Anecdote.10
「そしたらぬいぐるみ達が巨大化して……ああ、なったんです」
あの後、巨大ティディベアから逃げ切り、一行はハークの家へと来ていた。緊張の糸が解け、空腹を思い出したらしいハークとアマンダは少し遅い夕飯を食べていたが、ディンギルディーンはとてもそんな気分にはなれず、水を少し飲んでいるだけだ。
あんな事があった後できちんと食事を取れる二人は強いな、と思った。食べなければもたないと理解していても、胃が受け付けない。水を飲み込むだけで精一杯だ。
……かいつまんで話しただけでも辛い。吐き気がこみ上げてくるのをこらえながら、それでも話して、ようやく話し終わった。後はハーク達も知る話だ、ティディベア達は巨大化し、町を襲った。見た目の割りに俊敏な彼らは次々と建物を破壊し――そして、あの惨状が出来上がった。
「ふぅん……あの子がどこの誰かって事は分からないって事?」
「はい」
見ていると変なノイズが聞こえてきたが、何のヒントも与えてくれなかった。信じられるとも思えなかったし、ハーク達には言っていない。
ハークは何か考えているようだった。視線はあらぬ方に向いているが、手はせわしなく動き、シチュー皿の中身がどんどん減っている。零す事もなく余所見をしたまま食べられるのはある意味すごいな、と思った。
「そーいえばさ」
顔がこちらに向けられる。群青色の目にとらえられると、少しばかり萎縮してしまう。気さくで話しやすいのに、ディンギルディーンは彼女に対してどうしても身構えてしまいがちだった。
「『薔薇の獅子』って知ってる?」
少ない記憶を探る。モーリアがそんな事を呟いていた気がするが、詳しくは知らない。首を横に振ると、ハークは再び視線を宙に向けた。同時に空になったシチュー皿をアマンダに突き出す。慣れたものらしい、アマンダは特に何も言わず、シチューのおかわりをよそいに行った。
「そっか、知らないのかぁ……仕方ない、エンゲルにでも会いに行くかなぁ」
似合わない、苦々しい表情だった。そんな彼女の前にアマンダが新しいシチューを置く。
「じゃあ、集都に行くんですか?」
「そうだね。ディーンの体調が良さそうでアマンダも動けるんだったら明日にでも行こっか。どっちみちセンターに報告しなくちゃいけないし」
「……あの、集都って何ですか?」
「ん、ああ、知らないのか」
聞いた事がない。まだ町の地理もよく覚えていない段階で、「この面全体は今度でいいだろう」とモーリアは教えなかった。名前からどういうところか何となく想像がつくが。
ハークはアマンダを見た。視線を受けて、電話が置かれた収納箱の中から地図が取り出される。ディンギルディーンの両手で覆いきれるほどの大きさのそれに描かれた黒い模様の、ある一点をアマンダは指差した。外海にはやや遠い。
「ここが今私達がいるところです。それで、集都は……」
つ、と指が動かされる。模様のほぼ真ん中で止まった。
「ここです。この面で最も大きな町で、センターの本部もここにあります」
「ここら辺でセンターの支部がある町はあそこだけだったからね。……あー、わざわざ本部に行かなきゃいけないとか面倒だなー……」
がじがじとスプーンを噛むハーク。基本的に食事マナーが悪い人なのかもしれないと、何となく思った。