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想定外

「お姫様、気分はどうかな」

「こんな状況で、良い気分なんて言う人はいるのかしら」


 再び部屋に入ってきたドルグに聞かれて、フィルイアルはそう返した。


「それは違いないな。まあ、こちらも仕事なんでね。悪く思うな……とまでは言わないが、運が悪かったと思ってくれ」

「随分と律儀なのね。そんなことを言ったところで、何かが変わるというわけでもないでしょう」

「そりゃそうだな」


 ドルグは笑いながらフィルイアルを立たせると、近くにある椅子に座らせた。


「どういうつもりかしら」

「少し、話をしたいと思ってな」

「……」


 フィルイアルは黙ったままでドルグを見る。

 このような状況で何を言い出すのか、という思いもあったがドルグが冗談や嘘を言っているようにも感じられなかった。


「まあ、話をしたくないならこちらが一方的に話をするだけだが」


 それでもフィルイアルが言葉を発しないので、ドルグは一人で勝手に喋りだしていた。


「なんでまた、冒険者なんて物騒なことをしてるんだか興味が引かれるところだが」

「私の王宮での噂を聞いているなら、大体察せると思うけど」

「あくまで、それは噂に過ぎないからな。確か、表向きの理由が今までの態度を改めて反省のために見聞を広める旅に出た、という話だったな」

「何か問題でも?」

「真実は別の所にあると思っているが、どうかな。お前さんを担ぎ上げておこぼれにあずかろうという連中を避けるため、というのは結構ありそうな線だが」

「あなた、何者なの。こんな仕事をしなくても、十分にやっていけそうにも見えるけど」


 ドルグが王宮の内情に詳しいことに、フィルイアルは思わずそう口にしていた。


「おやおや、意外と口が軽いな」

「そこまで知っている相手に隠す必要はないでしょう」

「確かにな」


 ドルグは僅かに笑みを浮かべているようにも見えた。


「で、私は国外にでも連れていかれるのかしら」

「隠しても仕方ないな、そういうことになる。どんな扱いをされるかは、あちら次第だが」

「そう」


 まるで他人事のように、フィルイアルは一言だけ答えた。


「随分と投げやりだな」

「ここでジタバタしても、結果は変わらないでしょう」

「随分と諦めが良いな」

「王族としての義務を放棄して、好き勝手やってきた報いかもしれないわね」

「なるほど、噂はあまり当てにならないようだ」


 ドルグがそう言った時、扉が勢い良く開いた。


「大変です、街が封鎖されています」

「どういうことだ?」


 慌てて報告する部下に、ドルグは怪訝そうな表情を向ける。


「どういうわけかわかりませんが、検問がかなり厳しくなっているようで。余程の理由がない限り、街を出ることができなくなっています」

「……さすがに、お姫様が誘拐されたとなれば、それくらいはするか。背に腹は代えられずに、お姫様の素性を明かしたということか」

「いや、どうもそういうわけでもないようでして」

「詳しく話せ」

「あくまで「冒険者のフィル」という個人が誘拐されて、それを助けるためだけにここまで大掛かりなことになっているみたいです。加えて、ギルドの冒険者の上位クラスがお姫様を捜索しています」

