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改心と依頼

「僕にどういったご用件でしょうか」


 どうして今になって、という疑念を抱きつつエンティは言った。


「ここでは話しにくいこともあるから、場所を変えてもいいかしら」


 フィルイアルはさして表情も変えないで、まるで命令するかのように言う。王族らしく、普段から人に命令するのには慣れているようだった。


「姫様、ここでは言い難いと言いますが、人前では言えないようなことですか」


 エンティが口を開くより先に、ドランがすっと立ち上がった。


「あなたには関係のないことよ」

「確かにそうですね。でも、あなたが権力を使ってこいつを不当に学院から追い出さないとは限りませんよね」

「私を見くびらないで欲しいわね。そんな低俗なことはしないわよ」

「口では何とも言えますよね」


 二人が言い争うのを見て、エンティはどうしたものかと考える。そこでふと思い立って、ミアの方に目をやった。

 ミアはエンティの視線に気付いたのか、大丈夫だというように小さく頷いた。


「ドラン、いいよ。君まで巻き込んでしまうから」


 それを確認して、エンティはドランの腕をそっと掴んで首を振った。


「だけどよ」


 ドランは納得できないような顔をする。


「大丈夫だよ。多分、最悪なことにはならないから。では姫様、場所を変えましょうか」

「まあ、お前がそう言うなら」


 エンティが自信ありげに言うので、ドランは渋々ながらも引き下がった。


「話が早くて助かるわ。では、行きましょうか」


 フィルイアルは先導するように歩き出す。

 エンティは落ち着いた足取りでそれを追いかけた。


「この辺りでいいかしらね」


 校舎の外に出たあたりで、フィルイアルは足を止めた。


「そうですね。僕達以外に誰かがいそうな感じもないですし」


 エンティは周囲を見渡した。


「そうね。回りくどい言い方は止めるわ。あれから、あなたに言われたことをずっと考えていたわ。あんなことを言われたのは初めてだったし、私に意見をする人なんてほとんどいなかったから」


 フィルイアルはすっとエンティに近付くと、真っ直ぐに見据えてきた。


「それで、用件は」


 フィルイアルに見据えられて、エンティは一瞬ドキリとしてしまった。どうにかそれを抑えてそれだけ言った。


「お父様にお願いして、私への援助を打ち切ってもらったわ」

「は?」


 その言葉が理解できず、エンティは目が点になっていた。


「だから、あなたに言われた通り、私の我儘で国民の税金を使うのは止めたの」

「えっと、頭が付いてこないんですけど……まさか、本当に僕の言うようにしたんですか」

「そうよ、文句あるかしら」


 エンティが困惑したように言うと、フィルイアルは拗ねたように横を向いた。


「いや、まあ……確かに、僕が言ったことですし、文句はありませんけど」


 フィルイアルがこんな行動に出たことが信じられなくて、エンティはしどろもどろになっていた。


「それで、あなたに頼みがあるんだけど」

「頼み、ですか」


 不意にそんなことを言われて、エンティは思わず怪訝な表情になっていた。 

 

