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足りない一手

「先生、ドラゴンに有効な属性は?」


 エンティはドラゴンに対する知識が全くなかったので、咄嗟にそう聞いていた。


「見ての通り、火は効果が薄い。水、というか氷は良く通るし雷もまずまずだ。風で切り裂くくらいなら、直接剣で斬った方が早いかもしれないな」


 間髪入れずにクラースはそう返した。

 心なしか、クラースの返答は弟子に対するものではなく、対等の相手に対するもののように感じられた。


「そういうことだから、ドラン。悪いけど」

「そういうことなら仕方ないな。確かに俺は火属性だが、お前の魔術を誰よりも見てきたっていう自負はある。もちろん、そちらの先生よりもだ」


 エンティに声をかけられて、ドランは指先に氷を宿した。


「当てにしているよ。それなら、僕も別の属性を使おうかな」


 それを見て、エンティは右手に雷を纏わせる。


「来るわよ!」


 シャハラが叫ぶと同時に、ドラゴンが動いた。右足を大きく振り上げると、無造作に振り下ろした。

 それは全く何も考えていない、獣の本能による動きだった。


「避けなさい」


 シャハラの言葉で、前線の三人は三方へ飛んだ。

 ドラゴンの足が地面に叩きつけられると、それだけで洞窟が揺れるほどの衝撃が起こった。


「あんなものをまともに受けたら、一たまりもないわね」


 その威力を目の当たりにして、フィルイアルは冷や汗を拭った。


「ドラン、足止めするよ……ライトニングブラスト!」


 ドラゴンが尻尾を振り回そうとしたのを見て、エンティはドランに目配せする。


「おうよ……アイスジャベリン!」


 それを受けて、ドランはエンティとタイミングを合わせて氷の槍を放った。


「少し前に学院を卒業したばかりとは思えないな」


 二人が放った魔術を見て、クラースは感心したように言った。


「だが、ドラゴンが相手となると難しいか」

 

