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黒鉄石

「黒鉄石を剣にするなんて、親父や兄貴が聞いたら飛び上がるだろうな」


 かなり奥まで進んだところで、ドランが口を開いた。


「そんなに加工が難しいのかい」

「難しいこともそうだが、そもそも剣にしようと普通なら思わん」

「そういうものか」


 エンティは軽く頷く。


「この辺りかしら」


 目的の場所に着いて、ミアが足を止めた。

 ハゼルが一人で鉱石を採集しているにしては、しっかりと坑道が作られていた。もしかしたら、以前は多くの人間が鉱石目当てで働いていたのかもしれない。


「こりゃ探すのは大変そうだな。黒鉄石以外にも、結構な鉱石がありそうだが」


 ドランは坑道を軽く見渡すと、興味深そうに言う。


「余計な物を持ち帰る余裕はないけど」

「わかってるよ。それに、俺らが鉱石を持ち帰っても仕方ないしな」

「ならいい」


 ミアは短く言うと、坑道に足を踏み入れた。


「おいおい待てよ。お前黒鉄石わかるのか」

「真っ黒なのを探せばいい、違う?」

「まあ、基本的にはそうなんだけどよ」


 ドランはミアの後を追いかける。

 エンティもそれに続いた。


「なあ、ミア」


 ドランは前を歩くミアに声をかけた。


「何?」

「いつまで、続けるつもりだ」

「何を?」


 そう言われて、ミアの足が止まった。


「確か、フィルは王宮……ひいては、国が割れるから王宮を出て冒険者になったって話だったな。いつまでこんなことを続けるんだ。こんなこと、っていうとフィルは怒るだろうけどな」

