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予想外の結末

「お久しぶりです、陛下」


 カルグストの前で、エンティは首を垂れた。


「わざわざ呼び出してすまないな。君も理由はおおよそ察しているだろうが」


 カルグストはエンティに座るよう促した。

 このやり取りも懐かしいと思いつつ、エンティは来客用のソファーに腰を下ろした。


「初めて会った時は、随分と硬くなっていたものだが」

「今でも、緊張はしていますよ」

「そうかもしれないな」


 カルグストはエンティの対面に座る。


「今回の件、君には感謝している。私もよもや、フィルイアルが冒険者になっているとは思いもしなかった。それでも、各地を旅して回るよりは安全だったかもしれないが」

「どうして、それを許したんですか」


 エンティはずっと気になっていたことを聞いていた。いくら護衛がいるとはいえ、一国の王女が身分を隠して各地を旅するというのは考えられないことだった。


「フィルイアルから、王宮の事情は聞いているかね」

「大体のことは」

「あの子を担ぎ上げて女王にしよう、という派閥がいるのは事実だ。だから、一時的に王宮を離れるというのは理に適っている。ミアや君も一緒だと聞いていたから、そこまで心配はしていなかったがね」

「信頼して頂いたことは、ありがたいと思います」


 エンティは頭を下げた。ミアはもちろん、自分のことをそこまで信頼してくれていたことに、頭を下げないわけにはいかなかった。


「恥ずかしい話だが、この国は一枚岩ではない。上位の貴族達がいつでも私に成り代わる……は、言い過ぎにしろ、フィルイアルを祭り上げて陰で操ろうと考えるような輩もいる」


 カルグストは心底から困ったような表情をしていた。


「そのようですね。僕はフィル……姫様は施政者に向いていると思っていますが、そんな事情があるなら王宮に留まれないのもやむを得ないことかと」

「ほう、君の眼からはそう見えるのかね。良かったら、理由を聞かせてくれるかな」


 エンティがそう言うと、カルグストは意外そうな顔になった。

 そして、すぐさまその理由を問いただしてきた。


「まず姫様は行動力と決断力があります。やると決めたら最後までやり切れる方でしょう。それだけではなく、他人の意見を聞き入れて、自分が間違っていたと思えばそれを認められる度量も持ち合わせています。これだけの資質があるのなら、十分だと思いますが」


 エンティは言葉を選びつつも、自分の意見を述べた。それは以前フィルイアルに対して言った言葉とほとんど変わらない。

 そして、今でもそう思っている、ということもだ。


「あの子のことを、そこまで評価してくれているとはな。君がこの国の貴族の一員だったら、と考えてしまうよ」


 カルグストは僅かにだが表情を緩ませているようにも見えた。


「そう……ですか」


 エンティも同じことを考えたことがあっただけに、その言葉は胸に突き刺さるような感じがしていた。


「一つ、余計な話をさせてもらって良いかな」

「構いませんが」

「以前、私は軽い冗談のつもりでフィルイアルのことをどう思っている、と聞いたことがあったな」

「ええ」


 エンティもあの時のやり取りは、今でもよく覚えていた。国王と王女というよりは、どこにでもいるような普通の親子のようだった。


「今度は真剣に聞きたい。君はフィルイアルのことを、どう思っている」

「……」


 あの時とは違う、一切の冗談を許さない問いかけにエンティはすぐに答えることができなかった。


「不敬と言われるかもしれませんが」


 だが、ここで適当なことを言ってはぐらかすのはフィルイアルに失礼だし、何より自分で自分を許せそうにない。

 だから、フィルイアルのことを振り切るためにも本心を言うことにした。


「身分は関係なく、一人の女性として好意を持っています。許されるのなら、ずっと一緒にいたいと、そう思っています」

「……それは、どのような苦難が待ち受けていても、かね」


 エンティの言葉を受け止めて、カルグストはそう問いかけてきた。


「それは……いえ、ここではぐらかすのは誠実ではありませんね。はい、どのような苦難があろうとも、です。もちろん、フィルがそれを望んでくれるなら、という話ですけど」


 一瞬どう答えるべきか迷ったものの、エンティははっきりと言い切った。


「そうか」


 それを聞いて、カルグストはふっと息を吐いた。


「フィルイアルは、トゥーザル公爵家に嫁がせることにする」

「……そう、ですか。どうか、フィルを幸せにしてくださいとその方にお伝えください」


 エンティはゆっくりと言葉を紡いだ。もしかしたら、という期待が全くなかった、と言えば噓になる。

 だが、これも予想できていた結果だ。これで、フィルイアルのことはすっぱり、とまではいかないにしろ諦めることはできる。


「それは難しい話だな」


 だが、カルグストから返ってきたのは予想外の言葉だった。


「それは、どういう……」

「本人が目の前にいるのに、わざわざ伝える必要があるとは思えないが」


 カルグストが意味ありげに言うのを聞いて、エンティはますますわけがわからなくなっていた。


「以前、君が遠戚だったということにした家の名は、覚えているかね」

「……すみません、全く覚えていません」


 エンティはゆっくりと首を振った。

 王宮のパーティーに出席した時に、何かしらの貴族の遠戚ということにしていたのは覚えていたが、その家名までは覚えていなかった。


「その家がトゥーザル家、なのだがね」

「ああ、血縁者が見つかったのですか。しかも、公爵家を復興させるとなれば、姫様が嫁ぐには十分な理由ですね」

「君は自分のこととなると、途端に察しが悪くなるようだな。フィルイアルに聞いていた通りだ」


 カルグストは呆れたように言う。


「えっ、ですから、フィルがその家に嫁ぐんですよね。僕には全く関係ない話ではないのですか」

「魔術師としても戦術家としても一流の域に達しているようだが、こういった関連は疎い、と。まあ、そこはフィルイアルが何とかすれば良いだけの話か」

「さっきから、一体……」


 エンティは何がなんだかわからないという状態になっていた。フィルイアルが嫁ぐことと、自分が何かしらの関係があるようだというのは察していたが、どうしてそんなことになっているのか全くわからなかった。


