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聖女

「あなた達は、今日からランクCよ。おめでとう、と言うべきかしら」


 受付でアリシアにそう言われて、四人は顔を見合わせた。


「いや、ランクCって……私達、そこまで大きな依頼を受けた覚えは」

「確かにそうね。でも、誰も受けないような地味な依頼でも積極的に受けて、なおかつ気味が悪いくらいに依頼者からの評判も良い。少なくとも、結成して一か月のクランができることじゃないわ」


 フィルイアルが疑問を口にすると、アリシアは少し難しい顔をしていた。

 どんな小さい仕事でも、いや、小さい仕事だからこそ手を抜いたらすぐにわかる。だから、他の冒険者が手を抜くような仕事でも丁寧にやるべきだ。

 ドランにそう提案されて、四人はどんな仕事でも丁寧に行っていた。

 そのせいか依頼人が驚くようなこともあったが、信頼を得ることができたとも言える。


「依頼者の大半が、またあなた達にお願いしたい、なんて言ってくるし……私もこの仕事長いけど、こんなことはそうあるものじゃないわ」


 アリシアはふっと息を吐いた。


「一応、褒められているってことでいいのでしょうか」


 フィルイアルはアリシアの態度を見て、どう評価されているのは判断しかねていた。

 言葉だけを聞けば褒められているようだが、アリシアの態度からはとてもそうとは感じられなかった。


「一応は、ね。でも、ギルドとしてはあなた達ほどの実力者が小さい仕事ばかりしているのは、あまり歓迎できることではないわ。だから」


 アリシアは一枚の依頼書を差し出した。


「せい……」


 フィルイアルがそう口にしかけると、アリシアは自分の唇に人差し指を当てる。


「あなた達には、この依頼を受けてもらうわ。向こうの要求が妙なものだったから、該当するクランが見つからなくて困っていたの。でも、あなた達なら偶然にもこの条件に当てはまっているわね」


