洗礼と八つ当たり
「エンティ、よもやお前が冒険者になるとは思わなかったな」
ギルドで依頼を探していると、クラースが声をかけてきた。
「あ、先生。僕も冒険者になるとは考えていませんでしたが、彼女に誘われまして」
エンティは近くにいたフィルイアルの方にすっと手を出した。
「なるほど、そういうことか。それにしても、だ。最近できたクランで新人とは思えない活躍をしているクランがあると聞いているが……お前達だろうな」
「えっ、確かに最近クランを結成しましたけど。そこまで大きな依頼はこなしていませんよ」
クラースにそう言われて、エンティは小首を傾げる。確かに最近結成したクランはエンティ達くらいだろうが、そこまで大きな依頼をこなした覚えがなかった。
「この前、街を襲ってきた賊四人を二人で生け捕りにした、と聞いているが。そんなことができる新人は、お前達くらいしか心当たりがないが」
「先生には敵いませんね」
どこでそんな情報を入手しているのか、と思いつつエンティは小さく首を振る。クラースは面倒臭がりな雰囲気を出しているが、その実かなり几帳面でもあった。
「今回は生け捕りで正解だった。組織だった犯行かもしれんし、他に仲間がいるか洗い出す必要もあるからな。だが、冒険者というのは時として相手を殺す必要に迫られることもある……お前に、その覚悟はあるのか」
クラースがいつになく真剣な表情で、エンティにそう言った。
「……それ、は」
今までそんなことを考えたことすらなかっただけに、エンティはすぐに答えることができなかった。
先の依頼の賊だけでなく、フィルイアルを襲った暗殺者も結果的に殺すことはなかった。
「まあ、今すぐ答える必要はない。人を殺すということは、そうそうあることでもないからな。だが、仲間の命と相手の命。どちらかを天秤にかけることが絶対にない、とは言い切れない」
「みんなの命と、相手の命……」
エンティは強く拳を握りしめていた。そういう機会がないにこしたことはないが、そういった選択を迫られることになったとしたら。
その時に、どういった行動を取るのか断言することができなかった。
「人間は、少なからず何かの命を糧にして生きている。悪人を殺すことも、その延長線上にあると考えればいい。もちろん、そう簡単に割り切れれば苦労はないが」
クラースは悩んでいるエンティの肩を軽く叩いた。
「はい」
エンティはそれだけしか言えなかった。今すぐ答えを出す必要はないだろうが、その時が来たら覚悟を決めないといけないのだろう。
「クラース、待たせたわね」
まるで会話が終わることを見計らったかのように、シャハラがギルドに入ってくる。
「ん? 二人共難しい顔してどうしたの」
二人のただならぬ様子を察してか、シャハラがそう聞いてきた。
「いや、エンティが冒険者になったようでな。それで、少し助言をしていた」
「へぇ、あなたが冒険者ね……ってことは」
クラースの言葉を聞いて、シャハラは周囲を見渡した。
「あっ、あなた。久しぶりね」
そして、ミアを見つけると声をかける。
「シャハラさん」
「あら、私の名前を覚えていてくれたのね。嬉しいわ。そういえば、あなたの名前はまだ聞いていなかったわね」
「ミア、です」
シャハラに名前を聞かれて、ミアは自分の名前を教えた。
「ここにいるってことは、あなたも冒険者になったのね。で、クラースの教え子の彼とクランを結成したってことでいいのかしら」
「はい」
「そう、残念ね。私はうちのクランにあなたをスカウトしたかったのだけど」
シャハラは冗談とも本気とも取れるような口調で言う。
「うちのメンバーを口説くのは、止めてもらえませんか」
それを聞いていたフィルイアルが、やんわりとした口調で割って入った。
「姉さん、シャハラさんも本気じゃない」
「姉さん? あなた達は幼馴染なのかしら」
姉さん、という言葉にシャハラが反応した。
「はい」
「……この世界は、幼馴染が仲良しこよしでやっていけるほど、甘い世界じゃないわよ」
ミアがそう答えると、シャハラの表情が一変した。
「それくらい、わかっています。私も、生半可な覚悟で冒険者になろうと考えたわけではありませんから」
戸惑ったようなミアに代わって、フィルイアルがきっぱりと言い切った。
「そう。なら、その覚悟を見せてくれるかしら」
シャハラは外を指差した。
「わかりました」
フィルイアルはそれを受けて、ギルドの外に出る。
シャハラも後を追うようにギルドの外に出た。
「先生、シャハラさんどうしたんでしょうか。言っていることは間違っていないですけど、あそこまでする必要もないような」
シャハラの様子がただならぬこともあって、エンティは疑念を抱いていた。
「ミア、だったか。あの子」
クラースはミアを指差した。
「はい」
「あいつ、あの子のこと気に入っていたからな。機会があれば、うちのクランに入れたいとも言っていたくらいだ」
