Anecdote.03
「ふぅ……何とかなったね」
刀に付いた何かを払い、投げ飛ばした鞘を拾っておさめた。アマンダは口元を押さえながらも部屋の中を見て回っている。
「どしたの?」
「……生きてる人がいないかな、って思って……」
言われて、考える。部屋中央の死体はかなり新しい。生存者がいる可能性はないわけではない。ものすごく低いだろうが。
ハークは苦笑するように息を漏らした。
「いいよ、探そっか。まだお昼まで時間あるしね」
「すみません」
頭を下げながらも、嬉しそうに顔を綻ばせるアマンダ。可愛いなぁ、とか思いながら、ハークは人がいそうな場所を考える。
「とりあえずこの部屋にはいなさそうだし、他のところ回ってみようか」
「はい」
ここには死者しかいない。部屋の隅に積まれた白骨を見れば分かる。想う悪魔が「貯蓄」なんて事はしないだろうが、食われるかもしれないという状況上、被害者はどこかに逃げるはずだ。
まあ、逃げられる足があればとっくのとうにこの館から出ているだろうが。それは言わないでおく。
一つ一つ部屋を見て回る。質素だがセンスがいい応接間、それなりに豪華な客室、そこそこ大きな食堂。どの部屋も黒い染みがある以外は驚くほど荒らされていなかった。
設備が整った台所の中を探していると、床に不自然な亀裂が入っている事に気が付いた。四角く、正方形に走っている。それも結構大きい、一メートル四方はあるだろうか。
「アマンダー」
「はい、何ですか?」
「これ、何だろう」
四角い亀裂を指差すとアマンダは少し首を傾げた。
「収納床、でしょうか」
「ここも見てみる?」
「あ、はい、お願いします」
収納床ならあるはずの取っ手を探す。が、どこにも見当たらない。
「……ぶち壊していいかな」
「あ、あはは……」
物騒な事を言い出すハークに、困ったようにアマンダは笑った。とはいえ取っ手がなければ開けられない。壊すのもやむなしかと考えていると、アマンダが何かに気付いたように壁に駆け寄った。
「アマンダ?」
「えっと、ここにスイッチが……」
壁に付けられた四角い突起につけられたボタンをぽちっと押すアマンダ。途端、
「おぉ!?」
ウィーと機械音を立てて亀裂が開いた。どうやら機械の力で開くものだったらしい。道理で取っ手がないはずだ。
扉の下には階段が続いていた。ひんやりとした空気が流れ込んでくる。暗いその階段はかなり長く続いているようだ。
「ワインセラー、かな? 入る?」
問いかけるとアマンダは頷いた。何となく頷き返して、階段を下りていく。アマンダの移動を追いかける魔法の光源が石造りの地下を照らす。
どのくらい下りただろうか。やがて、平らな床へと辿りつく。どうやら地下の貯蔵庫らしい。左右に木で出来た棚が置かれていたが、中身は空っぽだった。
「あれ……」
目を凝らす。奥に大きな影があった。手でアマンダを制し、自らは影へと近付く。
それは人だった。紫色の短髪が特徴的な、細い身体つきの男性。ぐったりとした様子で壁に寄りかかっており、こちらが近付いたのにも気付いていないようだった。
「もしもーし?」
声をかけてみるが反応はない。首に指を当ててみる。脈はあった。少し考えて、男性を背負った。――驚くほど軽い。この体格ならもう少し重くてもいいはずなのに。
「あの、ハークさん?」
「生存者いた。すごく衰弱してるみたいだから、医者に連れて行こう」
「え、あ、はい!」
刀はアマンダに預けて、男性を背負って階段を登る。
それにしても何故、あんなところにいたのだろうか。外に逃げるなり何なり方法はあっただろうに。
疑問を抱いても男性はぐったりとしたまま、目が覚める気配もなかった。