不死者
「そういえば、気になってたんだけど」
目的地に向かう道すがら、エリスが口を開いた。
「何かしら」
「あんたが王宮を出たのは、大体一か月くらい前よね。それなのに、もうランクCまで上がってるのはおかしくない?」
「信じてもらえるかわからないけど、私達はベレスを退治しているの。その関係だと思うわ」
エリスの疑問に、フィルイアルはそう答える。
「ベレスって、あのベレスよね。よく新人がそんな依頼受けられたわね」
フィルイアルは最初ベレスに対して知識はなかったが、エリスは知っていたようだった。
「別の依頼を受けていたら、偶然遭遇したのよ。本当に、よく倒せたと今でも思うわ」
フィルイアルはベレスと遭遇した時のことを思い出して、小さく首を振った。エンティが機転を利かせてくれたからどうにかなったものの、それがなかったらこうして生きていられなかったに違いない。
「あんたがそんな嘘を言うとも思えないし、それは事実なのでしょうね。もしかしたら、相当の当たりを引いたのかもしれないわね」
「もちろんよ、期待してくれていいわ」
エリスの言葉を受けて、フィルイアルは大きく胸を張った。
「しっかし、相変わらず小さいわね。それだけ胸を張っても、全然目立たないんだもの」
そんなフィルイアルに、エリスはからかうように言う。
「あなた、言っていい事と悪い事があるわよ」
やはり胸のことは気にしているのか、フィルイアルはエリスに詰め寄った。
「それくらいの弱点くらい持ってくれないと、あんたは全てにおいて完璧過ぎるわ。もっとも、それが欠点になるかどうかは相手次第だけど」
「私が完璧っていうのも、あなたの主観よね」
エリスがそう言うのを聞いて、フィルイアルはそれを否定する。
「そうね。でも、あんたはどう思うかしら、エンティ」
すると、エリスはエンティに話を振った。
「どうして僕に話を振るのかい」
「ん、何となく、あんたが一番フィルの事わかっているような気がしてね。ミアは除いて、だけど」
「確かに、君の言う通りかもしれないね。傍から見たフィルは、本当に隙が無い。でも、それはフィルの一面に過ぎないよ」
「へぇ……良かったじゃん、姫様じゃないあんたを見てくれる人がいて」
エンティがそう言うと、エリスは意味ありげにフィルイアルを見る。
「そうね」
フィルイアルは思うところがあったのか、一言だけ答えた。
「それで、エリス。不死者の弱点は火でいいのかな」
目的地が近くなったこともあって、エンティは再度不死者について確認する。事前に説明は受けていたが、如何せん初めて戦う相手だ。用心するに越したことはない。
「そうね。死体が動いているわけだから、痛みも感じないし脅しても通じない。燃やしてしまうのが一番ね」
「ということだから、当てにしているよ、ドラン」
そう言われて、エンティはドランに話を振った。
「あまり当てにされても困るんだがな」
「君は火属性だからね、当てにさせてもらうよ」
不死者に火が有効という話を聞いて、エンティはドランの魔術を中心に戦うことに決めていた。フィルイアルにも剣にかける魔術は雷でなく火にするように話してあった。
「まあ、お前がそういうなら俺も頑張るしかねえな」
そうこうしているうちに、目的地に着いたようだった。
大き目の洞窟で、前にゴブリンを退治した時のことを思い起こさせる。
「着いたわね」
それまで少しふざけていたような雰囲気もあったエリスだが、さすがに真剣になっていた。
「情報を信用するのなら、不死者を操っているのは二人。一人で操れるのは数人が限界だから、多くても十人程度が相手になるわ。でも、あたしはこの情報を完全に信用できない。だから、もっと数がいる前提でお願いするわ」
エリスはエンティにそう言った。
「わかった。じゃ、気付かれないように行こうか」
エンティがそう言うと、全員は一斉に頷いた。
足音を立てないように洞窟の中に入っていく。
「思ったよりも、明るいわね」
フィルイアルは洞窟内の見通しが良かったことに、思わずそう呟いた。
「これでも、生きている人間が住んでいるわ。少しでも住みやすくするのは当然よ。おかげで、こうして楽に進めるけど」
それを受けて、エリスはそう言った。
一際明るくなった所で、人の気配があった。
物陰に隠れて中の様子を窺うと、二人の姿が確認できた。もっとも、奥の方に他の誰かがいる可能性は高い。
「ミア、行けるかい」
エンティはミアに目をやった。
ミアは小さく頷くと、一気に中に踏み込んだ。
「な、何だお前は!?」
不意を突かれたせいか、片方の男は何もできなかった。
ミアの剣がその男の頭上を捉えようとしたその時。地面から何かが飛び出してきてその剣を受け止めた。
