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パチパチと瞬きしても、見えている景色は同じ。
人間ユージン様が仁王立ちしているだけだ。
「さてと、ファニーリ」
「なんでしょうか?」
このリンゴパイはあげませんよ。
全部私のものですからね。
「それが気に入ったなら土産にもたせてやるから。
とりあえず話を聞け」
「作り方も教えていただけると嬉しいです」
「…ああ、わかった。
頼むから、菓子から意識を俺に向けてくれ」
人間ユージン様の改まった様子に、とりあえず持っていたカップをテーブルへと戻す。
「自分のことを棚に上げて言うが、お前はもう少し危機感というものが無いのか!?
いきなり腕を捕まれ、空教室へと連れ込まれたんだぞ。
相手が俺だと分かっていても、もう少し警戒心を持ってくれ。
それにお前は自分の身体が他人に好き勝手されて、なにされるがままになってるんだ!?
身体を触られて嫌悪感はないのか!?
髪を男に触られて不快感はないのか!?」
「やられた本人に言われても、あまり説得力がありませよねぇ」
「わかっとるわ!
分かってても、言いたくなる俺の気持ちを汲み取ってくれ!」
確かに腕を掴まれた時は驚いたし、教室へと引き込まれた時には恐怖心でいっぱいだった。
それでもすぐに相手が人間ユージン様であることが解れば、何故かスッと恐怖心が消えた。
もちろん僅かな警戒心はあるものの、それは親族以外の男性と二人きりになった時に起こりうる危害や危険を避けるための防衛本能的な警戒心よりも、
この前のように嫌がる私に無理矢理自分の名前を呼ばせて楽しむ悪趣味の押し付けや、事前告知無く勝手に触れてくることに対しての警戒が強い。
そう感じる自分の感覚に首をかしげてしまう。
何故相手が人間ユージン様だと恐怖心や嫌悪感、不快感などは感じることがないのか。
これは高貴貴族男子が先天的に授かる才能か、努力で取得した後天的技術か。
「他の男性にそのようなことをされた経験がありませんので、嫌悪感や不快感というものはよくわかりませんが」
「そんな経験今後一切しなくていい!」
すかさず返された言葉に、私も全面的に同意である。
「とりあえず今のところ私にそのようなことをする方は目の前の人間ユージン様だけですので、心配無用です。
ということで、節度ある距離をお願いいたしますわ」
そうはっきりと伝えれば、何故かとてもとても大きなため息が頭上に落ちてきた。
もちろんため息の吐き主は人間ユージン様だ。
「なぁ、ファニーリ」
「なんでございますか?」
お行儀が悪いと分かっていても、つい会話の最中であってもリンゴパイへと手が伸びてしまうのは、とても美味しいリンゴパイのせいである。
むしろこんな美味しいパイを作ってしまったコックと、私の前に提供してしまった給仕のせいだ。
が、指でリンゴパイを捕まえることはできなかった。
なぜなら私の手は逆に人間ユージン様に捕らえられてしまったからだ。
ゴツゴツとした男の人の手。
その手が私の指先をすくい上げる。
気づけば人間ユージン様の目線は椅子に座った私と同じ高さだった。
「…言いたいことはたくさんある。
が、とりあえず、まず言いたいことは一つ」
漆黒の瞳が私を射抜く。
「今度の舞踏会、俺と踊っていただけませんか?」
今更ながら、この状況がなんかおかしいなぁ、と思った。
なぜ女子生徒の憧れの的であるリプセット侯爵嫡男であるユージン様が、私の前で膝をつき、私の指先をもち、ダンスに誘っているのだろう、と。
「……おい、返事は?」
「………まぁ、一曲なら、……たぶん」
そして私の返事はきっと人間ユージン様の期待通りではなかったのだろう。
すくい上げられていた指先がぎゅっと人間ユージン様に握られた。
それもかなりの力で。
うん、痛いです。
「おい、たぶんって、なんだ。
今回もパートナーなしで友人同士で参加すんだろう?」
なぜそれを人間ユージン様が知っているのか突っ込みたいが、とりあえずその通りなので頷いておく。
舞踏会は年に三度。夏季休暇前、冬期休暇前、学年末。
「今までパートナーを決めたことはございませんし、今後そんな予定はございません」
一応私だってはしくれ貴族令嬢だ。
ダンスも踊れる。一応。
授業評価は優だ。一度も秀を取ったことはないけれど。
父親にどうしてもと頼まれてどこかの貴族が主催する夜会に連れられて参加した時や、
前回の学園主催の舞踏会の時もクラスメイトや見知った男子生徒、時に見知らぬ先輩から義理や体裁で誘わて踊ったりもした。
その時の相手方にもダンス終了後にもはや定型文のような称賛を頂いたので、仮に人間ユージン様に不快感を与えたり無礼を働くこともないはずだ。
だが。
「そもそも人間ユージン様は今現在もたくさんの女性からパートナーのお誘いを受けていらっしゃいますし、舞踏会当日は当然ながらダンスの申し込みも混雑されることでしょう?
それであれば私より、他の魅力的な方々との時間を優先されたほうが人間ユージン様も有意義ではございませんか?………あの、指がとっても痛いです」
話せば話すほど指先を握る力がどんどんと強くなり、むしろ握りつぶされる勢いである。
だから、あの、痛いですから。
「俺が、おまえと、踊りたいんだっ!」
苛立ちを含んだ声と、眉間に深い山脈を刻んだ鋭い眼光に私の肩がビクリと跳ねる。