 フィルイアルは依頼書を受け取ると、三人に目を通すように促した。

 聖女エリスよりの依頼。

 極秘裏に行動するため、ランクの高いクランではなく高くてもC程度を希望。ただし、依頼内容は困難が予想されるため相応の実力を求む。


「何だこりゃ? こんな無茶な依頼、普通なら通らねえぞ」


 ドランの言うように、依頼内容だけを見ると相当な無茶振りをしているのは一目瞭然だった。


「姉さん」


 ミアが困惑したようにフィルイアルに話しかける。


「そうね、私達が知っているあの子が依頼主なら、こんな無茶は言わないはずだわ。同名の別人かしら。でも、せ……と、これは口にしたらまずいわね」


 それを受けて、フィルイアルは小声でミアに囁いた。

 フィルイアルもまた、この内容が信じられなかった。自分と知り合いの聖女は、こんな無茶なことを要求してくるような人間ではなかった。


「どうしたの、二人共」


 フィルイアルとミアの様子があからさまにおかしかったので、エンティはそう聞いた。


「こんな依頼内容を見れば、おかしいと思うのも無理はないわね。でも、あなた達が適任なのもまた事実よ。もっとも、無理に受けろとは言わないけど」

「いえ、受けます」

「そう、助かるわ」


 フィルイアルが即答すると、アリシアは笑みを浮かべる。


「おい、フィル。こんな怪しい依頼……」

「あなたがそう言うのもわかるわ、ドラン。でも、確認しないといけないことがあるの」

「そこまで言うなら、な」


 フィルイアルが真剣な表情だったこともあって、ドランはそれ以上食い下がることをしなかった。


「話はまとまったかしら。依頼人が依頼人だから、ギルドの客室で待たせているわ」


 アリシアはギルドの二階を指差した。


「わかりました」


 フィルイアルはそう返事すると、速足で二階に向かう。ミアもそれに続いて二階に向かった。


「ちょっと、二人共?」


 エンティは慌てて二人を追いかけた。


「ありゃ、何か隠してるな」


 ドランは二人が何かを隠していると感じたが、依頼人に会えばわかると後を追いかける。



「あら、もう依頼を受けてくれるクランが見つかったのかしら」


 フィルイアルが客室のドアをノックすると、落ち着いた声が返ってきた。


「姉さん、わたしが先に」


 客室に入ろうとしたフィルイアルを、ミアは右手を出して制した。


「ミア!? どうしてあんたがこんな所に」


 ミアが客室に入ると、依頼人が驚いた声を上げる。


「やっぱり、あなただったのね。エリス」


 続いて部屋に入ったフィルイアルは、依頼人の姿を見てそう言った。


「フィル!? あんたまで、どうなってんのよ、これは」


 フィルイアルまでがいるとは思わなかったのか、エリスは驚いて目を白黒させていた。


「いや、それは僕が聞きたいんだけど」

「簡単なことだ。この三人、知り合いってことだろ」

「ああ、そういう……って、聖女と知り合いって」

「あんた、仲間にきちんと説明してなかったの。本当に、そういうとこは」


 エンティとドランのやり取りを見て、エリスは呆れたように言う。


「極秘裏の依頼を出しておいて、よく言うわね。説明したくても、できなかったのよ」

「そうだったわね。とりあえず、皆さんは座って落ち着いてもらえるかしら」


 エリスがそう言うので、四人は空いているソファーに座った。


「そちらのお二方は初めまして。あたしはエリス。一応、聖女をやらせてもらってるわ」


 四人が座ったのを見て、エリスはエンティとドランに挨拶をする。


「ご丁寧にどうも。俺はドラン。そして、こっちはエンティだ」

「よろしく」


 それを受けて、二人も挨拶を返した。


「あんたは見聞を広めるために各地を回る、って聞いてたけど」

「冒険者になる、なんて言ったら反対されるでしょう。だから、それは表向きの理由よ」

「そりゃ反対されるでしょうよ。でも、私の要求はランクC程度で相応の実力者。あんた達が、それを満たしているとは……ミアもいるならそこは問題なし、か」


 エリスは値踏みするように四人を見ていたが、ミアの所で視線を止めると納得したように頷いた。


「それで、こんな無茶な要求をしてまで何をさせたいのかしら」

「……不死者の浄化」


 フィルイアルの問いに、エリスは一言だけ答えた。


「どういうこと」

「不死者は名前の通り、人間の死体を無理矢理に蘇生……というか、動かしている。そして、それを隠れて行っている組織の存在が判明した」

「なら、冒険者ギルドなんかに依頼しないで、王宮で対応するべきところでしょう」


 それを聞いて、フィルイアルは驚きつつもそう言った。こんなことが表面化すれば大騒ぎになることは間違いない。だが、王宮で対応すれば秘密裏かつ大規模に行動することも難しくはないはずだ。


「騎士団とかを動かすと目立つ、というのが表向きの理由ね」


 エリスはどこかやりきれないような表情をしていた。


「表向きの? まるで、本当の理由がわかっているみたいな言い方ね」

「お偉い様は、あたしが聖女なのが気に入らないのよ。私が身分の低い貴族でありながら、聖女になったことを良く思っていない。だから、これを利用してあたしを消すつもりね」

「これは国の一大事よ。そんなこと、お父様やお兄様が許すはずが……」

「あなたが思っているほど、あの二人も完璧ではない、ってことよ。確かに国王や皇太子は有能だわ。でも、全てのことをこなせるわけじゃない」


 フィルイアルがそう言いかけると、エリスはそれを遮った。


「そんな。あなたは、それを黙って受け入れるっていうの」

「仕方ないわ。あんたが王宮にいてくれれば、少しは違ったかもしれないけど。まさか、王宮を出て好き勝手やっているとはね」


 皮肉なのか、エリスの口調が少し鋭くなっていた。


「エリス、姉さんは好き勝手するために王宮を出たわけじゃない」


 それを咎めるように、ミアが口を開いた。


「わかっているわよ、それくらい。あんたは王宮で好き勝手やっていたけど、無責任じゃなかった。そんなあんたが王宮を出たのは、余程の理由があったんでしょうね」


 エリスは大きく仰け反ると、力なく笑った。


「お兄様の代わりに、私を国王にしようという動きがあったの。だから、あのまま私が残っていたら、最悪国が二つに割れていたわ」

「はぁ、そりゃ王宮出るしかないわ。でも、おかげで最後にあんたに会えた。この依頼、断っていいわ。あんた達まで巻き添えにしたくない」


 フィルイアルが説明すると、エリスは小さく首を振った。


「あら、私達も随分甘く見られたものね。そこまで頼りなく見えるのかしら」


 そんなエリスに、フィルイアルはすっと顔を近付けた。


「だって、どう考えてもあんた達じゃ役不足よ。あたしは友達に死んでくれなんて言えない」

「聖女様はこう仰っているけど、どうかしら、エンティ」


 そこで、フィルイアルはエンティに振り返った。


「どうして僕に聞くのかな」

「あら、あなたがうちのクランの指揮担当じゃない」

「僕は不死者に対して知識はないから、詳しく教えてくれますか、聖女様」


 フィルイアルに言われて、エンティはエリスに具体的な説明を求めた。


「エリスでいいわ。不死者だけなら、あたしが無力化できる。でも、それには時間がかかるから、その間守ってもらわないと」

「ということは、僕達は君を守りながら不死者と戦うってことか。操っている人間を倒した方が早いような気がするけど」

「それをすると、不死者が好き勝手に暴れるから一長一短ね」

「でも、操っている人間を狙えば、自分の身を守るために不死者を動かすんじゃないかな」

「フィルが当てにするだけのことはあるわね」


 エンティが自分の考えを説明すると、エリスは感心したように言う。


「なら、少しは僕達のことを信用してもらえたのかな」

「そう、ね。当てにしても、いいかしら」

「もちろん」


 少し震える声で言うエリスに、エンティは大きく頷いて見せた。

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