天秤
「そこまでして、自分の関係者を聖女にしたいなんて……全くもって、呆れるわ」
エリスは前に出ると、抜刀した二人を相手に怯むことなく言った。
「こちらはただ依頼された仕事をこなすだけだ。誰が聖女になろうが、関与することではない」
一人が剣先をエリスに向けた。
「あたしの見立てでは、あたし以外の聖女候補はそれほどの力は持っていなかった。分不相応な地位に祭り上げられても、当人が苦労するだけよ」
「それは依頼人に言ってくれ。もっとも、お前がそれをする機会はないだろうが」
男はすっとエリスとの間合を詰めると、躊躇なく剣を振り下ろした。その様子からして、暗殺の類に手慣れていることがわかる。
「ほう……」
だが、その剣はミアによって防がれていた。
自分の剣が防がれると思っていなかったのか、男は感心したような声を上げる。
「強い」
ミアは相手の強さを感じ取って、すぐに間合いを取っていた。
「ミアがそこまでするのなら、相当なものね。私が何とかできるとは思えないけど……」
「ドラン、フィルのフォローに。僕は二人を同時にやるから」
フィルイアルが自信なさげに言うのを聞いて、エンティはそう指示を出した。
「わかった」
「でも、それだとミアが」
「先に一人倒して、もう一人は全員でやるよ。多分だけど、長引けば長引くほど厄介なことになりそうだから」
エンティはこの二人が今までのどの相手よりも厄介だと感じていた。
単純な強さだけならベレスの方が上かもしれないが、技量や思考などを考えるとベレス以上かもしれない。
そして、この二人が連携してきたらそれを捌き切るのは難しいだろう。
「ミア、いつも君には負担をかけるけど」
「それがわたしの役目。それに、あなたがわたしを信頼してくれているように、わたしもあなたを信頼している」
ミアは小さく首を振った。
「全く持って美しい友情だな。なら、まとめて仲良く同じ所へ送ってやるよ」
ミアが厄介な相手だと感じたのか、男達は同時にフィルイアルに襲い掛かった。
「アイシクル・ランス‼」
二人の頭上に氷の槍が降り注いだ。
「フレイムアロー‼」
それに合わせるように、ドランが炎の矢を放った。
「思ったよりも、やるようだが」
一人が氷の槍を、もう一人が炎の矢を切り払う。
「姉さん」
「ええ」
その隙を付くように、ミアとフィルイアルは斬りかかった。
「嘘」
明らかに不意を付いたはずなのに剣を防がれて、ミアは小さく声を上げていた。
「こちらのお嬢さんは、そちらに比べると劣るようだな」
フィルイアルが斬りかかった方は余裕があったのか、防ぐのではなく斬り返してくる。
「さすがに聖女を暗殺しようとするだけあって、相応の人間を送ってきたようね……ライトニングブラスト!」
フィルイアルは咄嗟に雷を放って相手の剣を弾いた。
「剣士でありながら、魔術も使うか。一見するととてつもないようにも感じるが。裏を返せばどちらも中途半端。脅威にならんな」
「今までで一番厄介な相手、だね」
エンティは思わず舌打ちしていた。
技量もそうだが二人で役割分担を完璧にこなし、四人を相手にしても互角以上に立ち回っている。
そして、これだけ優位に立っているにも関わらず一切の油断がない。
「知性のある人間の方が、下手な獣よりも厄介、か」
エンティは必死になって頭を回転させるが、打開策が全く思い当たらずにいた。
「だからって、諦めるわけにもいかんだろ。それに、今までだってお前に助けられてきたんだからな。当てにしているぜ」
そんなエンティを励ますように、ドランがそう言った。
「そう言われたら、期待に応えないわけにはいかないか」
強化魔術を使うことが、エンティの脳裏に浮かんだ。人間を相手に使うのはルベル以来だが、不意打ち気味に使えば効果はあるだろう。
だが、前もって宣言していたルベルでも防ぐだけで精一杯だった。下手をしたら殺してしまうかもしれない。
殺す?
