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捜索

「大変だよ、フィルちゃんが」


 勢いよくドアを開けて、ハンナが転がり込むように入ってきた。


「店長、どうしたんですかそんなに慌てて」


 エンティも長いこと酒場で働いていたが、ここまで慌てた様子のハンナを見るのは初めてだった。


「店長、っていうとお前達が働いていた酒場の、か。確か、冒険者達には評判が良いって話だったか」

「あんた、うちの店のことを褒めてくれるのはいいけど、それどころじゃないんだよ」


 落ち着きを崩さないドランに、ハンナは詰め寄るようにして言う。


「店長さんがそんなに慌てるとは、只事じゃなさそうだな」

「それで、店長。一体どうしたんですか」


 エンティはハンナを落ち着かせるように、ゆっくりとした口調でそう聞いた。ドランの言うように、ハンナがここまで慌てているのだから余程のことなのだろう。


「フィルちゃんが、得体の知れない男に攫われちゃったんだよ」

「それは……本当、ですか」


 エンティはハンナの言葉をすぐに信じられなかった。もちろん、ハンナが嘘を言っているとは思わないが、フィルイアルが簡単に誘拐されるとは到底思えなかった。


「フィルだって、この街の有数の冒険者なのに。それを簡単に誘拐なんて……」


 そこで、エンティはフィルイアルが剣を持っていなかったことを思い出していた。


「あいつ、剣を持ってなかったよな」

「そう、だね」


 エンティはもっと強く剣を持っていくように言えば良かった、と悔やんでいた。そもそもフィルイアルが魔術剣を使うようになったのは、魔術の命中精度に難があるからだった。


「くそっ」


 エンティは思わず飛び出そうとしていた。


「おい、待てよ!」


 だが、ドランが珍しく強めの声でそれを止める。


「何も考えずに飛び出して、どうするんだよ」

「だからって……」


 エンティは反論できずに、唇を噛んだ。ドランの言うように、闇雲に探しても見つかるわけがない。だからといって、このままじっとしていることもできなかった。


「ギルドに行く」


 話を聞いていたのか、不意にミアが姿を現した。


「ギルドに?」

「そうか、ギルドに所属している冒険者に何かあったら、ギルドの方で対処してくれるかもしれないな」

「行こう。店長、知らせてくれてありがとうございます」


 エンティはハンナに軽く頭を下げると、一目散にギルドへ走り出した。


「おいだから焦るなって、足元すくわれるぞ」

「今のエンティは、冷静じゃない。だから、わたし達が気を付ける」

「そうだな」


 二人はエンティの後を追ってギルドに向かった。



「と、いうわけなんですが」


 エンティは受付にいるアリシアに状況を説明した。


「でも、冒険者は基本的に自分の身は自分で守るものよ。確かにあなた達はうちのギルドからしたら、代わりの効かない存在かもしれないけど。だからといって、特別扱いするわけにはいかないわ」


