孤児院からの依頼
「あ、孤児院の依頼か……せっかくだし、どんな感じになったのか見ておこうかな」
エンティは何気なく依頼を見ていて、孤児院からの依頼を見つけていた。魔術学院に入ってから一度も戻ったことはなかったが、フィルイアルの計らいで待遇がかなり改善されている。
今なら、エンティが戻っても嫌味を言うような人間もいないだろう。
「いや、この依頼おかしいだろ。普通ギルドに子供の面倒見てくれ、なんて依頼なんかしねえぞ」
だが、ドランは依頼内容を見てかなり怪しんでいた。
「あ、内容までは確認してなかったけど、言われてみればそうだね。確かに、わざわざギルドに依頼するようなことでもないか」
ドランに言われて、エンティは改めて依頼の内容を確認する。てっきり、孤児院の周囲に厄介な魔物でも出たのかとばかり思っていたが、確かに子供の面倒を見てくれという依頼だった。
「あら、その依頼を受けてくれるのかしら」
二人の背後から、そんな声が聞こえてきた。
「アリシアさん、わざわざこっちに来るなんて暇なんですか」
ドランはアリシアの姿を確認すると、少しばかり失礼とも取れるような言葉を口にする。
「そうね。今はあなた達しかいないし、暇と言えば暇かしら」
普通なら怒るところだろうが、アリシアはさらりと受け流した。ドランもそういうことを言っていい相手とそうでない相手くらいは判別できるだろうから、何気ない日常的な会話とさして変わらないのかもしれない。
「その依頼は誰も受けてくれなくてちょっと困ってたのよね。正直、あなた達が受けるような依頼でもないけれど、受けてくれるならありがたいわ」
「いえ、今は色々と事情があって二人で活動していますから。あまり難しい依頼を受けたくないんですよ」
「ああ、確かそんなことを言っていたわね。まあ、そちらにはそちらの事情があるから、深くは追求しないけど。そろそろ、あなた達には難易度の高い依頼を受けてもらいたいものね」
「はは、善処します」
アリシアの皮肉めいた言葉を、ドランは笑って受け流した。
「なら、今回はこの依頼を受けますね」
「よろしく頼むわよ」
エンティは依頼書を手に取ると、アリシアに手渡した。
「フィル、子供の相手なんて本当に大丈夫かい。正直、フィルが思っているよりも大変だよ」
「そこは、まあ頑張るわ」
依頼の内容的に、今回はエンティ一人で受ける予定だった。
だが、この話をしたところフィルイアルが一緒に行くと言い出していた。
「それに、孤児院がきちんと機能しているのか確認しておきたいの」
「君のことを知っている人が、いたりしたらまずいんじゃないかな」
「それは問題ないわ。私の顔を知っている人間は、基本的に王宮の人間よ。王宮の人間が地方の孤児院に行きたがるわけがないもの」
「そういうことなら、いいけど」
エンティは納得たわけではなかったが、フィルイアルが一度決めたらそれを変えさせるのが難しいことも良く分かっている。
ミアも『たまには息抜きしたらいい』と言っていたし、鍛錬の休暇という意味では悪くないかもしれない。
「久々に帰ってきたけど……少し、建物が綺麗になったような」
自分がいた頃よりも建物が綺麗になっているような気がして、エンティはそう呟いた。
「痛んでいた部分を修理したのかもしれないわね」
「ああ、言われてみれば、あちこち痛んでいた記憶があるよ」
フィルイアルに言われて、エンティは孤児院にいた頃を思い出していた。床に穴が開いているのは当たり前で、雨漏りもしょっちゅうだった。
「懐かしんでいないで、仕事をするわよ」
フィルイアルは孤児院の入り口の扉を叩く。
「はい、どういったご用件ですか」
しばらくすると、二十代後半くらいの女性が顔を出した。エンティが全く知らない相手だったので、孤児院の関係者は全員変わっているのだろう。
「ギルドから依頼を受けてきました」
「……あなた達が、ですか」
フィルイアルがそう言うと、女性は二人をまじまじと見る。二人が孤児院の年長の子供とさして変わらない年齢に見えるせいか、本当にギルドから来たのかと疑っているようだった。
「こちら、ギルドからの証明です」
エンティはギルドの証明書を見せる。
「これは失礼しました。ではよろしくお願いします」
それを見て納得したのか、女性は二人に中に入るように促した。
「どうしてギルドに子供の面倒を見るなんて依頼を出したのですか」
