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「なぜそこまで頑なに拒否をするんだ。
何か過去に嫌なことでもあったのか?」
人間ユージン様の問いかけに、過去の記憶をサッと洗うが、もちろんそんな記憶にこびりつくほどの出来事は有り難いことにおこっていない。
ただ肩の力を抜いて参加出来る学園主催であっても、大勢の生徒、生徒の親族、学園関係者が一堂に介するのだ。
不特定多数の人間と関わり合えば、表立って批判するほどではないけれど、見過ごすには難しい小さな違和感や、疑問、拒絶があるわけで。
ぶっちゃけてしまえば面倒なのだ。
そう感じてしまう自分の感覚や、それを突然与えてくる相手への対処が。
私に対して無関心ならまだいい。
助言、教示、訓戒なら何を言っても許されるのか。
明確な言葉にならない、なれない思考の破片がグルグルと回るだけである。
「決めた。
お前は俺のパートナーとして舞踏会の間はずっと隣にいてもらう。
むしろ他の男と踊るな。喋るな。近寄るな。
俺も他の令嬢とは踊らないし、喋らない。むしろ近寄りたくない」
「…え?あの、ユージン様、」
誰が誰のパートナー?
え、何をおっしゃっているの。
「はじめからやっぱりこうしておけばよかったんだ。
ま、多少周りが騒がしくなるだろうが、すぐ夏季休暇だ。皆興味を無くすだろう。
本当はもっとじっくりゆっくり落とそうかと考えていたんだがな、
このままお前を一人で泳がせておくほうが危ない気がしてきた。
ということで予定変更する」
「…あの、先ほどから何を?」
騒がしい?落とす?泳がせる?
予定変更は勝手にどうぞですが、私は無関係ですよね?そうですよね?
目の前にいるのは人間ユージン様のはずなのに、話している言葉の意味が理解できない。
「安心しろ。ファニーリの気持ちまでは急かすつもりはない。
ただ先に外堀から埋めることにしただけだ。
とりあえず手始めに今度の舞踏会は俺のパートナーとして参加してもらうからな」
「……」
「拒否も拒絶も受け付けんからな。
前日の朝、お前の部屋に俺の家の使用人を向かわせる。その者の指示に大人しく従えよ」
「……理不尽、…横暴、……俺様」
そんな私の呟きにも、人間ユージン様はフンと鼻を鳴らしただけだった。
ついでに私の指の間から生えたゴツゴツとした節が目立つ指が甲へと食い込む。痛い。
ん、いつの間に?
「仮病も欠席も認めん。
もし今お前が考えている逃亡計画を実行してみろ。リプセット家の力を使ってどこまでも追いかけてやるからな」
とうとう人間ユージン様の頭が壊れてしまったらしい。
ついでに力加減も。
絡め取られた手の骨が軋む音が聞こえる。痛い痛い。
「ファニーリ」
私の意志とは無関係に目の前の暴君に引き寄せられた指先に軽く触れたのはユージン様の唇。
人差し指、中指、薬指と、触れるか触れられないかの僅かな距離。
驚き慌てて手を引こうにも、私よりも一回りも大きな掌が絡みついたままだ。
小さな抵抗として、力いっぱい指先を伸ばして甲のほうへと思いっきり反らす。
ユージン様は、無駄な抵抗だと嘲笑うように、口を開く。
「ファニーリ、俺のパートナーになってくれるよな?」
「…っ、」
小さな悲鳴はなんとか飲み込んだ。
そんな私をさらにユージン様は笑う。
私の薬指を噛みながら。
「…うちのユージンは、噛みません」
「人間ユージンは、まだしつけ前なんだ」
「腕のいい調教師を紹介いたしますわ」
「俺はファニーリがいい」
変態!と、思いっきり叫びそうになった。
なんとか喉の奥に飲み込めたのは、廊下からお喋りする女子生徒たちの声が耳に届いたからだ。
「返事を聞かせてもらっても?」
わずかに逸れた意識を戻した視線の先にはくっきりと駄犬の歯形がついた自分の薬指。
そして頬を覆う大きな手のひら。
鼻先がくっつく距離にある顔。
「ーーーっ、ハウスっ!!!」
声と同時に、自由な左手でドアを勢いよく指差す。
私の声に目を見開いた駄犬は、私が指さしたドアを横目おさめ、クククと喉を震わせる。
ちなみに私の左手はまだドアを指したままだ。
「ご主人様の命令に素直に大人しく、無抵抗に従うのが賢い犬に近づく第一歩です」
どうしよう、自分でも何を言っているのかわからない。
それでもまだ喉を鳴らして笑う駄犬、じゃない、人間ユージン様から解放された私は忘れていた呼吸を再開させようと、新鮮な空気を求め顔を上げる。
「…ご主人様の命令に素直に従えば褒美をもらえるんだよな」
顔を上げた先には離れたはずの人間ユージン様がいて、そのままユージン様の顔が降ってくる。
見開いた目から見えるのはユージン様の肌で、鼻に触れるのはユージン様の鼻で、唇に押し付けられているのはユージン様の唇で。
「――っ、なに、をっ、――っ、」
押しつけられた唇が離れた隙を狙って、抗議の声をあげるも、またその声ごと塞がれる。
後頭部と添えられた手が私の動きを縛るが、自由な手足で抗議を上げる。
「なにって、俺へのご褒美の先払い。ちゃんとこの後、寮まで送る」
「…一人で、帰れますっ」
「そんなに俺の両親と夕食が食べたかったのか」
「っ、…送って頂いて、ありがとうございます…、っ、」
「………舌入れていいか?」
「っ、だめ、…っです!」
いいわけないでしょう。むしろどうしていいと思う。
会話の合間に押し付けられる唇から逃げるように、首を左右に小さく振る。
絶対開くまいと真一文字に唇を結びながら、何やら妖しい動きで腰を這い回る手の甲をつねる。
その痛みのおかげか、変態ユージン様の唇がゆっくりと離れていった。
「…もっと離れてください」
「じゃあ俺の手を抓るのもやめてくれ。こら、爪立てるな」
唇が離れても、まだ鼻がくっつきそうなほどの距離にある変態ユージン様の顔と、後頭部の手。
それが離れない限り、私だって手を離すつもりはない。
「いててて、これ絶対血が出てるだろ」
「知りません。舐めておけば治りますよ」
「ファニーリが舐めてくれるんだよな?」
「は?黙れ、変態」
あ、いけない、本音がポロっと。
それでも私の暴言に怒るどころか、またククっと笑いだしたユージン様は本当にヤバイ人なのかもしれない。
やはり巨乳や太もも、ロリにペタという嗜好をもつご友人がいるだけのことがある。
類は友を呼ぶとは本当だったのだ。
そんな発見、まったく嬉しくないし、クソほどなんの役に立たないが。
…変態、覚醒(・ิω・ิ)




