決断
「厄介だな」
ドルグは小さく舌打ちしていた。
どこかに裏道でもないかと街を捜索していたが、冒険者らしき人間があちこちをうろついている。まともにやり合って勝てない相手ではないだろうが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。
必然的に、目立たないように行動せざるを得なくなっていた。
「まさか、一人の冒険者を探すためだけにここまで動くとはな」
これが王女を探しているという話なら、まだ納得できた。誘拐された王族を助けたともなれば、その恩賞も相当なものになるだろう。
だが、一介の冒険者を探すためだけにこれだけの人間が動くとは、予想外にもほどがある。
「それだけ、あのお姫様が真面目にやっていたということか。本当に、噂は当てにならんものだ」
「ちょっといいかしら」
不意に声をかけられて、ドルグは足を止めた。
「何か用か」
ドルグは疑われない程度に目の前の女性の様子を見やった。
帯剣していることからして、この街で活動している冒険者であることは察せられる。そして、かなりの使い手であることも雰囲気からわかった。
「いえ、人を探しているのだけど」
「人を、か。あいにくだが、俺では力になれそうにないな」
面倒なことになった、と思いつつもドルグはそう答えた。目の前の冒険者は間違いなくフィルイアルを探している。
ここは余計なことをせずにやり過ごすのが無難だろう。
「あなた、この街の人間じゃないわよね」
だが、冒険者は鋭い視線でそう言った。
「確かに、そうだが」
「どういった用件で来たのかしら」
「……尋問されるいわれはないと思うが」
冒険者があからさまにこちらを疑っていることに気付いて、ドルグはあくまで無関係を装った。
「申し訳ないけど、よそから来た人間が一番怪しいのよ。答えてもらえないかしら」
「知人に会いに来ただけだが」
「名前をうかがっても?」
「ゲルト、だったかな」
「何をしている方かしら」
「近々、商売でも始めようかと考えていてな。助言を貰おうと思ったのだが」
「……それは妙な話ね。それだけの技量を持っている人間が、商売? そんなことをするよりも、手っ取り早く稼げる手段があるのにね」
冒険者はすっと剣を抜いた。
「おいおい勘弁してくれないか。俺はあんたとやり合えるほど強くはないんだが」
心底から驚いたように、ドルグは大袈裟に両手を上げた。
「シャハラさん」
冒険者の背後から、名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ああ、ミア。多分当たりを引いたわ」
シャハラは剣先をドルグに突きつけたままで答えた。
「姉さんは、どこ」
ミアは珍しく、風の魔法を手に宿らせていた。シャリアが前にいるので、自分がわざわざ抜刀しなくても良いと判断していた。
「姉さん、だと。あれに姉妹がいたなんて話は……」
ドルグはそこで失言に気付いたが、もう遅かった。
「ウインドカッター!!」
ミアは間髪入れずに風の刃を放った。
「ちぃ」
ドルグは隠し持っていた中型の剣で、風の刃を弾き飛ばした。
「ミア、ここは私に任せてあなたは他を探しなさい。この男が、簡単に口を割るとは思えないわ」
「わかりました」
ミアは小さく頷くと、フィルイアルを探すために走り出す。
「俺としたことが、失言だったな。まさか、あれを姉と呼ぶ奴がいるとは思わなかった」
「どういう理由であの子をさらったのかは知らないけど。私の可愛い妹分に手を出して、ただで済むなんて思わないことね」
シャハラは上段から剣を振り下ろした。
「全く、これはとんだ貧乏くじだ」
ドルグはどうにかそれを受け止めて、すぐに間合いを取った。予想はしていたが、シャハラの技量は並大抵のものではない。
ここで延々と戦い続けている時間も余裕もないが、簡単に逃がしてくれるほど甘い相手とは思えなかった。
「これは、かなりまずい状況だな」
シャハラに立て続けに攻められて、ドルグは思わずそんなことを口にしていた。
「この街の地図? 数年前に更新されたのが最後だったと思うけど」
「それで構いません。ある程度把握できれば良いので」
「わかったわ、少し待っていてもらえるかしら」
アリシアは奥の方へ地図を探しに行く。
「本当に、フィルの居場所がわかるのかい」
エンティは焦りを隠せない表情で、ドランに聞いた。
「そりゃ、確定はできねえよ。でも、闇雲に探し回るよりはいいだろ」
「そうかもしれないけど……他のみんなが探し回っているのに、僕だけが何もしないなんて」
「だから、落ち着けって」