「恥ずかしい話ですが、この孤児院では不正が行われていました。その関係で、数ヵ月に一度、職員が数人ほど王都に報告に行くことになっていまして」
「それで、今は人手が足りない、と」
「そういうことです。以前は王都から人が派遣されていたのですが、この地域に馴染んだ方がいいということもあって、ギルドに依頼することになりました」
「そうでしたか」
エンティは納得したように頷いた。
「地域に馴染む、ですか。それは国からの支援だけでなく、地域からも支援をしてもらいたいと」
フィルイアルは理解できない、という表情をしていた。以前の孤児院は国からの支援を横流ししていたが、今はそうではない。地域の支援が必要とは思えなかった。
「支援、というと少し語弊がありますね。ここの子供達も、いずれはここから出て行く必要があります。その時に受け皿になってくれる所がなければ、意味がありません」
「……つまり、ここの存在を周知してもらう必要がある、ということですか」
フィルイアルは女性の言葉を頭の中で整理すると、そう言った。
「そういうことです。今日は小さい子供達のお世話をしてもらおうと思っていましたので、年が近いあなた達が来たのはありがたいですね」
女性はふっと微笑むと、二人を子供達のいる部屋に案内する。
「今日はこのお二人が、みんなのお世話をしてくれます。失礼のないように」
「はーい」
女性がそう言うと、子供達は元気よく返事をした。
「では、お願いしますね」
他にも仕事があるのか、女性は一礼して部屋から出て行った。
「でも、お世話って何をすればいいのかしら」
特に説明されなかったこともあって、フィルイアルは困った顔をしていた。
「まあ、向こうから何かしらお願いしてくるから、それに応えればいいんじゃないかな」
「あ、お兄ちゃん?」
子供の一人がエンティに気付いてそう声を上げた。
それに呼応するように、子供達がエンティを取り囲む。
「久しぶりだね、みんな。元気でやっていたかい」
「お兄ちゃんが出て行ってから、ここの先生達がみんな変わったんだ」
「それで、前みたいに朝から晩まで働かなくてもよくなって、ご飯も普通に食べられるんだよ」
「それに、勉強も教えてくれる」
子供達は口々にそんなことを言い出した。
「うん、それは知っているよ。この前、コレットに会って話を聞いたからね」
「コレットはお兄ちゃん大好きだったからなぁ。今日お兄ちゃんが来たって知ったら、凄く残念がるだろうな」
エンティがコレットの名前を出すと、子供の一人がそう言った。
「コレットはここを出て行ったのかい」
それを聞いて、エンティは疑問を抱いていた。コレットは自分よりも年下だから、どこかで働くことは難しい。
「あいつ、お兄ちゃんが大好き過ぎて魔術学院に行ったんだよ」
「えっ、コレットも魔術の資質があったのかい」
さすがにこれにはエンティも驚かされていた。魔術の資質があるかどうかは、外見からではわからない。まさか、コレットが魔術師を目指しているとは思ってもみなかった。
「そういや、隣にいる人は……もしかして、彼女か」
「うわ、コレットが知ったら泣くぞこれ」
「でも、こんな美人さんが相手じゃ……コレットには悪いけど」
今度は子供達の興味がフィルイアルの方に向いてしまう。
「ちょ、ちょっと。今僕は冒険者をやっていてね。彼女は僕のクランの仲間だよ。別に彼女っていうわけでもないよ」
エンティは慌ててそれを否定した。ちらりとフィルイアルの方を見やるが、怒っているように見受けられずに安堵する。
「そりゃそうか、いくら何でも釣り合わないもんな」
「言われてみれば、そうね」
「確かにそういう関係ではないけれど……私の仲間を貶めるようなことは、止めてくれないかしら」
フィルイアルは笑顔だったが、その言葉には有無を言わさない圧力があった。
それを敏感に感じ取ったのか、子供達が黙り込んだ。
「フィル、子供相手にやり過ぎだよ」
「確かに、大人げなかったわ。みんな、ごめんね」
フィルイアルはかがみこんで子供達と目線を合わせると、今度は穏やかな笑顔でそう言う。
「う、うん」
「はは、今日は僕と彼女……フィルが君達の世話をするから、よろしく」
「お兄ちゃん、今日はたくさん遊んでね」
どうにか場が収まって、エンティは安堵していた。
同時に、やっぱり一人で来た方が良かったかもしれないと、内心でそう思っていた




