鍛冶師
「思っていた以上に人里離れた所に住んでいるんだな。ここまで歩かされるとは思わなかったな」
目的の場所に着いて、ドランは大きく息を吐いた。
こんな山奥に人が住んでいるのか、と思わされるほどの場所にひっそりと一軒の小屋が立っていた。
「ここは良い鉄が採れるようだから、一々街に戻るのが面倒みたい。あれほどの腕があれば、人をやって鉄を採取させても十分やっていけると思うけど」
ミアはふっと笑みを浮かべる。
「あの人が打った剣は相当の値段になったと思うけど。ミア、よく二振りも剣を用意してもらえたわね。相当にお金もかかったんじゃないの」
「おかげで学院にいた頃に稼いだお金はすっからかん」
「ということは、今回も相応にかかりそうね」
そこで、フィルイアルとミアはドランの方を見やる。
「まあ、どんだけかかるかはわからんが。それでも家一軒とかそこまでぶっ飛んだ値段でもないだろ。それに、これは必要経費だからある程度までは仕方ないな」
「僕らはそこまで無駄遣いしてないから大丈夫だと思うけどね。それに、君が管理しているんだからそこは心配していないよ」
「まさか、冒険者になっても金の管理をするとは思わなかったがな」
ドランはたまらず苦笑していた。
「行きましょうか」
ミアは小屋の扉に手をかける。
「あ、客か?」
するとぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
声の主は五十行くか行かないか、といった風貌でいかにも職人といった雰囲気をまとわせていた。
「久しぶり」
「何だ、嬢ちゃんか」
ミアの顔を見た途端、男の表情が幾分和らいだように見えた。
「あなた、まだこんな場所で仕事をしていたのね。それはあなたの自由だからとやかくは言わないわ。でも、ちゃんと健康的な生活はできてるの」
「はっはっはっ、姫様が儂の心配をするなんてな。明日は雪でも降るんじゃないかの」
「からかわないでくれないかしら。これでも私は真剣に言っているつもりよ。もしあなたが望むなら……」
「ありがたい話だが、それは断らせてもらおう」
男はフィルイアルの言葉を遮った。
「まだ何も言っていないわよ」
「王宮の鍛冶師に推挙する、とでも言いたいんじゃろう。確かにそれなら贅沢な暮らしはできるだろうが、鍛冶師としては堕落の始まりじゃ。痩せても枯れてもこのハゼル、生涯現役のつもりでいるわい」
ハゼルは豪快に笑い飛ばした。
「そう、それならこれ以上は言わないわ。でも、本当に体には気を付けてね」
「わかっとるわい、この仕事は体が資本じゃからの。そこは気を付けているつもりだわい」
ハゼルは立ち上がると、ゆっくりとフィルイアルに近付いた。
「じゃが、他でもないお姫様のお言葉。しっかりと刻ませてもらうわい」
そして、臣下の礼を取る。
こういった礼儀作法をさらりとこなすあたり、王宮との繋がりが深かったのだろうとも察せられた。
「是非そうして頂戴」
「それで、お前さん達、こんな僻地までどんな用件じゃい」
「あなたに頼む事なんて、一つしかない。姉さん」
ミアはフィルイアルに声をかけると、フィルイアルは頷いて剣を抜いた。
「こりゃまた、随分と派手にぶっ壊したもんじゃな」
フィルイアルの剣を見て、ハゼルは呆れたような口調で言った。
「まさかとは思うが、この剣を修復しろなんて言わないじゃろうな。ここまでぶっ壊れたもんを修復するなんて無理じゃぞ」
「わたしは絶対に砕けない剣を依頼した。でも、その剣はこうして砕けた」
「は? そんな馬鹿なことがあるわけないじゃろう。あの剣は儂が鍛えた中でも一番の頑丈さを持っていたはずじゃが……こ、これは、確かに儂が打った剣じゃの。あれをここまでぶっ壊すとは、一体何をどうすればここまでぶっ壊せるんじゃ」
ハゼルはフィルイアルの剣を見て、驚いたように口にする。
「この剣、壊しても構わないかしら」
フィルイアルは手近にあった剣を手に取った。
「構わんよ、むしろ興味があるわい」
ハゼルがそう言うのを聞いて、フィルイアルは剣に雷を付与する。
「これは驚いたわい、儂も長年鍛冶師をやってきたが、こんな剣の使い方をするのを見たのは初めてじゃ。じゃが、その程度で砕けるほどやわな剣を打っている覚えはないんじゃが」
「姉さんはその剣でドラゴンを斬ったわ」
「ドラゴンじゃと、そこまですればさすがに砕けても仕方ないのう。というか、お前さん達、ドラゴンを討伐したのか。よく無事でいられたもんじゃ」
