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転機

「嵐のようだったな」

「……そう、だね」


 あれから一週間ほど経ったが、街はいつも通りだった。

 一つのクランが解散したことを除いて、だが。


「さすがにフィルがこの国の王女のフィルイアルだってことは、隠し切れなかったからな。この状況も仕方ないっちゃ仕方ないか」

「そう、だね」


 フィルイアルを誘拐しようとした連中は全員捕らえられた。そして、事情聴取をしているうちに必然的にフィルイアルの素性も明らかになってしまった。

 さすがに事情が事情なだけに、ギルドの上層部と一部の冒険者だけが知るに留まっていた。

 これがおおっぴらに広まっていたら、今でも騒ぎが収まっていないだろう。

 だが流石は荒事には慣れているギルド上層部と熟練の冒険者。最初こそは驚いていたものの、普段の仕事と変わらないように処置していた。

 シャハラに至っては「お姫様を妹分にできたなんて光栄ね」と冗談まで飛ばしていた。


「で、これからどうするよ。フィルはもちろん、ミアも王宮に戻った。俺ら二人じゃ、今まで通りに冒険者としてはやっていけねえな」

「そう、だね」

「おい、エンティ」


 何を言っても上の空なエンティを見て、ドランがその両肩を掴んだ。


「さっきから生返事ばかりしてるけど、ちゃんと聞いてるのか」

「聞いては、いるよ。ただ、何も考えられなくて」

「重症だな、おい」


 ドランは呆れたように言うと、エンティの肩から手を離した。


「俺は最悪実家に戻ればいいけどよ、お前は本当にどうするんだ」

「もう、冒険者としてやっていく意味も気力もないよ。本当に、どうしようか」


 エンティは他人事のように答えた。

 フィルイアルとミアが気を使ってか、今まで冒険者として稼いだ金の大半は残してくれていた。だから、下手なことをしなければ数か月は何もしなくても生きていけた。


「本気で、好きだったんだな」

「……そうだね。僕としても、ここまで本気になるなんて思いもしなかったけど」


 今更取り繕っても仕方ないと思って、エンティは気持ちを素直に吐き出した。


「お前みたいな真面目な奴は、こういうの引きずるからなぁ。しかも、喧嘩別れとかじゃないから余計にそうだろうな」

「君なら、こういう時どうするんだい」

「ぱーっと遊んで気分転換……って感じでもねえしな、お前は」

「そういう気分にもなれないよ」

「正直なところ、こうなるのはわかっちゃいたんだよ。だから、早い段階で釘を刺すべきだった。でも、お前達を見ていると中々言い出せなくてな。悪かったと思っている」

「いや、君が悪いわけじゃないよ。僕だって、こうなるってわかってはいたんだから」


 ドランがすまなそうに言うのを見て、エンティは小さく首を振った。


「お二人さん、景気のよくない話をしているわね」


 仕事に切りがついたのか、アリシアがカウンターから二人のいるテーブルに近付いてくる。当然、アリシアも今回の一件については把握していた。


「そうですね。前衛二人いなくなっちゃいましたから、実質的にクランは解散状態。で、俺ら後衛はあんま評価されないから他のクランに入るのも難しそうですし」


 ドランは手詰まりだ、というように手を振った。実際このクランは前衛の二人、フィルイアルとミアが評価されているものの、後衛の二人はおまけと見る冒険者も少なくなかった。


「それは中々、ね。あなた達が並みじゃないことは、見る人が見ればわかるところだけど。ちょっと、あの二人が目立ち過ぎていたのもあるかしら」

「まあ、あいつら剣の腕もそうでしたけど、見た目が良過ぎましたからね」

「それでいて、実はお姫様とその護衛と。最初に聞いた時は飛び上がるほど驚いたわよ」


 アリシアは小声で囁くように言う。

 さすがにこの話題をおおっぴらにするわけにはいかなかった。


「で、俺の相方はこんなに腑抜けてるわけで。本当にどうしたもんかと」

「そんなあなた達に、依頼よ」

「依頼って……今の俺らじゃ、大したことは……」


 アリシアから受け取った依頼書を見て、ドランの言葉が止まった。


「おいエンティ、腑抜けている場合じゃないぞ」

「依頼、か。とても今の状況じゃ……」


 ドランから強引に依頼書を押し付けられて、エンティはそれに目を通した。


「これって……」


 予想外の内容に、依頼書を凝視してしまう。


「きちんと評価してくれる人はいるものよね」

「これは依頼書というよりは、勧誘じゃないですか」

「そうとも言うわね」


 エンティの言葉に、アリシアは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「何だよ、お前の先生のクランからの勧誘だぞ。もっと喜んでもいいんじゃないか」