「しばらくは、戻れないと思う。簡単に解決する問題じゃない」

「そうか。冒険者ってのはいつ死んでもおかしくない仕事だ。俺もそういった依頼はできるだけ避けるようにしてはいたが」


 ドランはそこで言葉を止めた。


「聖女に対する刺客、そしてこの前のドラゴン。いずれも首の皮一枚で生き延びたと言ってもいい」

「そうね」


 それを聞いて、ミアはふっと息を吐いた。


「正直なところ、一国の王女が旅に出るというだけでもかなり無視を押し通したんだろう。もし、素直に冒険者になるとか言っていたら絶対に無理だったな」

「何が言いたいの」

「俺も冒険者を甘く見ていたわけじゃない。だから依頼は慎重に選んできた。だが、この短期間で二回も死ぬような状況になっちまうと、な」

「いずれ、死んでもおかしくないと」


 ミアがそう言うと、ドランはゆっくりと頷いた。


「そう、か。僕はそこまで考えが回らなかった。確かにフィルが死んでしまったら大騒ぎどころの話じゃなくなる」


 そこまでのやり取りを聞いて、エンティは呟いていた。

 聖女の件はともかく、ドラゴンに至っては完全に予想外な状況だった。だが、そういったことが普通に起こりえるのが冒険者という仕事だ。

 思えば、最初の仕事の時からベレスに襲われている。

 それに、ドラゴンの件でまたランクが上がる可能性もあった。そうなると、今までのように安全な仕事だけを選ぶということも難しくなってくるだろう。


「姉さんは……死んでもいい、って思っているかもしれない」

「ミア、それってどういうことかな」


 思いがけないことを言われて、エンティはミアに詰め寄っていた。


「思えば、姉さんが好き勝手やっていてもあまり咎められなかったのは、こういった事態を避けるためだったかも」

「自分達が操りやすい人間が国王になるのは良いが、それがあまりに愚かすぎるのは問題だ、ということか」

「だから、フィルが好き勝手やっていた時は、誰も担ぎ上げようとしなかったってことかな」

「正直、わたしも姉さんもお飾りとして担がれるとは思ってもいなかった。今までのこともあったし」


 ミアはゆっくりと首を振る。


「でも、やっぱり今は戻れない」


 そして、そう言い切った。


「そうか。なら、最悪の状況にならないようにするか。ま、フィルが死ぬような状況なら、俺達も無事じゃ済まないだろうからな」

「それも、そうだね」


 エンティはそう言いつつも、フィルイアルがいつか王宮に戻る時のことを考えていた。

 そのことについて全く考えていなかったわけではない。ただ、四人で一緒にいることが楽しかったから、意図的に意識の外に追いやっていた。


「フィルが戻れば、ミアも戻るよね。そうなると、このクランも解散か」


 思わずそう言葉が漏れる。

 エンティもドランも、冒険者としては並以上になっている。それでも、二人は魔術師だ。やはり前衛を張ってくれていた人間がいなくなるのは痛手でしかない。


「わたしは……わからない」


 だが、ミアから返って来たのは予想外の言葉だった。


「姉さんに見出されてから、わたしは姉さん、いえ、姫様の剣として生きてきた。わたしの家は没落していたから、そのおかげである程度復興もできた。でも、姫様のお付きでなくなったら、わたしの価値はなくなる」

「そんな」


 ミアの言葉に、エンティは大きな声を上げてしまう。


「貴族ってのは、そんなもんだよ。家名を守るのが第一さ。お前にはわからんだろうけど」


 そんなエンティに、ドランは諭すように言った。


「だからって」


 ドランの言うように、エンティにはとても理解できないことだった。


「いずれにしても、先の話。今は目の前の事を片付ける。姉さんの武器を強化すれば、それだけ死ぬ可能性も低くなる」


 ミアは話を打ち切るように奥に足を進める。


「納得できないなら、納得しなくてもいい。いや、お前は一生納得できないかもな」

「……かもしれないね」

「まあ、それが悪い事かどうかは誰にもわからんよ。ミアの言うように、今はできることをするか」


 ドランはエンティの肩を軽く叩いた。


「そうだね」


 エンティは周囲を見渡しながら足を進めた。


「こう暗いと、黒鉄石なのか他の鉱石なのか」


 ミアは坑道の壁を丹念に調べながら、そう呟いた。


「ちょっと待ってろ」


 ドランが指先に炎を灯すと、周囲が幾分明るくなる。


「ああ、そうか。じゃ、僕も」

「いや、これでいい」


 火を付けようとしたエンティを、ドランが止めた。


「明るい方がいいんじゃないかい」

「これくらいでいい」


 ドランは指先の火をゆっくりと動かすと、一際黒い壁の前で指を止めた。


「あんまり明るいと、逆に見つけにくいからな」

「確かに、他の鉱石よりずっと黒いね」


 エンティはその黒い鉱石をじっと見る。ここまで黒い鉱石を見たのは初めてだった。


「下がって」


 ミアは剣を抜いた。


「おいおい、いくら何でも剣じゃ斬れないぞ。その剣も結構な業物だろうが、折れるのが目に見ている」


 剣で黒鉄石を斬ろうとするミアを、ドランは慌てて止める。


「エンティ」


 だが、ミアはエンティに一言声をかけた。


「いくら強化をかけても、簡単に斬れるものなのかい」


 その意図を察して、エンティはドランにそう聞いた。黒鉄石については良く知らないが、あの鍛冶師がわざわざ指定するくらいだ。強化魔術をかけたところで簡単に斬れるとは思えなかった。


「さすがに、ドラゴンよりは簡単だろうな」

「わかった……いいよ」


 エンティはミアの剣に強化魔術をかけた。

 それを確認すると、ミアは一呼吸置いた。

 そして、鉱石の上と下を交互に斬りつける。


「おっそろしい切れ味だな」


 ドランは地面に落ちた黒鉄石を拾い上げると、そう声を上げた。


「剣も良いけど、強化がなければここまではできなかった」


 ミアは剣を納めると、エンティにそう言った。


「でも、こんなに少なくていいのかい」


 ミアが採掘した黒鉄石は、エンティが思っていたよりも小さかった。剣を打つのにどの程度必要なのかわからないが、これで足りるとは思えなかった。


「剣を打つなら、これでも多いくらい」


 だが、ミアはあっさりとそう答える。

 エンティよりもずっと剣に詳しいミアが言うのだから、これで十分なのだろう。


「じゃ、帰るか。それにしても、綺麗すぎる切り口だな。黒鉄石は下手に斬ると、切り口がめちゃくちゃになっちまうもんだが」


 ドランは切り口をまじまじと見つめていた。


「随分簡単に持っているけど、重くないのかい」

「ああ、これは硬い割に軽いのも特徴なんだ。その分、加工するのも大変なんだが」

「一体、どんな剣ができるんだろうね」


 エンティは黒鉄石でどんな剣ができるのか、全く想像できずにいた。

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