撃破
「ドラゴンの動きが鈍るまで、手を出さない方が効率的かな」
エンティはドラゴンに魔力を強化する術をかける。
ドラゴンの様子を窺うが、全く変化が見られなかった。
「よし、このまま時間を稼げば……」
エンティがそう言いかけた時、ドラゴンが前足を大きく振り上げた。
「散って‼」
シャハラが短く叫ぶと、三人は別方向に飛び跳ねた。
すると、ドラゴンはフィルイアル目掛けて足を振り下ろす。
「先生、ドラン」
「わかっている……ウインドウォール‼」
エンティがフィルイアルを助けるように頼むと、クラースはいつもの氷魔術ではなく風の魔術を放った。
「風魔法? そういうことか……ファイアストーム!!」
クラースが風魔術を使ったのを見て、ドランは炎の魔術を放った。
「ドラン?」
ドラゴンに火は有効ではないのにも関わらず、ドランが炎を放ったことにエンティは驚いていた。
「さすがに、お前の相棒だな」
だが、クラースは感心したように言った。
見ると、ドランの炎がクラースの作った風の壁の周囲を包み込んでいる。
「風は熱を加えると膨張する性質がある。そして、俺はドラゴンの足を受け止めるために風の壁を作った」
「俺はその壁を強化するために炎を使った、っていうことさ」
ドランが言うように、ドラゴンの足は風の壁で完全に遮られていた。
「助かったわ」
フィルイアルは一瞬振り向いてこちらを見るとそう言った。
「こちらから攻めるわ、相手の攻撃は一撃一撃が致命傷になりかねないもの」
シャハラは軽く跳躍すると、反対側の足に斬りつけた。
「さすがに固いわね。強化した剣でも、この程度しか斬れないなんて」
さすがに切断とまではいかないにしろ、思っていたよりも斬れなかったこともあってシャハラは舌打ちする。
「シャハラさん、強化切れかかってます。少し待って下さい」
それを見て、エンティは再度強化をかけ直した。
これほどの長期戦になるとは思わなかったので、強化が切れることを全く考えていなかった。
「強化魔術も万能ってわけじゃないのね」
「当たり前だ、無限に続くなら強化が切れた時の反動もなくなる。そんな便利な術だったら、使わない魔術師はいないぞ」
軽口を叩くシャハラに、クラースは呆れたように言う。
そこで、ハッとしたようにエンティを見た。
「そういうことか。つくづく、お前の発想力には驚かされるな」
エンティの目的に気付いて、クラースは心底から驚いているようだった。
「上手くいくかどうか、わかりませんけどね」
「上手くいくさ、お前の強化魔術は何ら問題ない。だから、強化が切れた時の反動も必ず起こる」
「はい」
自分でも半信半疑だったが、クラースの言葉を聞いてエンティは自分が間違っていないと確信していた。
「フィル、そっちも切れているから戻ってきて。さすがに剣と魔術の両方にかけるのは直接でないと難しいから」
「ええ」
フィルイアルは一足でエンティの近くに駆け寄った。
「良く遠くの相手を強化できるな。普通なら強化は直接しかかけられないものだが」
「あ、そうなんですか。強化魔術も魔術の一種だから、飛ばそうと思えば飛ばせるんじゃないかって」
クラースの言葉に、エンティはフィルイアルの剣を強化しながら答える。
「確かにそうかもしれないが。いや、誰も試そうとしなかっただけかもしれないな」
クラースは小さく息を吐いた。
「フィル」
「ええ」
フィルイアルが剣に雷を付与したところで、エンティは雷にも強化をかけた。
「そっちは終わったかしら」
ドラゴンをかく乱しながら、シャハラが声をかけてくる。
「はい」
フィルイアルはきっぱりと返事をすると、前線に戻って行った。
「もう少しで、ドラゴンの動きが鈍るはずです。その間、時間を稼いでください。あと、三人はできるだけ固まらない方がいいかもしれません」
「わかったわ」
エンティがそう言うと、シャハラは小さく返事をして二人に目配せする。
「わかりました」
「はい」
フィルイアルとミアは小さく頷いて、三人でドラゴンを囲むような立ち位置を取った。
標的が散らばったこともあって、ドラゴンは狙いどこに狙いを定めるか迷っているような様子もあった。
「前衛がああなると、狙ってくるのは」
その様子を見て、エンティはクラースとドランを見やった。
「当然、こちらを狙ってくるな」
「それがわかっているなら、対処もしやすいってことだな」
その言葉に反応するように、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。
「できるだけ、こちらに気を向けてもらおうかな。先生、ドラン。多分だけど、あの炎を対処できれば勝機が見えるはずだから。僕達なら炎を吐く前に対処することもできるけど、敢えて炎を吐かせてから対処しようと思っている。炎を吐いた後が、一番の隙でもあるから」
「わかった」
「おうよ」
三人はドラゴンが炎を吐くのを待って身構えていた。
「来たか……アイシクル・ランス‼」
「合わせますよ……アイスジャベリン‼」