「でも……今の僕では、役には立てないと思う」


 エンティは自分が腑抜けていることは、嫌でも実感していた。だから、クラースのクランから勧誘を受けても素直に喜べなかった。


「全くよ、お前が行かないなら、俺は行かないというか、行けないんだけどな。お前は先生との繋がりがあるけど、俺にはそんなものは一切ないぜ」


 ドランは自分も勧誘されたことに、少し疑念を抱いていた。一時的にクラースやシャハラと行動したことがあったとはえ、それだけで自分のことを評価しているとは考えにくい。


「君は戦闘能力以外にも、交渉力や先見性に長けているからね。そういった部分を評価されたんじゃないかな」

「あのなぁ、そんなもん、普通の冒険者は必要としてねえだろ。フィルが特別だっただけだ」

「フィルはどう考えていたかわからないけど、その日暮らしで良いっていう冒険者ならそうだろうね」

「……何が言いたい?」

「先生のクランは、上に行きたいって考えているはずだよ」


 エンティは何となくだが、そう感じていた。単独で冒険者をしていたクラースをわざわざ口説き落としたくらいだ。

 そんな面倒なことをするのは、上に行こうと考えていなければやろうとは思わないだろう。

 それに、ドランが交渉力に長けているのはシャハラも目撃している。

 更に上を目指すなら、そういった方面に長けた人間が欲しいと思っていてもおかしくはない。


「そうだとしても、だ。もうすぐAランクに行こうっていうクランだぜ。それ以上を目指すっていうのかよ」

「可能性は、否定できないよね」

「普通に考えたら、S目指すクランとか怖くて所属できねえな」


 ドランは有り得ない、というように軽口を叩いた。

 Sランクともなれば、それこそ伝説級の存在と言っても良い。その一員に自分がなれるとは到底思えないし、想像すらできなかった。


「そうね、Sランクのクランは今までに数例だけ。そして、当然だけどこのギルドからSランクのクランは輩出されていないわ」


 アリシアはそこで言葉を切ると、二人の顔を交互に見た。


「でも、あのクランに二人が入るなら……それも不可能じゃないって、そう思えるのよね」

「そりゃ、買い被り過ぎですって」

「あら、これでも人を見る目はあるつもりよ。元々個々の実力は高かったクランに、戦術を担当できる人員が加わってBランクまで駆け上がった。それに加えて、別方面から戦術を担当できる人と、交渉や先見に長けた人が加わったらと思うと、どうしても期待しちゃうもの」


 アリシアの言葉からは、冗談の類ではなく本気で言っていることが嫌でも分かった。


「そりゃ、ありがたい話ですけどね。俺の相棒がこんなんじゃ、それは期待できないんじゃないかと」


 だからこそ、ドランはエンティの方を見やった。


「……本来、冒険者なら今の話を聞いて胸を躍らせるところなんだろうね。でも、駄目だよ。今の僕は本当に何もやる気になれないんだ」


 そして、エンティから返ってきた答えも予想通りだった。


「もうずっとこんな感じなんで。申し訳ないんですけど、この話はなかったことにしてもらえますか」

「残念ね。でも、それはあくまで現時点での話、よね。エンティが元に戻ったなら問題ないんじゃないかしら。だから、保留ってことでお願いしておくわ。それに、短期的な視点でしか物事を考えられないのなら、Sランクなんて到底無理でしょう」

「全く、かないませんね」


 余裕のあるアリシアに、ドランは苦笑するしかできなかった。


「私も夢を見るような年じゃないと思っていたのだけどね。でも、ギルド職員としてはSランクを見てみたいという気持ちはあるわ」


 じゃあね、というようにアリシアは軽く手を振ってカウンターに戻っていった。

 見計らったかのように、カウンターに人が近づいていく。

 アリシアが話を切り上げたのも、要件がある人間が来たと察したからだろう。

 しばらく二人は会話をしていたが、アリシアがこちらを指差すと頷いてこちらに近付いてきた。


「どちらがエンティ殿かな」

「えっ? 僕ですけど」


 不意に名前を呼ばれても、エンティは淡々と答えることしかできなかった。


「今回の件でお話があるそうです。どうか、王宮にいらしてください」

「王宮……もしかして、フィル……じゃなかった、姫様の件ですか」


 エンティがそう聞くと、相手は静かに頷いた。

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