「おいおい、いくら不意を突かれたからって、情けねえぞ」
もう一人が呆れたように言う。
いつの間にか、ミアの周囲を生気のない顔をした人間が取り囲んでいた。
ミアは迷うことなく剣を振るったが、生気のない人間は全く動じなかった。斬られた痛みすら感じていないことからして、これが不死者なのだろう。
「良い腕してるな、嬢ちゃん。だが、不死者相手に剣なんか無意味だよ」
その様子を見て、男が馬鹿にするように言った。
「確かに、剣は効かないみたいね。でも」
ミアは奥の方に目線をやった。
「ファイアランス‼」
奥の方から炎の槍が幾本も飛んできて、それが不死者を焼き尽くす。
「魔術、だと。他にも仲間がいたのか」
「ご名答」
ドランは右手に炎を宿らせながら姿を現した。
「くそっ、誰の差し金だ」
慌てたように男は不死者を地面から呼び出した。
「聖女エリスの名の元に命じます。投降しなさい」
エリスは姿を現さずに、奥の方からそう叫んだ。戦う技術のないエリスは隠れていた方がいいとエンティが判断したからだ。
「聖女、だと。くっ、教会の連中がここを嗅ぎ付けるとは」
男は舌打ちして周囲を見渡した。
「お生憎様。聖女様は私達がしっかりと守るから、あなた達では届かないわよ」
「な、何だその剣は」
フィルイアルが持つ剣に炎が燃え盛っているのを見て、男は驚愕する。
「不死者に剣が効かないのなら、こうやって処理するのが最適でしょう」
フィルイアルは手近にいた不死者に斬りつけた。不死者は上下で真っ二つに分かれると、そのまま燃え上がって灰になった。
「対策は完璧、ってことかよ。だがな」
男が指を上に上げると、地面から再び不死者が姿を現した。
「ここには少なくとも百体の死体がいる。それを全部捌くなんてこと、お前達にできるかな」
「それはさすがに骨が折れるね……フレイムアロー‼」
エンティは新しく現れた不死者に、指先から五本の炎の矢を放った。数体の不死者はそれだけで燃え上がって灰になる。
「だが、魔術を詠唱する隙さえ与えなければ……」
エンティとドランが次の魔術を放とうとするを妨害するように、不死者が襲い掛かる。
「甘いわね」
フィルイアルとミアがそれぞれ、エンティとドランを守るように剣を振るった。
「ドラン」
「おう」
「ファイアストーム‼」
エンティがドランに合図を送ると、二人は同時大きな炎を不死者にぶつけた。
「小賢しい、だが……ど、どうしたんだ。まだ死体は残っているはずだ」
不死者を呼び出しても出てこないことに、男は狼狽していた。
「浄化は完了したわ。ご苦労様」
今まで隠れていたエリスが、ゆっくりと姿を現した。
「お前が、聖女か」
一人だけ修道服を着ているエリスを見て、男はそう言った。
「一応、ね。で、どうすんの。素直に降参するなら命までは……」
「はっ、俺達は教会の禁忌を犯した。そんな俺達を生かしておくわけがないだろう」
エリスがそう言いかけると、男は鼻で笑うように言う。
「どうするの」
「一応、情報を吐いてもらいたいわね」
「ミア」
フィルイアルがミアに声をかけると、ミアは剣を振るった。
「ぐっ……」
「がっ……」
ミアに剣で打ち付けられて、男達は気絶する。
「相変わらず、惚れ惚れするような剣技ね。縛り上げておいて、後は教会に任せることにするわ」
それを見て、エリスは感嘆の声を上げた。
「眩しいわね」
洞窟の外に出ると、フィルイアルがそう声を上げる。洞窟の中は比較的明るかったとはいえ、それでも外に比べれば明るくはなかった。
「思っていたよりも、簡単に終わったわね。情報も正確だったし……あたしを消すつもりじゃなかったのかしら」
予想よりも簡単に片付いたことに、エリスは疑念を抱いていた。何かしらの妨害が入ることも想定していたが、それすらなかった。
「甘く見られていた……」
そこで、エリスの言葉が止まる。
その視線の先には、帯剣した人間が二人いた。
「ほう、よもや無事に戻ってくるとは。殺されていてくれれば、手間が省けたものを」
帯剣した男達はエリスの姿を見ると、一斉に抜刀する。
「あたしがここで殺されればそれでよし、万が一生き延びたらここで始末する、と。二段構えとは恐れ入ったわ」
「エリス、ここまで来て……」
「逃げろ、なんて言わないわ。最後まで、運命を共にしてもらうわよ、フィル」
フィルイアルの言葉を遮るように、エリスははっきりと言い切った。
「おいおい、どこの冒険者か知らんが、運が悪かったな。聖女を殺したなんて事実を知っている奴を逃がすわけないだろうが」
男は馬鹿にするように言う。
「皆殺しだ」
そして、剥き出しの殺意をこちらに向けてきた。