ミアの言葉を聞いて、ハゼルは大きく息を吐いた。
「それで、新しい剣は」
「もちろん打ってやるわい。約束だったしの。じゃが、あの剣に使った鉄と同じ物を使っては、同じ結果になるのは目に見えておる」
ハゼルはそこで四人に目をやった。
「お前さん達、その様子からして冒険者でもやっとるんじゃろ。まあ、姫様が冒険者だなんて知られたら王宮も大騒ぎになるじゃろうが」
「あら、弱みを握られたわね」
フィルイアルは口元に手を当てて笑う。
「弱みなんて思っとらんじゃろ。それに、以前よりもずっと楽しそうに見えるしの。今の方が活き活きしていて良い顔をしとるわい」
「ええ、王宮にいた頃よりも充実しているわね。でも、最初は王宮でお父様やお兄様を助けるつもりだったのだけど」
「ほう、お前さんの口からそんな言葉が出るとはな」
ハゼルは意外そうな表情になっていた。
「私が王宮に残ると、国が二つに割れそうだったから王宮を出ることにしたわ」
「さしずめ、お前さんを担ぎ上げて次期国王にでもしようとする勢力がある、ということかの。相も変わらず、ろくでもない貴族も多いようじゃな」
「もしかして、あなたがこんな辺境にいるのは」
「儂には王宮の煌びやかな生活は似合わんよ。と、少し余計な話をしてしまったかの。その剣の代わりを打ってもらいたい、ということでいいのかの」
ハゼルはフィルイアルの剣をすっと指差した。
「ええ」
「じゃが、その剣と同じ鉄を使っても結果は見えておる。じゃから、お前さん達には材料を採ってきてもらえんかの。その分は値段から差し引いてやるわい」
「でも、わたし達は素人。鍛冶に使える鉄の見分けがつくとは思えない」
「いや、あれは見ればすぐにわかるわい。何せあの金属を剣にしようと思う鍛冶師がまずおらんしの。その分、加工も大変なんじゃがな」
ハゼルは大きな声を出して笑っていた。
「あなたがそう言うなら、相当に面倒な金属かしら」
「そうじゃの。採ってくること自体は問題なかろうて。じゃが、厄介な魔物がいたりすることもあるからのう。並の人間なら生きては帰れないかもしれんが、お前さん達はドラゴンをも退治しとる。そこは問題にはならんじゃろう」
「どちらにしても、面倒なことには変わりないのね。ドラゴンの鱗の一つでもくすねてくれば良かったかしら」
「おいおい、そんなことしてばれたらギルドに怒られるぞ」
フィルイアルが冗談とも本気ともつかないように言うので、思わずドランは口出ししていた。
実際ドラゴンの鱗を一つ二つ持ち出しても発覚はしないだろうが、それを加工した剣を持ち歩いていれば簡単にばれてしまうだろう。
「わかってるわよ。それで、その金属の特徴は」
「一目でわかるわい、真っ黒じゃ。それも、ただの黒じゃく漆黒と言っていいくらいにの」
「ひょっとして黒鉄石、か。まさか、あれを剣に加工できる鍛冶師がいるとは思わなかった」
ハゼルから目的の金属の説明を受けて、ドラン信じられないというようにハゼルを見てしまう。
「ほう、お前さん。中々に詳しそうじゃ。あれを加工できるのは、数える程しかおらんだろうて。儂とて、もうあれを加工するようなことはないと思っておったわい。じゃが、渾身の作をあそこまで見事に砕かれたとあってはの」
「話はまとまったわね、行きましょうか」
「おっと、待たんかい」
すぐにでも黒鉄石を採りに行こうとしたフィルイアルを、ハゼルが呼び止めた。
「姫様は、ここに残るんじゃ」
「どうしてかしら」
「お前さんのために剣を打つんじゃ、お前さんのことを知る必要があるわい」
「そこまでする必要があるのかしら」
フィルイアルは納得できないような顔をしていた。
「姉さん、この人の言っていることは本当。この剣も、わたしが使いやすいように作られてる」
そんなフィルイアルに、ミアは自分の剣を軽く掲げた。
「わかったわ。みんな、お願いできるかしら」
フィルイアルがそう言うのを聞いて、三人は大きく頷いた。
「ミア、お前さんの剣も見てやるわい。ドラゴンと戦ったということは、相応に痛んでるじゃろうて。代わりにこの剣を使えばいいじゃろ」
ミアは小さく頷くとハゼルが差し出した剣と自分の剣を交換する。
「良い剣」
ミアは剣を抜くと、軽く見渡して呟いた。
「行ってくる」
そして、剣を納めてそう言った。
「心配はしてないけど、気を付けてね」
フィルイアルの言葉を背に、三人は黒鉄石を採りに向かった。




