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Anecdote.04

 それから三日が経った。特に仕事も来ず、鍛錬は欠かさぬようにごろごろしていたハークだったが、唐突に思い立って町へと来ていた。アマンダも誘ったのだが、

「すみません、ちょっと手入れしちゃいたい機械があって……」

 と、断られてしまった。ちなみに目的は一切ない。家でごろごろするのに飽きたからちょっと散歩に来ただけだ。

 直線的な町の中を進む。建物の素材は、他の面では自然素材やレンガ、石などが主流らしいが、第五面では鉄や鋼などの金属が主流だ。ハーク達が住む小屋は木で出来ているが、あれは例外だろう。

 「おじいちゃん」に教えてもらったが、ここ、第五面では他の面よりも科学文明だか何かが発展しているのだそうだ。ハークは他の面に行った事がないのでよく分からないが、モノレールなどは第五面特有の物品らしい。

 反面、魔法があまり重視されていない。魔法は人による相性が強いが機械はそうでもないからだろう。アマンダは簡単な魔法を使うが、ハークは魔法を習った事もなかった。一回アマンダに教えてもらってやってみたが、何も起こらなくて諦めた覚えがある。

 そういえば「おじいちゃん」は魔法が好きではないと言っていた。何でも、よく分からない存在に力を借りるのが嫌だとか。魔法の原理から分からないハークとしては何であろうと使えない物は使えないだけなのだが。

 そんな事を考えながら町を歩いていると、

「あ、あの!」

 躊躇いがちな声をかけられた。振り向くと、つい先日見たばかりの顔があった。特徴的な紫色の髪に細い身体の男性。金色の目がこちらをとらえている。

「ハークさん、ですか?」

 何か言う前に名前を聞かれた。大人しく頷いて肯定の意を示しておく。彼はほっとしたように口元を綻ばせた。

「良かった……探していたんですが、見つからなくって」

 この町の中を探していては見つからないだろう。ハークの家は離れたところにあるし、ここしばらく家でごろごろしていたし。

「えっと、何の用かな?」

 話しかけられた理由の検討がつかず、訊ねてみる。

「あ、はい、その、先日のお礼と……あと、聞きたい事があって」

「聞きたい事?」

 何だろうか。男性の事に関してハークが答えられる事はないはずだが。

 少々悩んで、相手をしてあげる事にした。どうせ暇なのだ、このくらいいいだろう。

「じゃああそこの喫茶店で話そうか。立ちっぱなしは辛いだろうし」

 提案すると男性はバツが悪そうに下を向いた。

「えっと……俺、金持ってないんですけど……」

「え、そうなの? 安い物でよければ奢ってあげるよ? あたしお金そんなに使わないし」

 特にこれといった趣味があるわけでもないし、刀の手入れにちょっと使うぐらいで、金は余っていた。

「すみません……」

 男性は本当に申し訳なさそうに謝った。


 喫茶店の中は割と混んでいて、ハーク達は壁際の隅っこに追いやられた。窓際のいい席は既に取られた後だった。

「俺はディンギルディーンと言います。ディーンと呼んで下さい」

 金色の目を持つ男性はそう名乗った。ディンギルディーン。なかなかに長い、意味がありそうでなさそうな名前だ。

「体調はもういいの?」

「はい。点滴を打ってもらったら、すぐ元気になりました」

 ただの水分不足と栄養不足だった、とディンギルディーンは言った。医者の対応が良かったおかげですぐに回復できたとも。

「あのままだったら俺、死んでいたと思います。ハークさんは命の恩人です。助けてくれてありがとうございます」

「や、いいっていいって。そんなにかしこまらなくても」

 アマンダが探したいと言い出さなければ助けなかったと思うし。そういう意味で言えばアマンダがディンギルディーンの命の恩人だろう。

「それで、聞きたい事って何?」

 訊ねると、ディンギルディーンの表情が曇った。

「……あの。俺が誰だか知らないでしょうか」

「へ?」

 予想外の質問に少し思考が固まった。てっきり村の生存者などについて聞かれると思っていたのだが。

「えっと、それってどういう事?」

 しばらくディンギルディーンは答えなかった。沈黙の間にウェイターが注文の品を持ってくる。下手に急かさない方がいいだろう、と運ばれてきたレモンソーダに口を付ける。口の中で泡が弾けた。

「記憶が、ないんです」

 水底のように重い空気と共に零れたのは、そんな告白だった。

「――記憶喪失なの?」

「はい。その、どうしてあそこにいたのかも分からないんです。病院で目覚める以前の記憶がなくって……」

 嘘みたいな言葉だった。けれど同時にそんな感じもしていた。あまりにショックな事が起こったために記憶が欠落してしまうケースもあると知っている。想う悪魔に村を襲われ、他の村人が全員死んだとなればそれは相当にショックな事だろう。思い出したくないと思っても無理はない。

 ディンギルディーンは自分を落ち着かせるかのようにアイスティーをかき混ぜた。カランカランと氷がグラスに当たる音が響く。

「うーん、でもあたしは何も知らないよ。あそこで君を拾ったのが初見だもん」

「……そう、ですよね」

 弱々しい微笑み。無理をしているというよりは感情を押し留めているような、そんな顔。

「思い出したいの?」

 自然とそんな問いが口をついて出ていた。ディンギルディーンは数回瞬きをして、頷いた。

「先生は思い出さない方がいい事もあるって言ってたんですけど、俺は思い出したいんです。何かやりたい事があった気がするんですけど――思い出せなくって」

「やりたい事? やらなきゃいけない事じゃなくって?」

「はい。……俺自身もよく分からないんですけどね」

 ディンギルディーンは苦笑した。

「でも分からないっていうのは気持ちが悪くて。だから、何か知ってないかな、って……」

「残念ながら知らないなぁ」

 何しろ会うのはこれで二度目だし、名前だって先ほど知ったばかりだ。医者の方がディンギルディーンに詳しいだろう。

「分かっているんですけどね……ハークさんとは初めて会った気がしなくって」

「へえ?」

「ずっと前にどこかで会った事あるような――」

 それきりディンギルディーンは口を閉ざしてしまった。新手のナンパかと思ったが、違うようだ。

 とは言われても、ハークの方は覚えがない。どこか親近感めいたものは感じるが、それだけだ。それ以上を感じはしない。

 ただ、でも。手がかりがないからと諦めない姿勢が好きだなぁ、とか思った。

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