「でも、先生のクランはランクBですよね。ミアは新人だからランクEですよ。それは無理があるんじゃ」
クラースにそう言われて、エンティは驚いていた。シャハラがミアのことを気にかけているのは感じていたが、自分のクランに入れたい程だったとは思ってもいなかった。
「あの子はランクCくらいの実力はあるだろう。うちに入っても十分にやっていける実力はあると見ているが」
「ミアならやれるかもしれませんが……ってことは、八つ当たり、ですか?」
そこで、シャハラの言動の理由に気付いてエンティはクラースの顔を見た。
「恐らくは、な。だが、あいつがあそこまでするのはあの子だからこそ、だな」
クラースは苦笑しつつも、シャハラを擁護するようなことを口にする。
「というか、二人を追いかけないと。どうなるかわかりませんよ」
「別に殺し合いになるわけでもないと思うが。まあ、あっちのお嬢ちゃんはミアに比べると一段落ちるようだからな。下手をすると一方的な展開になりかねん」
クラースがそう言うのを聞いて、ミアが慌てたようにギルドを飛び出した。
「大丈夫でしょうか」
「問題はない、と言いたいが……頭に血が上っているから、少し心配だな」
二人は顔を見合わせると、ミアを追いかけるようにギルドを出た。
「思っていたよりは、できるようね」
フィルイアルが剣を構えるのを見て、シャハラは少し意外そうな顔になっていた。
「一応、ミアとは同じ人に師事していましたので」
「ミアの才能を目の当たりにしても、剣を捨てなかったその心意気だけは認めてあげるわ。でも」
シャハラは剣を抜くと、剣先をフィルイアルに向ける。
「それだけでやっていけるとは、思わないことね」
シャハラは大きく踏み込むと、勢い良く剣を叩きつけた。以前ミアと対峙した時とは違って、全く技量を感じさせない力任せの一撃だった。
「随分と甘く見られたものですね」
フィルイアルはシャハラが自分をミアよりも格下に見ていると感じたが、同時にそれを利用することも考えていた。
まともに受け止めるのも困難だと察して、シャハラの剣を受け止めることはせずに大きく飛び退いてそれをかわした。
「どこまで、それが続けられるかしら」
シャハラはフィルイアルを追い詰めるかのように剣を振るう。
最初は力任せの一撃だったが、徐々に正確に、そしてかわすことができないような太刀筋になっていった。
「さすがに、これを続けるのは無理があるわね」
フィルイアルはミアがやっていたように、シャハラの剣をまともに受け止めない。
「同門なだけはあるわね」
ミアよりは劣るものの、自分の剣をフィルイアルが受け流したことにシャハラは感心したように言った。
「でも、あなたは受けるだけで精一杯のようね。それが、あなたの限界だわ」
「そうですね。私はあなたに一撃すら打てていない」
「それにしては、全然諦めたような感じがないわね……気に入らないわ」
一方的な展開にも関わらず、フィルイアルが全く諦めてない様子を見て、シャハラはいくらか苛立ったような表情になっていた。
「なら、これを受け止められるかしら」
シャハラは腰を深く落とす。
「私相手にそれを使いますか」
それを見て、フィルイアルは挑発するような口調で言った。
「身の程を思い知りなさい」
シャハラはフィルイアルに横薙ぎで剣を振るった。並の人間なら、反応どころか目視することすら困難な一撃だった。
「⁉」
自分の剣をまともに受け止められて、シャハラは困惑していた。
「私は、ミアとは違いますから」
フィルイアルの剣には雷が宿っていた。
「剣に魔法を付与するなんて……あなた、魔術師としての心得があったのね」
予想すらできなかった方法で自分の剣を防がれたことに、シャハラは驚きの声を上げていた。
「私は剣を使っても魔術を使っても一流には及びません。ですから、こうしました」
「でも、それは魔術で剣に攻撃するようなものよ。そんな使い方をしたら、毎回剣を替えないといけないわ」
一瞬でその本質を見抜いたのか、シャハラはそう指摘した。
「大丈夫ですよ。これは、絶対に砕けない剣ですから」
シャハラの指摘に対して、フィルイアルはミアの方に視線をやった。
それを受けて、ミアは小さく頷いた。
「そう。手間を取らせたわね」
シャハラは剣を納めると、その場を立ち去って行く。
「すまんな、迷惑をかけた。おい、シャハラ」
その様子を見て、クラースはエンティに一言詫びるとシャハラを追いかける。
「姉さん、大丈夫」
ミアが心配するようにフィルイアルに駆け寄った。
「大丈夫、と言いたいけど」
フィルイアルは持っていた剣を地面に落としてしまう。
「何なのよ、あの人。少し受けただけで手が痺れてこの有様よ」
「でも、あの人とあれだけやれるのなら、もう姉さんは十分やれる」
ミアは落ちた剣を拾い上げると、手が痺れて動かないフィルイアルの代わりに鞘に納めた。
「ありがとう、ミア」
ミアに褒められたこともあってか、フィルイアルは笑顔を浮かべていた。