「そんな怪訝な顔をしないでもらえるかしら。それほど難しいことを頼むつもりはないわ」


 そんなエンティを見てか、フィルイアルは安心させるかのように笑顔を作った。

 エンティはその笑顔を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。


「私に仕事を紹介して頂戴」

「え?」


 フィルイアルの言葉に、エンティは素っ頓狂な声を上げていた。


「今までの話の流れでわからないかしら。私はお金がないの。だから、私に仕事を紹介してもらえないかしら」


 フィルイアルは小さく息をつくと、もう一度仕事を紹介してほしいと口にした。


「お金がないのはわかりましたが、どうして僕が仕事を紹介しないといけないのですか。それこそ、姫様ならいくらでも伝手があるでしょう」


 フィルイアルの現状は何とか理解したが、それでエンティが仕事を紹介する流れになるのかわからなかった。


「私の伝手を使えば、それは私の我儘で国の権力を使うことになるでしょう。それをしたら、お父様から援助されているのとあまり変わらないわ」

「まあ、言っていることはわかりますが」

「でも、それ以外の伝手なんて私にはないわ。あなたの言う通りにしてこうなったのだから、それくらいしても罰は当たらないと思うけど」


 フィルイアルは高圧的ではないものの、有無を言わさない口調で言った。


「でも、どうして僕の言うようにしたんです。一平民の言うことなんか、聞き流せば良かったのではないですか」


 エンティはフィルイアルがどうしてそんなことをしたのか気になっていた。


「さっきも言ったでしょう。私はあなたに言われたことを考えて、あなたの言うことがもっともだと思ったの。それに、ミアにもあなたに言われたことを良く考えてください、って言われたわ」

「あの人が、そんなことを」

「ミアは、私の機嫌を損ねたら自分の家が危なくなると思っていたから、ずっと私に意見ができなかった、と前置きした上であなたに言われたことを良く考えてくださいって。本当に、私は周りにどう思われていたのかしらね」


 そこで、フィルイアルはふっと苦笑した。


「ミアは私が直接取り立てたのだから、少し言われたくらいで遠ざけたりすることはないのに。でも、ミアにそんなことを思わせてしまった私に責任はあるわ。それもあって、今までの行動を顧みただけよ」

「そうでしたか。ミアさんのことは信頼しているんですね」


 エンティは納得して頷いた。自分の言葉だけでフィルイアルが考えを改めるとは考えにくいが、自分が取り立てた人間にも言われたのなら、話は違ってくる。


「そうね。王宮の人間は誰もかれも一筋縄ではいかないような輩がほとんどよ。だから、ミアは数少ない信頼できる相手だったんだけど……私は、ミアにすら信頼されないようなことをしていたのね」


 フィルイアルの表情は沈んでいた。


「姫様……」


 フィルイアルのことを最初は傲慢とも思っていただけに、エンティはかける言葉が見つからなかった。


「でも、あなたのおかげで過ちに気付けたわ。ミアとも、これから信頼関係を築いていけばいい。まだやり直すには遅くないもの」

「ミアさんは、姫様のことを大事に思っていると思います。だから、やり直すことは難しくないと思いますよ」


 ミアの様子からもこの程度で信頼が揺らぐとは思えなかったが、フィルイアルの様子がいたたまれなくなって思わずそう言っていた。


「……ありがとう。あなた、優しいのね」


 フィルイアルは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔でそう言った。


「い、いえ」


 エンティは小さく答えると、僅かに首を振った。フィルイアルが可愛いこともあって、その笑顔を直視できなかった。


「それで、私ができるような仕事はないかしら。恥ずかしい話だけど、あなたくらいしか頼れる人がいないのも事実なのよね」


 その笑顔のまま、フィルイアルは聞いてくる。


「ですが、俺にもそんな伝手……」


 そこで、エンティはハンナが人手が足りないと言っていたことを思い出した。確か、接客してくれる人が足りないって言っていたような……

 いや、姫様にそんなことさせられないよね。

 一瞬、フィルイアルが接客をしているのを想像してしまい、エンティは大きく首を振った。


「その様子だと、何か当てがあるようね」

「い、いえ。そんなことは」


 フィルイアルに詰め寄られて、エンティは慌てて視線を逸らした。


「この際贅沢は言わないわよ。いずれにしても、王宮は出るつもりなんだから。それの予行演習だと思うことにするわ」

「わかりました。僕が働いている酒場で人を募集していましたから、そこを紹介します。でも、本当にいいんですか」


 フィルイアルの意思が固いこともあって、エンティは小さく息をついた。


「もちろんよ。私を甘く見ないでもらいたいわね」

「では、案内しますね」


 今度はエンティが案内する形になって、二人は酒場へと歩き出した。

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