足元は見えるものの、数歩先は暗闇だ。
それなのに時折周りからガサガサと音が鳴る。
風だね。風だと言って。
「…この雑木林の奥には何があるか知ってますか?」
「こっち側は特に何もなかったはずだが。塀があるだけだ」
私たちが通う学園は国が管理運営しているためとても広い。
十数棟ある校舎に、室外室内運動場、舞踏会が行われる大ホールがある講堂、礼拝堂、食堂、図書館、劇場に医務院、文具書籍日用品などが揃う商店。
さらに乗馬や球技、ダンスなどの各クラブ活動ごとの施設に、男女別の学生寮、職員寮など、在り過ぎて全施設把握出来ていない。
そしてその広大な学園の敷地は人の二倍ほどの高さの塀で囲まれている。
何箇所かある門には当然ながら門番がいて、教師や生徒も門の出入りには許可申請がいる。
校舎や寮の建物に入る際にも学生手帳の提示が必須だし、常に学園敷地内には警備員が巡回している。
国内有数の高位貴族の令息令嬢が集まっているから当然といえば当然なのだ。
そしてその校舎裏道の雑木林から、ガサガサという音が断続的に聞こえてくるのは何故か。
物凄い脚力を発揮して塀を乗り越えた獣?
道を開拓する警備員の方?
気付けばユージン様の足も止まり、鋭い視線が暗闇に向けられる。
背中から回ったユージン様の手が私を強く抱き込む。
どんどんと近づく音が、風や獣が発する音じゃなく、暗闇で見えなくても、人が茂みをかき分ける音だとはっきり分かる。
そしてガザっと、茂みが割れた。
「…あれ、ファニーリ?」
まさかの呼ばれた私の名前。
恐る恐るユージン様の腕の中から視線だけ向ければ、そこにいたのはつい最近文通友達となったオリヴィアさん。
え、なんでこんな裏道のさらに奥の雑木林から?
「友達の誕生パーティに参加してたら遅くなっちゃってさ。
あ、驚かせちゃった?ごめん、ごめん。
この奥にちょうど木に登れば塀を乗り越えられる所があるからさ」
普段は寮の同室である従姉メリッサさんに常に行動を監視されているため、一人で外出など出来ないと手紙で言っていたが。
今日はそのメリッサさんが所用で外出しているために、外出届けを必要としない外出方法――まさかの塀を乗り越えて遊びに行っていたらしい。
ついでにメリッサさん不在時の監視役メイドは買収済みらしい。
あ、推している舞台俳優の観劇チケットを融通したと。
私も実は実家にいた時から舞台鑑賞が趣味でして、メイドさんは誰推し?
え、メリッサさんが遅くなるから夕食後にオリヴィアさんの部屋へ?
メイドさんも呼んでいただけると?
もちろん喜んで伺いますわ!
こうしちゃいられない。
さっさと寮に戻って夕食を!
そう意気込んでその場から足を踏み出したが、踏み出せなかった。
「そういえばファニーリこそ校舎裏でなにやってんの?
……え、ユージン・リプセット、様?」
そう。私はユージン様と一緒にいたわけで。
恐怖から無意識にきつく抱きしめていたユージン様の腕を慌てて解放したものの、私の身体の拘束が緩むことは無かった。
むしろ私と一緒にいたのがユージン様だと知って驚くオリヴィアさんに名前を呼ばれて、さらに腕の力が強くなった気がする。
「………名前で呼ぶ許可はしていないと何度言えば分かる。
というか、お前は本当にオリヴィア・パウスフィールドか?」
何故かじりじりとオリヴィアさんから距離を取ろうとして後退するユージン様。
よほど驚いているのだろう。
オリヴィアさんに対して敬称を忘れてしまうほどだ。
ただ、あの、もう腕を離してもらってもいいですか?
ちょっと息苦しいんですけど。
生きてます_(._.)_
ブクマ、応援ありがとうございます。