無駄だろうと思いつつも、ドランはエンティを窘める。エンティがここに残っているのは、あからさまに普段とは違っていたので周りが強引に引き留めたせいだった。
そして、ドランはその監視役といったところだ。
「ま、囚われのお姫様を救い出すのは王子様って相場が決まってるしな。王子様は落ち着いて良い所をかっさらう準備でもしてろよ」
「は? 言うことに事欠いてなんてことを」
皮肉が効いた言葉だったが、エンティはいくらか落ち着くことができていた。
「はい、ご注文の地図よ」
「ありがとうございます」
アリシアから地図を受け取ってドランは軽く地図を指でなぞった。
「俺はこの街に来てから長くないですが、そこまで大きくは変わってないですよね」
「何件か店じまいした店舗があるくらいかしら。後はフォール商会の支店が……と、これは地図に載っているようね」
アリシアはフォール商会の位置を指差した。
「確か、支店がここにできたのは五年以上前だったからな。全く、あの時は驚かされたな。冒険者相手に商売するとか思い切ったことをするもんだと」
「あなた、フォール商会の関係者なの。年の割に博識だと思っていたけど、それなら納得よね」
ドランが懐かしむように言うのを聞いて、アリシアは少なからず驚かされていた。
「あっ、いえ。別に隠すつもりはなかったんですけどね。まあ、その話は今は置いておきましょう」
「そうね、今はそれどころではないものね」
二人は軽く顔を見合わせると、話を打ち切った。
こんな状況でなければこの話に花を咲かせていたところだが、今はそれどころではない。
「……今使われていない建物を当たるべきか。さすがに一年前後で空き家になったのはわからないが、それは引き取り希望が多そうだから空き家になっている可能性は低い、と仮定するか」
ドランは地図のいくつかの箇所に印を付けていく。
「四か所、か。これを多いと見るか少ないと見るかは判断に迷うところだな」
「この印のいずれかに、フィルが囚われているっていうことかい」
エンティは印をつけられた箇所をじっと見つめていた。
どういう基準で目星を付けたかはわからないが、ドランが曖昧な理由で判断するはずがなかった。
「まあ、な。俺は街の状況は大体把握している。で、空き家になって結構長い……言葉を選ばないなら人が住んでいないから手入れをされていない建物だな。悪事をする連中が隠れ蓑にするなら、これ以上の条件はないだろ」
ドランはニヤリと笑みを浮かべた。
「行くな、なんて言わないよね」
エンティはゆっくりと立ち上がった。
その様子からは、誰が止めようともフィルイアルを探しに行くという固い決意が見て取れた。
「そんな野暮は言わねえよ。でもな」
ドランはそこで言葉を切ると、エンティの横に並ぶ。
「俺を置いていくとか、ちょっと冷たいんじゃないか。友人として、そりゃないって話だぜ」
「……そうだね、頼らせてもらうよ」
「そうこなくっちゃな」
二人はいつものように、軽く拳を突き合わせる。
「行ってらっしゃい」
そんな二人の背中に、アリシアがそっと声をかけていた。
「最初は、外れだったみたいだね」
エンティは軽く息を吐いた。
いかにも誰も住んでいない、という感じで放置されている建物だったが、文字通り人影すら見当たらなかった。
「街の入り口に近い所なら、すぐに行動を起こせるからここが一番怪しいと思っていたが……どうやら、かなり頭の切れるのがいるようだな」
ドランは一番の候補が外れたこともあって、次の候補を決めかねていた。一番の街外れか、それともあえて人通りの多い場所を選ぶのか。
「ドラン、この状況だったらフィルをさらった相手はどう動くと思う?」
悩んでいるドランに、エンティはそう問いかけた。
「いや、それは場所の特定には関係ねえだろ」
「多分、だけど。見知らぬ人間が大勢いたら目立っちゃうから、あまり人数はいないはず。そして、今は手練れの冒険者が自分達を捜索している。この状況で、じっと嵐が過ぎるのを待つなんてことはしないんじゃないかな」
「何が言いたい?」
ドランはエンティの意図を掴み切れずにいた。エンティはこういった状況判断に長けているとはいえ、今それが必要な場面とは思えなかった。
「フィルには最低限の見張りだけをつけて、残りは外に出ているんじゃないかって」
「……二手に別れる、ってことか」
ドランがそう言うと、エンティは頷いた。
「危険な賭けだな。予想が外れていたら、フィルを助けるどころか返り討ちだぜ」
「でも、腕利きの冒険者が街を探し回っているんだ。近くに一人か二人くらいはいるんじゃないかな」
「なるほど、そこまで計算していたか。いいぜ、お前の賭けに乗ろうか」
「……ありがとう」
二人はそれぞれ別の場所を目指して走り出した。