 アリシアの言葉は至極真っ当なもので、エンティは反論できなかった。

 フィルイアルの素性を明かせば対処してくれるだろうが、果たしてそれが正解なのだろうか。


「あら、随分と困っているようね」

「シャハラさん、今日は一人なんですね」


 普段は他のクランメンバーと一緒にいることもあって、シャハラが一人でいるのは珍しかった。


「まあ、うちのクランは個人行動も珍しくないわ。それで、どうしたのかしら」

「実は、フィルが何者かに誘拐されたみたいで……どうしたらいいのかと、途方に暮れてしまいまして」


 エンティがそう言うと、シャハラの表情が一変した。


「へぇ、この街で、冒険者を誘拐なんてね……随分と、怖いもの知らずがいたものね」


 呟くように言うシャハラに、エンティはぞっとしてしまう。

 普段は陽気で気さくな雰囲気だっただけに、ここまであからさまに怒っているのを見たのは初めてだった。


「それも、私の妹分に手を出すなんて、ただで済むとはおもわないことね」

「えっ? フィルのことを、そう思っていたんですか」


 エンティが驚いてそう言うと、シャハラははっとしたような顔になった。


「別に、あの子のことは認めていないわけじゃないのよ。もちろん、あなたのこともね。だから、余計に頭に血が上っちゃったのかしら」


 シャハラはどこか照れくさいように言うと、受付のアリシアと対峙する。


「と、いうわけで私から依頼したいのだけど、いいかしら」

「はい、あなたの依頼でしたら断われませんね」


 まるで最初からこうすることが決まっていたかのように、二人は視線を交わしていた。


「それに、この街で冒険者に手を出すなんていう愚行を犯したような相手は、徹底的に懲らしめないといけませんから」


 アリシアは冷たい笑みを浮かべている。


「どれくらいの人数を回せるかしら」

「そうですね。人数は回せませんけど、町の封鎖くらいならどうにか」

「封鎖って、そんな無茶なことが」


 話がとんでもない方向に行っていくので、エンティは思わず声をかけていた。


「非常時だから、このくらいはね。でも、数日が限度よ。だから、その間に」


 アリシアはエンティの方を見た。


「わかりました」


 エンティは頷くと、そのままギルドを出ようとする。


「待ちなさい。手がかりもなしに探すつもりなの」

「ですが、それ以外に……」


 シャハラに呼び止められて、エンティはゆっくりと首を振った。

 この街もそこまで広くはないとはいえ、闇雲に探し回るのは効率的ではない。だが、それ以外に手法が思い当たらなかった。


「あなた、普段は落ち着いていると思ったけど。やっぱり、仲間が誘拐されたとなるとそうもいかないようね。ここは、私に任せなさい」

「わかりました」


 エンティは居ても立っても居られなかったが、シャハラの方が自分よりも圧倒的に経験がある。

 そのシャハラの言うことを無視してまで、闇雲に探し回るのは得策でないと思いその言葉に従った。



「はっ、ざまあねえな」


 フィルイアルは乱暴に床に転がされていた。


「まさか、あなたが首謀者だったなんてね、ブルグンド」


 かつての婚約者が今回の首謀者だったことに、フィルイアルは少なからず驚いていた。


「あんたに婚約破棄されてから、俺の人生は散々だ」

「それは、あなたにも責任があるでしょう」

「人のことを散々振り回しておいて、よく言うな!」


 ブルグンドは怒りに任せてフィルイアルを蹴り上げた。


「うっ」


 思いがけない一撃に、フィルイアルは小さく悲鳴を上げる。


「おい、そこまでにしておけ」


 更に暴行を加えようとするブルグンドを、低い声が制した。


「あまり傷物にすると、交渉材料としての価値がなくなる。それくらいのことは、わかっているだろう」


 その声に、ブルグンドは小さく舌打ちする。


「大体、俺のことを好き勝手やってると非難したくせに、あんたは王宮を抜け出して冒険者か。しかも、最短でCランクまで上がったクランのリーダーとはな。どうせ、王女という身分を利用してその立場になってるんだろ」


 ブルグンドはフィルイアルの胸元を掴むと、顔を近づけた。


「……訂正しなさい」

「は?」

「その言葉、訂正しなさいと言っているの」


 フィルイアルに強く言われて、ブルグンドは一瞬たじろいでいた。


「あんたは王宮でも立場を利用して好き勝手やっていた。それが簡単に変わるなんて思えねえんだが」


 それでも、すぐにそう言い返した。


「私のクランは、そんないい加減なものじゃない。クランのみんなが、私のことを認めてくれたから私がリーダーをやっているの。それを馬鹿にするってことは、私だけじゃなくてクランのみんなも馬鹿にしていると同じことよ。だから、訂正しなさい」


 フィルイアルははっきりとそう言った。

 自分が馬鹿にされるだけならともかく、クランのことを馬鹿にされることは許せなかった。


「ははっ、お前の負けだよ。どうやら、俺達はこのお姫様のことを見くびっていたらしい。それに、身分を隠して冒険者をやっているだろうからな。Cランクってのも実力が評価されてのことだろう」


 その気迫を見てか、男はブルグンドにそう言った。


「そうかい」


 ブルグンドはフィルイアルから手を離した。


「さて、お姫様。俺は……ドルグとでも名乗っておくか。まあ、あんたを捕まえたのは俺だから、今更自己紹介もいらんか」

「何が目的なの」


 フィルイアルはドルグが素直に答えるとは思えなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。

 ブルグンドと違って、腹の底が見えない相手だから、嘘を並べてきてもおかしくない。一瞬考えたような素振りを見せたことからしても、偽名の可能性は高いと見ていい。


「あんたはただの交渉材料だ。まあ、あちらがどう扱うかはわからんが、少なくともここでは悪いようにはせんよ」


 ドルグはさして表情を変えることなく答えた。


「交渉材料、ね。思い当たる節はいくらでもあるけど。逆にあり過ぎて絞れないのが困りものね」

「さすがはお姫様、と言いたいところだが。それが虚勢とも限らんな」

「私を使えば、いくらでもこの国を脅せるでしょう。でも、お父様はそういった脅しには屈しないわ」

「それはそうだろうな。娘可愛さに国を売るなどとは、国王としては有り得ない。だが」


 ドルグはそこで言葉を切った。


「それ以外にもあんたの価値はある、とだけ言っておこうか」


 そして、そう続けた。


「行くぞ」

「ああ」


 ドルグは顎で扉を指して、ブルグンドに部屋を出るように促した。


「まさか、こんなことになるなんて」


 フィルイアルは床に転がされたまま、どうすることもできなかった。

 後ろ手で縛られただけではなく、魔術を妨害する腕輪まではめられている。先程から何度も魔術を使おうとしても、全く反応がなかった。


「エンティ」


 不意に、その名前が口から出ていた。


「いずれは別れることになるって、思ってたけど。それがこんな形なんて」


 フィルイアルの呟きは、そのまま消えていった。

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