Anecdote.02
朝食を食べ終わり、食器を片付け、二人は仕事に出た。センターから送られてきた情報を元にモノレールに乗り、目的地を目指す。ハーク達が住んでいるところからは少し遠い、山すそを。
一時間ほどモノレールに乗り、少し歩いて目的地に着いた。廃墟となった村の中央に居座る、大きな館。そこに今回討伐すべき想う悪魔がいる、らしい。
「誰もいませんね……」
「うん……そうだね」
館の中に入る前に、村の家々を見て回る。つい先日まで暮らしていた気配があるのに、誰もいない。
「避難しているんでしょうか?」
「だといいけどねー」
想う悪魔が人里に現れるケースはよくある。そして、集落一つ滅ぼす事も、ままある。アマンダが言う通り避難しているのならいいのだが……
誰もいない事を確認してから、館の玄関の前へとやってきた。窓という窓は全て鎧戸から閉められていて、中を伺う事は出来ない。
「アマンダ、準備はいい?」
「は、はいっ」
「よし、なら行くよ」
ドアノブを回せば簡単に扉は開いた。館の中は静かで、扉から入る光以外に光源はなく、薄暗い。
「qqwqowitrewr」
アマンダが呪文を唱えると、手の平大の光の玉が現れた。存外明るいそれは室内を照らし出す。
「んー、どこにいるかなぁ」
明るくなった室内を見回すが、思っていたよりも静かで綺麗だ。調度品もそのままで、誰かが引っ越してそのままにしてしまったかのような感じだ。
ふと床に目を落とす。
「ん……?」
すみれ色のカーペットに黒い染みのようなものがあった。
「アマンダ、これ何だと思う?」
「え? ……えっと、染み?」
「うん、それは見れば分かるんだけど」
しゃがみこんでよく見れば染みのある箇所だけ妙に毛羽立っている。点々とそれは続いていて、階段の上の方に続いているようだった。
「よし、これを追うよ」
「え……あ」
染みの正体の見当が付いたのだろう、アマンダの表情が曇った。おそらくは、血だ。何の血かは分からないが、きっと――
染みを追って館の中を進む。等間隔に続くそれを辿れば、館の奥、一際立派な扉の前についた。
ちらりとアマンダを見る。少々震えていたが、アマンダはこくりと頷いた。
ドアノブに手をかけ、一気に押し開いた。
「ひっ――!」
アマンダが息を飲む音が聞こえた。それに重なって、何かを咀嚼する音も。
一際豪華な内装のその部屋の中央に、大きな獣が一匹座り込んでいた。狼に似ているが、倍ほどの大きさで、足がカエルのように不自然に長かった。それはぐちゃぐちゃと何かを噛んでいた。
背中を向けていた獣がこちらを向く。もごもごと動く口から、白い骨が覗く人間の腕が――
確認する前に動いていた。鞘を後ろに放り投げ、刀を構える。アマンダが銃を構えた音が聞こえた。射線上に入らないように身体をずらし、獣に向かって走り出す。
獣はぐぱぁと口を広げた。ぼとりと腕が床に落ちる。刃が毛皮を切り分ける直前、獣は後ろに跳ね飛んだ。
ぱんぱん。乾いた音を立てて弾丸が発射される。獣は器用に壁を蹴り、本棚を蹴り、それらをかわしていく。反動で本棚から落ちた本が積まれていた骨を折っていった。
舌打ちをした後、改めて刀を構える。人がいないのは当たり前だ、恐らく全員こいつに食われてしまったのだ。足元には先ほど殺されたばかりなのか、血を垂れ流す死体があった。
アマンダの弾丸か何度目かの空振りになる。獣は一度床に足をつけると、ハークに向かって飛び跳ねてきた。妙に長い手が自分目掛けて伸ばされてくる。咄嗟にその場にしゃがみこみ、頭上目掛けて刀を振り上げる。
騒音が響いた。足を滑らせ、背中を見せないように立ち上がる。
振り上げた刃は致命傷こそ与えなかったが、当たったようだ。獣の左足の付け根からどろどろと黒い何かが溢れ出している。先ほどよりも敵意に満ちた視線がハークに向けられた。
再び獣がこちらに飛び掛ろうとする直前、ぱん、と音がした。再び騒音が上がる。今度は右足にアマンダの銃弾が入っていた。先程まで元気に跳ね回っていた獣は、痛みによってかずるるずると床を移動する。
それが何だか哀れだなぁ、と思った。
満足に動けずにいる獣に肉薄する。なおもこちらに突き出される腕を切り捨て、身体を蹴り上げる。よろめく獣の首を落とせば、獣はどろり、と黒い何かになり、床に溶けて消えた。