「……驚いたな。まさか、そんなことになっているとは」


 心底から驚いた、というようにドルグは言った。


「おいどうなってるんだよ!? これじゃこの街から出ることなんかできねえぞ」


 ブルグンドが苛立ったように入ってきた。


「そんなに大声を出すなよ、お坊ちゃん。俺としても想定外の状況だから、どうしたものかと思案しているところだ」

「なに呑気なことを言ってるんだよ」

「おい、いつから俺に文句を言える立場になった」


 文句を言うブルグンドに、ドルグが低い声で言った。

 フィルイアルからはその表情は見えなかったが、ブルグンドの引きつったような顔を見るに怒りを隠していないのが容易にわかる。


「ちっ、わかったよ」


 ブルグンドはそれ以上文句を言えなくなって舌打ちする。


「どうしますか」

「冒険者の上位クラスが捜索しているとなると、強引に突破することも難しいな。ここを簡単に見つけるのは難しいが、希望的観測に過ぎないな」


 ドルグは何かを思案するように天井を見上げていた。


「おいお坊ちゃん」


 考えがまとまったのか、ドルグはブルグンドに声をかけた。


「何だよ」

「お前、ここでお姫様を監視していろ。もちろん、手を出したらどうなるか……わかっているよな」


 そして、半ば脅すように念押しする。


「俺だって命は惜しいさ」

「それがわかっていればいい。もう少し人数がいれば騒ぎを起こしてその隙に抜け出すこともできたが、ないものねだりをしても始まらない、か」

「なら、裏道なり抜け道なりを探しますか」

「不本意だが、そうなるな。目立たないように行動しろ、いいな」

「はい」


 ドルグに言われて、部下は消えるように部屋から出た。


「お姫様、改めてあんたを見くびっていたことを詫びようか。あんたがまともな冒険者をやってなかったら、ここまでのことにはなっていなかったからな」

「私は、自分にできることをしていただけよ」

「それでも、な」


 ドルグは一瞬だけフィルイアルに目を向けてから、部屋を出て行った。


「全く、あんたに関わるとろくなことにならないな」


 ブルグンドはフィルイアルの対面に座ると、吐き捨てるように言う。


「そう、ね」

「何だよ、文句の一つでも言ったらどうだ」

「私は、あなたに文句を言えるような立場じゃないわ」

「は?」


 思いがけないことを言われて、ブルグンドは意表を突かれたというような顔になっていた。


「あなたと婚約した時、お互いに利用する関係で、それ以上でもそれ以下でもないって取り決めをしたわよね」


 フィルイアルは思い出でも語るような口ぶりだった。


「……そうだったな」

「あなたからしたら、利用するだけ利用して良いように使い捨てられた、といったところかしら」

「あんたがそんなことを言うなんてな」

「私はもっとあなたを窘めるべきだった、それは反省しているわ」


 フィルイアルは口ではそう言うものの、それは有り得ないことだったと思っていた。こういった考え方ができるようになったのは、エンティと出会ってからのことだ。

 もし婚約前にエンティに会っていたら、婚約自体をしていなかった可能性すらある。


「今更、だな」

「婚約破棄をするにしても、もう少しうまくやるべきだったわね。あなたの家には配慮したつもりだけど、それでは足りなかったかしら」

「そうだな。確かに、俺の家はお咎めなしですんだ。だが、せっかく王女の婚約者になれたのに、それを破棄された俺は勘当されても当然だった」


 ブルグンドはフィルイアルから視線を逸らしていた。


「別に、あなたの家が昇爵とか、そういう話にはなっていなかったはずだけど」

「それでも、何かしらの恩恵はあると思っていたんだろうな。俺の親だぞ、それくらいのことは考えてもおかしくはないさ」


 ブルグンドは自嘲するように言う。


「それを言うなら、私はお父様やお兄様が親族とは思えないほどに馬鹿なことをしてきたわよ」

「いや、あんたは馬鹿のふりをしていただけだろ。本当に馬鹿だった俺とは違う」

「まさか、あなたの口からそんな言葉が出るなんてね」


 フィルイアルはブルグンドの言葉に、少なからず驚かされていた。婚約していた頃のブルグンドはそこまで本質を見るような人間ではなかったし、自分が馬鹿なことをやっていたと反省するようなこともなかった。


「俺なんか、貴族じゃなくなれば何も残らないよ。それに比べて、あんたは王女じゃなくてもこうして捜索してくれるのが山ほどいる。最初から、人間としての器が違ったってことだ」

「もう、こんなことは……」


 ブルグンドがまともになっていたこともあって、フィルイアルはこれ以上罪を重ねるなと言いかけてそれを飲み込んだ。

 ここまでやってしまったからには、いくらフィルイアルがとりなしても極刑は免れない。さすがにそれがわからないほどの馬鹿だったら、利用する相手として選ぶようなことはしなかった。


「あんた、お人好しだな。だが、俺も覚悟を決めてやっている。それに、あんたに対する憎しみは今でも消えていないからな」


 フィルイアルが何を言おうとしたのかを察したのか、ブルグンドは憎まれ口を叩いた。


「そう」


 フィルイアルはそれだけ言うと、口を閉じた。

 ブルグンドの方もそれ以上会話するつもりがなかったのか、しばらくの間沈黙が流れる。


「騒がしいな、戻ってきたのか」


 外の方から物音が聞こえて、ブルグンドは視線を上げた。


「どうやら、進展があったようだな」


 その言葉と同時に、扉が切り刻まれてバラバラになっていた。


「おい、いくら何でもそりゃない……って、お前、何者だ?」


 姿を現したのが一味の人間でなかったので、ブルグンドは立ち上がって臨戦態勢になる。


「フィル!!」


 だが、侵入者はブルグンドに目もくれずフィルイアルだけを見ていた。


「エン、ティ?」


 フィルイアルは信じられない、というように呟くことしかできなかった。

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