「トゥーザル家の新当主は、君の予定なのだがね」

「はぁ、僕がその家の当主です……って、どうして、僕が⁉」


 ため息交じりに告げられた言葉に、エンティは動揺を抑えられなかった。

 自分がそういった家と関りがあるわけがないし、今まで一庶民として生きてきたのに突然貴族の真似事などできるわけがない。


「君がフィルイアルを救ってくれたことは、一部では有名な話だ。そして、その功労者が実は血筋の途絶えた名家の遠戚で、救い出した姫と一緒になって家を再興する。これほど庶民が好みそうな筋書きはないだろう」


 カルグストはとんでもないことを言い出していた。

 つまるところ、一種の政略結婚だと言っているに等しい。ただ違うのは、エンティが明確にフィルイアルに好意を持っている、ということだけだ。


「で、ですが……フィルは、それで納得しているんですか。僕はフィルのことを好きですけど、気持ちを無視してまで一緒にいたいとは思いません」

「君は馬鹿正直だな。本当にフィルイアルが欲しいなら、気持ちなど無視すれば良いものを」

「無理に一緒になっても、うまくやっていけるとは思えませんから。公爵になるのでしたら、なおさらです」

「まあ、いい。仮にフィルイアルが君と同じ気持ちだとしたら、君はこの話を受けるのかね。それこそ、今までとは全く違う生活になるだろう。下手をしたら、一庶民のままの方が良かった、と思うかもしれないな」

「それは……僕に、そのような大役が務まるかなんて、わかりません。でも、フィルが支えてくれるなら、何とかなるんじゃないかと、そう思っています」

「だ、そうだが」


 カルグストが振り返ると、物陰からフィルイアルが姿を現した。

 信じられない、というように口元を押さえている。


「ふぃ、フィル?」


 それを見て、エンティは頭を抱えそうになってしまう。フィルイアルを誘拐犯から助けた時に半分は思いを告げたようなものだったが、今回ははっきりと好意を持っていると言い切っていた。

 これでカルグストの前でなかったら、悶絶して何もできなくなっていただろう。


「私も、あなたのことが……」


 フィルイアルはそう言いかけて、反射的にカルグストの方を見る。


「別にいちゃついても構わないがな」


 カルグストは苦笑していた。


「エンティ、本当に、いいの? あなたが思っている以上に茨の道なのよ」


 それを無視して、フィルイアルはエンティに問いかける。


「一人じゃ、到底無理だろうね。でも、君が支えてくれるなら何とかなるさ」

「あなたは、もう」

「それに、君と一緒にいられるなら茨の道でも何でもないよ。でも、陛下。本当にいいんですか。こんな型破りなこと、周囲がそう簡単に認めるとは」


 エンティはまるで夢でも見ているような感覚がしていた。それと同時に、こんな常識外れなことを周囲が簡単に認めるとは思えなかった。


「先程、この国の貴族は一枚岩ではないと話をしたと思うが。故に、少しでもこちら側の貴族を増やしたいというのがある。元々、トゥーザル家の当主は王家と対立していたのだが、それがこちら側に来るとなると、かなり状況が変わると思わないかね」

「つまり、自分の娘であるフィルを利用してこちら側に取り込む、と」

「有り体に言えばそうだな」

「したたかですね」


 エンティは思わずそう口にしていた。もちろん、フィルイアルのことも考えているのだろうが、それだけでこんなことをするはずがない。

 むしろ、こういった理由の方がしっくり来ていた。


「国王だからな。さて、話もまとまったことだし、これからのことを考えないとな。お前たちが治める領地もそうだし、何より式の準備も必要だ」

「式って……結婚式、ですか」

「他に何がある」

「い、いえ。少し気が早いというか……」


 結婚式という現実を突きつけられて、エンティはうろたえていた。一国の王女との結婚式ともなれば、相当な規模になるだろう。とてもではないが、心の準備ができていない。


「おや、どんな苦難でも乗り越える、と言ったのは嘘だったのかね」

「う、嘘ではありませんが……」

「大丈夫よ、エンティ」


 フィルイアルがエンティの手をすっと握った。


「私達なら、どんな苦難でも乗り越えられる。そうでしょう」

「君には敵わないな」


 エンティはその手を握り返す。


「今から尻に敷かれるとは、先が思いやられるな」

「あらお父様。私達は、そんな関係じゃありませんわ。お互いに、支え合っていくって決めていますから」


 冗談交じりに言うカルグストに、フィルイアルは穏やかに、それでいて力強く言い切った。


「そうか」


 カルグストの表情は、国王としてのものではなく、一人の父親のものだった。

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