そう考えた時、エンティの全身に悪寒が走った。
「おい、ぼーっとしている場合じゃねえぞ」
エンティの様子がおかしいことに気付いてか、ドランが喝を入れる。
「あ、ああ」
エンティは強化魔術を使うことを止めることにした。こんなに迷っている状態ではまともに使えるか怪しいし、一度使うのを見られたら対処されてしまう。
「まともな冒険者を雇えるような金は出さなかった、と聞いていたから簡単な仕事だと思っていたんだが」
「これは報酬に色を付けてもらわんと割に合わんな」
男達は互いに目配せすると、そんなことを口にした。
「とはいえ、難しい仕事ではないな」
「そうだな」
今度は息を合わせたようにミアを狙い出した。
さしものミアも同等以上の相手二人に対応するのは難しい。
「ミア!」
フィルイアルは雷を剣に付与すると、三人に割って入る。
「お嬢さんでは……なっ」
フィルイアルの剣が思ったよりも重かったこともあって、男の顔色が変わった。
「雷を剣に付与するか。普通なら、そんなことをしようとは考えないな。両方使えるからこそ、その発想に至ったわけか」
「まずいね、これは」
二人を相手にして四人掛かりでどうにか五分、といった状況にエンティは焦っていた。
「足止めするよ、ドラン……アイスニードル!」
「わかった……ファイアランス!」
前衛の二人が体制を立て直す時間を稼ぐために、二人は手数重視で魔術を放った。
十数本近い炎の槍と氷の針が襲い掛かる。
「前衛二人に後衛二人。バランスの良い編成かつ連携も取れているが」
「それでも、俺達の敵ではないな」
男の一人が前に出ると、炎の槍と氷の針を薙ぎ払った。
「おい、冗談だろ」
手数重視だったとはいえ、一瞬で処理されたことにドランは声を上げていた。
「くっ……アイシクル……」
エンティが次を打つ前に、もう一人が動いていた。
一瞬でフィルイアルとの間合を詰めると、横薙ぎに剣を払う。
「その程度で」
フィルイアルは剣先を下に向けて、相手の剣を受け止めた。
「お嬢さんの剣は素直過ぎるな」
まるでそれを見透かしていたかのように、男はフィルイアルの剣を弾き飛ばした。
「姉さん」
フィルイアルを庇うように、ミアが二人の間に割って入る。
「良い反応だな。だが、そんな無理な体勢では」
男は割って入ってきたミアの剣を受け止めると、体勢を崩すようにすっと剣を引いた。
フィルイアルの危機を救うために無理をしたせいもあってか、それだけでミアは大きく体勢を崩してしまう。
「アイシクル・ランス!」
「ファイアストーム!」
エンティとドランは二人が逃げる時間を稼ぐために魔術を放った。
その隙にフィルイアルとミアは大きく飛び退いて間合いを取る。だが、二人共剣を弾き飛ばされて素手になってしまった。
「ここまでとは、ね」
目の前の二人が予想以上の手練れだったことに、エンティは大きく息を吐いた。
「仕方ない、か」
そして覚悟を決めると、ゆっくりと前に出た。
「何だ、お前は」
後衛のエンティが前に出たので、男は馬鹿にしたように言う。
「あなた達も仕事で来ているのはわかるけど、ここで引いてもらうわけにはいかないかな」
「命乞いか? それなら無駄なことだ」
「だろうね。なら、僕はあなた達を殺すつもりでやる。あなた達と仲間の命、天秤にかけるまでもないからね」
「はったりか。確かにお前の魔術は並の魔術師よりは上だろう。だが、俺達を殺すなど戯言にも程がある」
男達は馬鹿にしたように笑い声を上げた。
「警告はしたよ……アイシクル・ランス‼」
エンティは強化魔術を自分にできる最大限まで付与していた。
そして、全てが悪い方向に重なってしまう。
見た目には今まで使っていた魔術と変わらなかった事。
それを相手が油断して、普段と変わらない形で処理しようとした事。
どれか一つでも違っていたら、最悪の結果にはならなかった。
「大口を叩いて、結局馬鹿の一つ覚え……ば、馬鹿な!?」
複数の氷の槍が、男達の全身を貫いていた。
それだけで済めば良かったかもしれないが、手足が千切れ飛んだりと見るに見かねる状況だった。そして、傷口だけではなく全身が凍り付いている。
どう見ても、助かるような状況ではない。
「僕は、警告したはずだよ」
エンティは男達に背を向ける。覚悟はしていたこととはいえ、実際に目の前で死んでいくのを見届けることができなかった。
「手を、抜いていたとでも」
信じられない、というように息も絶え絶えで男は口にする。
「いや、全力だったよ。あなた達を殺さない範囲では、だけど」
エンティは振り向かずに答えた。
「仕事とはいえ、何人も殺してきた。これも、報いか」
それが最後の言葉になった。
「終わった、よ」
エンティは無理に笑顔を作ろうとしたが、上手くいかなかった。
「エンティ、お前」
ドランはどう言葉をかけていいのかわからず、それ以上何も言えなかった。
「大丈夫だよ、僕は。みんなの命と彼らの命、天秤にかけるまでもない」
エンティは何とか平静を保とうとするが、声が震えているのが自分でもわかった。
「エンティ、無理しないでいいのよ」
そんなエンティを、フィルイアルがそっと抱きしめる。
「フィル?」
「手を下していない私が言っていいことじゃないけど……あなたが殺したんじゃない。私達が殺したのよ。だから、あなた一人で背負わないで」
「泣いて、いるの。どうして、君が」
フィルイアルが涙を流しているのを見て、エンティはそう言った。
「一番泣きたいはずのあなたが泣けないから、私が代わりに泣くの」
フィルイアルの腕に力が籠められる。
「確かに、今の僕は普通じゃないんだろうね。君にこんなことをされても、全然動揺しないんだから」
「馬鹿」
エンティはフィルイアルを安心させようと軽口を叩いたが、フィルイアルはそれを一蹴した。
「やっぱ、あんたは王様になるべきじゃないわ。優しすぎるもの」
エリスは二人に近付くと、フィルイアルの肩に手を置いた。
「そうかも、しれないわね」
フィルイアルは弱弱しい笑顔を見せていた。