ドラゴンの炎と二人が放った氷の魔術がぶつかり合った。一見するとあっさりと溶かされそうな大きさの氷に過ぎないが、強化がかかっていることもあって簡単に溶けるようなことはない。
炎と氷が完全に相殺するまで、そう時間はかからなかった。
自分の炎が貧弱な氷に相殺されたことに、ドラゴンは驚いたように動きを止める。
「⁉」
そして、自分の体に起きた異変に気付いて大きく目を見開いていた。
「先生、ドラン。足を狙って!!」
ドラゴンにかけた強化が切れたのを察して、エンティは叫んだ。
「アイシクル・ランス‼」
「ライトニングブラスト‼」
それに呼応して、クラースとドランは同時に魔術を放った。
クラースの氷がドラゴンの足に突き刺ささり、ドランの雷が少し遅れてその氷を貫通する。
「合わせろ」
畳み掛けると言わんばかりに、クラースはエンティにそう言う。
「……はい!」
エンティは一瞬驚いたものも、すぐに返事を返した。
「「アイシクル・ランス‼」」
師弟だけあって、一切の乱れもない氷の槍がドラゴンの足に突き刺さった。
「動き全く同じで怖えんだが……ライトニングブラスト‼」
ほとんど同じといっていい軌道を描いた魔術を見て、ドランは少し引いてしまっていた。それでもここが勝負所とわかっていることもあって、追撃は怠らない。
「ミア、行けるわね」
ドラゴンの足が凍り付いたのを見て、シャハラは凍り付いた足に斬りかかった。
「はい」
ミアは小さく頷くと、シャハラの反対側から交差するように斬りつける。
「ギャアァァ‼」
足を切断されて、ドラゴンが悲鳴を上げて体勢を崩した。
「お膳立ては、整えたわよ」
シャハラがそう言うのと同時に、フィルイアルは地面を蹴って飛び上がった。
「私の全力で、斬り落とす‼」
フィルイアルは両手で構えた剣をドラゴンの首元に振り下ろした。
いくら強靭なドラゴンといえども、剣とそれに付与された雷。
双方に強化をかけられた剣をまともに喰らってはただですむわけがない。
フィルイアルが着地するとほぼ同時に、斬り落とされた首が地面に落ちた。
「何とか、なったわね」
フィルイアルは大きく息を吐くと、右手で軽く額を拭った、
「あなたに任せて正解だったわね。技量なら負けるつもりはないけど、一撃の威力ではその剣には及ばないから」
シャハラはフィルイアルに向けて親指を立てて見せた。
「二人が、いえ。みんながチャンスを作ってくれたからですよ」
フィルイアルは剣を納めようとするが、途端に剣が崩れ始めた。
「あっ……」
それでもミアが選んできた剣だからか、完全に崩れることなく柄と僅かな刀身は残っていた。
「負荷をかけすぎたわね。散々魔術を付与した挙句、ドラゴンの硬い鱗まで斬ったのだから仕方ないかもしれないわ」
「待って、姉さん」
剣を捨てようとしたフィルイアルを、ミアが止めた。
「どうしたの、ミア。こんな剣、持っていても仕方ないじゃない」
「わたしは、絶対に砕けない剣を頼んだ。そうしたら、彼はその剣が砕けるようなら新しい剣を作ってやると豪語していた。余程自信があったのだろうけど……だから、また作らせるためにその剣は必要」
あまり感情を表に出すことはしないミアが、この時ばかりは何かを企んでいるような悪い顔をしていた。
「そ、そう。それなら捨てるのは止めましょうか」
そんなミアに少し気圧されつつも、フィルイアルは砕けた剣を鞘に納める。かろうじて鞘に納められる程度の刀身が残っていたのか、どうにか納めることができた。
「終わった、か」
何とかなったと気が抜けたせいか、エンティは腰が抜けたように座り込んでしまう。
「大丈夫か」
それを見て、クラースが手を差し出した。
「慣れないことをしたせいか、疲れたようですね」
エンティがクラースの手を取ると、クラースはゆっくりとエンティを引き上げる。
「しかし、ドラゴンがここをねぐらにしていたとはな。これは何か厄介なことが起こる前触れか」
「そうね。しっかりギルドに報告した上で、慎重に調査をするべきところかしら」
クラースが真剣な顔で考え込んでいると、いつの間にかシャハラが戻っていた。
「でも、その前に」
シャハラはエンティの顔を覗き込むように見る。
「あなたのおかげで助かったわ、ありがとう」
「い、いえ。僕だけの力じゃありません。この場の誰が欠けても、勝てなかったと思いますから」
「謙遜するわね、そういうところも悪くないわ。うちのクランに欲しいくらいよ」
「はは、いくらなんでも……」
エンティがそう言いかけると、後ろから勢い良く引き寄せられた。
「うちの戦術担当を引き抜かないでもらえませんか」
エンティの肩を抱いたまま、フィルイアルは作り笑顔で言う。
「残念。それよりも、クラース」
シャハラは冗談めかして言うと、真剣な表情でクラースに向き直った。
「ああ、これ以上何かがいるとも思えないが、すぐに撤退しよう。こんな状態で何かに襲われたら、一たまりもない」
クラースの言葉に、その場の全員は頷いていた。