 並の相手なら簡単に倒せるような威力はあったが、それでもドラゴンほどの強敵を相手に通用するようにも見えなかった。


「フィル、ミア。僕らの魔術を盾に攻めて」

「おい、正気か。あの尻尾を前にして攻めろとか、死ねと言っているような……」


 エンティが攻めるように言ったのを聞いて、クラースはそれを制止しようとした。だが、フィルイアルとミアが全く躊躇うことなく前に出たので言葉を失ってしまう。

 氷の槍がドラゴンの尻尾に突き刺さり、少し間をおいて雷が氷の槍を貫通した。

 想定外のダメージだったのか、ドラゴンの尻尾が跳ね上がった。


「姉さん、合わせて」

「ええ」


 ミアは勢い良く地面を蹴って高く跳躍する。そのまま、上からドラゴンの尻尾に全力で剣を振り下ろした。

 フィルイアルはそれに合わせるように下から剣を振り上げる。


「ちょっと、いくら強化されてるからって、そう簡単に……って、嘘、でしょ」


 二人がドラゴンの尻尾を切断したのを見て、シャハラは唖然としていた。


「グオオオッ‼」


 ドラゴンが咆哮とも悲鳴ともつかないような大声を上げた。

 たかが人間と甘く見ていた相手にしてやられたせいか、その目には怒りが宿っている。


「炎が来るわ」


 ドラゴンが大きく息を吸い込んだので、シャハラは二人を庇うように前に出た。


「クラース、お願い」

「ああ……アイシクル・ランス‼」


 ドラゴンが炎を吐くと同時に、多数の氷の槍が降り注いだ。


「まともにぶつかり合ったら手も足も出ないけど、これなら」


 炎の威力が削がれたのを見計らって、シャハラは炎の中に飛び込んだ。


「シャハラさん⁉」

「⁉」


 それを見て、フィルイアルとミアは息を呑む。

 いくら威力が削がれているとはいえ、あの勢いの炎に飛び込むなど自殺行為にしか見えなかった。


「伊達にBランクの冒険者をやっているわけじゃないわ」


 だが、シャハラはほぼ無傷で炎を切り裂いていた。所々焦げたような痕跡はあるとはいえ、あの炎の中に飛び込んでその程度で済んでいるのはさすがだった。


「それに、この強化。私が思っていた以上に凄いわね。もしかしたら、私だけでも炎を斬れたかもしれないわ」


 シャハラは剣を軽く振ると、エンティに視線をやった。


「エンティ、お前は指示と強化に専念しろ」


 一連の様子を見て、クラースがそう言う。


「えっ? でも、僕が先生やシャハラさんに指示を出すなんて。それに、手数は一つでも多い方が」


 思いがけないことを言われたこともあって、エンティはクラースの言葉に従えずにいた。


「今までの流れで、お前の指示能力は問題ないと判断した。指示を出すのが二人もいれば、逆に混乱を招く。それに、指示を出した方が強化もやりやすいだろう」

「それは、そうですが」


 確かにクラースの言うように、自分で指示を出していれば強化魔術をかけるのもやりやすい。現に、先程クラースが魔術を使った時は強化魔術を使うことができなかった。


「それとも、お前の代わりを務めるのが俺では不服か?」

「いえ、むしろ過分ですね」


 クラースが僅かに笑みを浮かべるのを見て、エンティは大きく頷いた。


「なら、次の手を考えてもらおうか」

「動きを制限しましょう。フィルとミアで尻尾が斬れたのだから、足一本くらいは行けるはずです」

「大胆なことを言うな。尻尾と足では太さも筋肉の質も違うんだが、まあいい。俺達がフォローすれば、シャハラならやってくれるだろう」

「先生は足に氷を、ドランはそこに雷を。さっきと同じ要領でお願いします」

「わかった」

「いいぜ」


 エンティがそう言うと、二人は頷いた。


「そういうことだから、シャハラさん、フィル、ミア。三人は隙を付いて足を切断して……下さい」


 エンティは普段通りに指示を出そうとして、シャハラがいたことに気付いて慌てて訂正していた。


「無理に敬語を使わなくていいわよ。今は非常事態だし、そんなことを咎めるほど私は狭量じゃないわ」


 そんなエンティに、シャハラは気にするなというように軽く手を振った。


「わかりました。では、先生」


 それを受けて、エンティはクラースに先手を促した。


「まさか、お前の指示で戦う日が来るとは思わなかったが、意外と悪くないものだな……アイシクル・ランス‼」


 クラースはドラゴンの足に氷の槍を放った。普段は上から降り注ぐような術だが、足を狙うこともあって他の術と変わらない直線的な動きだった。


「ドラン、続い……待って」


 次にドランに指示を出そうとして、エンティは言葉を止めた。

 ドラゴンが大きく口を開けて、再度炎を吐こうとしたのが見えた。


「ドラン、氷で。少しでも炎の威力を削いで」

「わかった……アイスジャベリン‼」


 ドランはドラゴンの大きく空いた口に氷の槍を放った。それと同時に、ドラゴンは口から炎を吐く。先程よりも一回り以上大きく、そして勢いもあった。


「シャハラさん、炎を任せていいですか。フィルとミアは……ミアはシャハラさんの援護を。フィルは氷が残ったら足を狙って」


 エンティはシャハラとミアに炎を対処するように指示を出す。最初はシャハラ一人でも十分だと思ったが、炎の勢いが思っていた以上に強くシャハラ一人で対処するのが難しいと判断していた。


「良い判断ね。さすがに一人だと難しいと思っていたもの。ミア、行けるかしら」


 シャハラはミアに目線をやった。

 それを受けて、ミアは小さく頷いた。

 二人で炎を挟み込むように立つと、交差する形で炎に斬りかかった。

 ドランが放った氷で威力は大分削がれていたが、それでもまだ勢いは残っている。それどころか、クラースが放った氷すらも飲み込むような勢いだった。


「これはちょっと、対処しきれない……って、あなた」


 シャハラが思わず弱音を吐いたその時、フィルイアルが跳躍して剣を振り下ろしていた。

 三人がかりでどうにか炎を処理することに成功する。


「助かったわ。でも、指示に従わないなんて、あとで怒られるんじゃないかしら」


 シャハラは礼を言いつつも、少し茶化すような口調だった。


「指示は氷が残っていたら足を狙う、でした。でも、氷が残らなかったのだから従う必要はありませんよね。それに、エンティはこの剣もきちんと強化してくれましたから」


 フィルイアルの剣は雷でなく、氷が宿っている。炎を斬るなら雷よりも氷の方が良いと切り替えたのだが、エンティはそれを見逃さずにしっかりと強化をかけていた。


「つまり、彼はあなたのやったことを否定するどころか認めていたわけね」

「ええ」


 フィルイアルは笑顔を浮かべると、ゆっくりと頷いて見せた。


「でも、困ったわ。今のところは互角だけど、相手の方がまだ余裕がありそうね」


 シャハラは本当に困っているとは思えない口調で言う。

 普段以上の力で攻めているのにも関わらず、攻め切れないという状況。経験が浅い冒険者なら焦りを感じてしまうところだが、シャハラからはそういったものが一切感じられない。


「あの人は、周りを引っ張っていくだけじゃなくて気遣いもできる人ですね。状況は良くないですけど、おかげで全く焦りを感じませんよ」

「あいつは素であれをやるからな。計算でやっていないのだから、生まれながらのリーダー気質といったところか。とはいえ、このままではジリ貧だ」

「ですね……」


 エンティは状況を打破するべく今までの経験や知識を総動員する。

 今のままではドラゴンの攻撃を捌くだけで手一杯。なら、もう一手、何かを加える必要がある。


「そんなものがあったら、とっくに……」


 そこで、エンティはもう一つ手が残っていることに気付いた。だが、それは危険を伴う手でもある。


「先生、ドラゴンが魔術を使うなんて事例はありましたか」

「余程知恵がある奴なら、使うことはあるな。だが、あいつがそうとは思えん」

「わかりました。みんな、しばらくしたらドラゴンの動きが鈍るように仕掛ける。でも、万が一ドラゴンが魔術を使ってきたらそれは全力で避けて」


 エンティは一際大きな声できっぱりと言った。


「おい、それってどういうことだよ」


 さすがにドランも訳が分からない、といった顔をしている。

 それはドランだけではなく、この場にいる全員が同じだった。


「わかったわ」


 だが、フィルイアルだけは全部わかっている、といった感じだった。


「まあ、このままじゃ埒が明かないし、あなたに賭けてみるわ」


 シャハラは僅かにエンティの方を見やると、剣を構え直した。


「ええ、こんな状況でいい加減なことは言えませんから」


 エンティは頼りになるその背中に向けて、そう言った。

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