Anecdote.00
おじいちゃんが好きだった。おじいちゃんのしわだらけの手とか、傷跡だらけの背中とか、そういうのが好きだった。
おじいちゃんは冬になるとよく、暖炉の前でお話をしてくれた。遠い別の国のお話、この辺り以外の場所のお話、綺麗な女の人とのお話、――想う悪魔のお話。
おじいちゃんは悪魔の狩人だった。人に害をなす、そういう悪魔とか化け物とかを狩るお仕事をしていた。おじいちゃんが刀を振るうと大きな獣でさえ絶命する。そんな時のおじいちゃんは、最高にかっこよかった。(それを言うとおじいちゃんは「もっと女らしく育ってくれれば……」って残念がるんだけど)
「想う悪魔って言うのはな、結局は人なんだよ」
あたしの頭をしわだらけの手で撫でながら、独り言のようにおじいちゃんが呟く。パチパチと弾ける炎が好きだったけど、覗き込むと危ないからって近寄らせてはもらえなかった。
「人の欲から想う悪魔が生まれる。生まれた想う悪魔は自分の欲に従って行動する」
姦淫とか暴食とか暴力とか。時々おじいちゃんの仕事を手伝うけれど、想う悪魔は醜い。
「理性で取り繕っているだけなんだと思い知らされるよ」
人間は理性で欲望を押さえ込んでいるだけ。醜くなりたくないから何とかしてるだけ。理性がない想う悪魔が人に害をなすのは当たり前。だから人が想う悪魔を殺すのは当たり前。
おじいちゃんはしょちゅうそんな事を言っていた。
多分おじいちゃんは嫌だったんだろう。想う悪魔の中にはたまに良い人もいるみたいだったから、そういうのまで殺しちゃうのが。だから納得させたかったんだと思う。他の誰でもないおじいちゃん自身を。
あたしには、よく、分からなかったけど。
「皆が皆仲良く出来ればいいのになぁ」
おじいちゃんの諦めにも似たその口癖がたまらなく嫌だったのはよく覚えている。
結局おじいちゃんはあたしが十五になったその年の冬に自殺してしまった。その理由が何なのか、あたしは今も分からないでいる。