第1勇者 旅立ち
少女勇者は目覚めた村の修行場へと足を運んだ。
道中、ラッカーの話を延々に聞かされること以外は特に苦痛なことはなかった。
「いやーほんと伝承で聞く勇者殿の武勇伝は凄かったんすよー。見た魔法を瞬時に習得する魔法記憶なんてチートスキルまで持ってて、自動で攻撃してくれるオートアタックって技を使って魔王と戦ったらしいっすよ」
尊敬の眼差しでラッカーが少女勇者を見るが、少女勇者にはその記憶は一切ない。
それが逆に気持ち悪くもあった。
『私にだけ記憶がないってのが不思議よね……』
そんなことを考えている内に修行場へたどり着いた。
村の規模が小さいからなのか、修行場は広い砂場に木々がまばらに生えているだけだった。
「昔は魔王の配下のモンスターが村を攻めてきたりとかもあったらしいんすけど、今では人民解放軍がいるからそれもなくなって、修行する人がいないんすよね」
木に付けられた朽ちた大きなゴムを手に持ちながらラッカーが言う。
昔はこれを引いて腕の筋力を付けていたのだろう。
「とりあえずここで少し修行をしてから魔王城へ向かへって言われましたけど、勇者殿修行方法とか何か知ってます?」
ラッカーも所謂現代っ子。修行などしたことはない。
問われた少女勇者は、キョロキョロと辺りを見渡した後に、
「とりあえず走ってみる?」
と何となく提案をしてみた。
意味があるかは不明だが、少女勇者とラッカーは砂場を走って何周もすることにした。
その様子を見た1人の男が居た。
彼は人民解放軍のメンバーの1人。
人民解放軍は定期的に各地を訪問して、モンスターの被害状況などを確認している。
今回もその定時訪問だ。
「あの者は?」
その解放軍の男が村人に問う。
「勇者様ですよ。ようやくお目覚めになったんです。魔王も復活したなんて噂もありますけど、これでまた世界は安心できる世界になります」
にこりと村人が答えると、解放軍の男は一言、そうか。と答えるだけですたすたと先に進んでしまった。
その夜、一羽の鳥が村から北へ向かって飛び立ったが誰も気づかなかった。
●
「まずは自動で防御できたスキルを再度覚えることを目標にしましょう」
翌朝解放軍の男が言った言葉だ。
これによって機能やっていた走り込みは辞めた。
もっとも、体力は戦闘において必須の要素なのでやらないよりはやった方がいいとも男は言っていた。
「時間がある時に走り込む感じっすね」
ゆっくり少女勇者に向かってパンチを繰り出しながらラッカーが言う。
少女勇者のオートディフェンスは、盾を持てば自動で防御するというもの。
盾は構えているものの、さっきから一度も自動で防御はされない。
「才能ないのかなぁ?」
少女勇者が休憩中に嘆くと、ラッカーはそんなことない!と元気づけた。
「俺、勇者殿が実際に戦ったところは見たことないっすけど、毎晩のように勇者殿の話を聞いていたっす。うちには両親がいないんで、じーちゃんがよく話してくれたっす」
「おじいさんは私と一緒に魔王軍と戦っていたんだっけ?」
何度もラッカーから聞いた話しだ。
ラッカーの祖父はかつて少女勇者と共に魔王軍と戦った。両親はその戦いで死亡したらしい。
「だから俺、勇者殿と旅ができるって聞いてすっげー嬉しかったっす!」
ラッカーがぐっと拳を握る。
「ま、今は私何もできないけどね」
すくっと少女勇者は立ち上がると、1本の木に向かって歩き出した。
この木には布が巻き付けられており、パンチやキックを当ててもさほど痛くならないようになっている。
この木に向かって少女勇者はパンチを繰り出す。
『こんなことして何か意味があるのか分からないけど……』
ペチン。ペチン。と情けない音が静かな修行場に響く。
その様子を見ていたラッカーが、ふっと笑みを漏らす。
「その修行は俺にこそ必要な修行っすよ! 勇者殿はオートアタックかオートディフェンスの練習を頼むっす」
オートアタックは、少女勇者が剣を持つだけで自動で攻撃をするというスキル。
オートアタックとオートディフェンスのスキルだけで魔王と戦っていたようなものなので、重要なスキルとなっている。
ラッカーが木に向かってパンチやキックを繰り出したのを見て、少女勇者は村から借りた剣を構えた。
剣は想像以上に重かった。
『盾も重かったけど剣は更に重い』
少女勇者が剣を構えても自動的に攻撃をするようなことは一切なかった。
少女勇者とラッカーはそれからしばらくの間修行をしたが、成果は全く現れなかった。
修行をすればすぐに効果が現れるのは、おとぎ話の世界だけだ。
いつまでも修行ばかりしているわけにもいかず、2人は必要な装備を整えたら村を出発した。
これから待ち受ける多くの試練があることを、今の2人にはまだ知る由もない。