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二人での依頼

「まさか、ミアがあんなことを言い出すなんて思わなかったよ」


 エンティは隣にいるドランにそう話しかけた。


「まあな。おかげでしばらくは二人だけで仕事することになったしな。もっとも、おかげでギルドに嫌な顔されずにすんだわけだが」


 ドランはエンティの方と僅かに見やってからそう答える。


「今の姉さんは、前衛を務めるには心許ない」


 依頼を受ける少し前、ミアが不意にそんなことを言った。


「いくらミアの言葉でも、ちょっと聞き捨てならないわね。確かに剣の技量はミアの方が上よ。でも、私だってそれなりには……」

「短剣で前衛をやるつもり? そもそも、姉さんの短剣は自衛の技術」


 反論しかけたフィルイアルを黙らせるように、ミアは畳み掛けた。


「それは、そうだけど」

「だから、これ」


 口ごもったフィルイアルに、ミアは一振りの剣を差し出した。


「私に、これを使えっていうの」

「わたしの剣も、きちんとした物に打ち直してもらった。その時に“絶対に砕けない剣”を一緒に打ってもらった。これが、その剣」

「あのへそ曲がりが、よく二振りも剣を打ってくれたわね」


 フィルイアルは剣を受け取ると、少し鞘から抜いてそれを確認する。

 その物言いからして、剣を打った鍛冶師のことを知っているようだった。


「その剣なら、魔術を付与しても砕けない。でも、今の姉さんは剣を使うには不十分」

「それで、私にどうしろと言うの」

「わたしが姉さんを鍛える。姉さんも基礎はできているから、一週間くらいでいい。だから、その間は」


 そこで、ミアはエンティとドランの方を見やった。


「わかった。その間は俺達二人で依頼をこなす。それでいいか」


 ドランが答えると、ミアは小さく頷いた。


「僕の目からすると、フィルも相当にやれるんだけどね。ミアからすると、やっぱり物足りないのかな」

「かもしれんな。初日なんか、平然としていたミアに対してフィルはくたくたになってたからな」


 毎日疲労困憊になって戻ってくるフィルイアルを見て、二人は心配にはなっていた。だが、フィルイアル本人が弱音を吐かないのだから、口出しするのは野暮だとも思っていた。


「今回の依頼は熊退治だったかな。熊が出てくるような気配すらないけど」


 エンティは今回の依頼を改めて確認する。

 熊に家畜が襲われたから何とかしてくれ、というのが今回の依頼だった。現場で熊を待ち構えて一時間は経つが、一向に出てくる気配すらなかった。


「基本熊は山に籠って人里には降りてこないもんだが。まあ、被害が出ている以上また来る可能性は高いな」

「そうなのかい」


 熊の生態に全く詳しくなかったこともあって、エンティはそう聞いていた。


「あいつらは、一度覚えた味は忘れないって話だ。だから、農場の家畜が喰われた以上、また襲いにくるのは間違いないな」

「ってことは、もし人間が喰われたら?」


 あまり想像したくはなかったが、エンティはそんなことを口にしてしまう。


「ああ、人食い熊の出来上がりだ。だから、一回でも人里に降りてきた熊は絶対に処分する必要がある」


 ドランの答えを聞いて、エンティは固唾を飲んでいた。

 魔物の中にも人を喰うものがいるかはわからないが、熊に喰われるとなると生きたまま喰われることになる。

 それは想像を絶する苦痛だろうと思うと、身震いしそうにもなっていた。


「はは、まあベレスに比べりゃ楽な相手だし、何より複数の可能性はないからな。俺とお前が遅れを取るような相手じゃない」


 エンティが緊張したのを察したのか、ドランは大したことはないというように言った。


「そうだね」

「それに、熊の肉って意外と旨いらしいぜ」

「熊の肉が食べられるのかい?」

「若いのに、随分と詳しいもんだね」


 二人の会話に、今回の依頼人が割って入ってきた。


「まだ出ないようだね。もう少し待っても出ないなら、今日は終わりにしてくれてもいいよ。しかし、君達は武器を持っていないようだが、まさか熊と素手でやり合うつもりかい」

「俺らは魔術師なんで、武器は必要ないですよ」

「ほう、魔術師か。話には聞いているが、実際に出会ったのは初めてだよ。ということは、頭だけを狙ったりとかはできるのかな」


 依頼人は物珍しそうな顔をしていたが、何かを思いついたようでそんなことを聞いてくる。


「頭だけ、ですか。そうなると……」


 それを聞いて、ドランはエンティの方に視線をやった。


「まさか、僕に丸投げするつもりかい」

「俺は火属性だからな。やるなら全身丸焼きにして焼き殺すくらいしかできねえぞ」

「ったく。それで、頭を潰せばいいのか、それとも胴体から切り離せばいいのか。それとも、他にどうしたらいいか、ってのはありますか」


 エンティは苦笑しつつも、依頼人にそう聞いた。


「おっ、できるのかい。剣士とかだと、ズタズタに切り裂いて何も残らないなんてことも当たり前だからな。頭だけやってくれれば、残りは肉に毛皮にちょっとした小銭稼ぎになる。もし上手くいったら、その分報酬に色をつけるから、やってくれないか」

「善処しましょう」

「お、やってくれるか……」


 軽い調子で喋っていた依頼人の言葉が止まった。


「く、熊だ」


 依頼人が指差す方を見ると、熊がこちらに向かってきているのが見えた。


「じゃ、ここからは俺達の仕事ですので」


 ドランがそう言うと、依頼人は頷いた。


「って、思っていたより足が速いね。もうこんなに近くに来ているよ」


 エンティは熊の近付いてくる速度を人間と同程度と考えていたので、予想外の速度に驚かされていた。


「ま、それでも一頭だけだ。慌てずに処理すればいいな。で、やれそうか」

「止まってくれてるなら、簡単にやれるとは思うけど。さすがに動いている相手だと頭を狙うのは難しいかな」

「なら、俺が足止めをするから、その間にやってくれ」


 二人は簡単にやることを確認すると、熊との距離を詰める。

 熊は二人に気付くと、一旦足を止めた。

 エンティは改めて熊の様子を観察する。四つ足なことを踏まえても、人間よりは明らかに大きいのがわかる。

 首元が隠れていることから首を切り落とすよりは、頭を貫いた方が良さそうに思えた。


「頭を貫いた方が良さそうだね……アイス……って」


 エンティが氷の針を作り出そうとすると、熊が突然立ち上がった。眉間を狙うつもりだったのだが、目標の位置が大きくずれてしまっていた。

 熊は大きく手を振り上げると、二人に向けて振り下ろす。


「ファイアウォール!!」


 ドランが熊の目の前に炎の壁を作り出した。

 突如として現れた炎の壁に、熊は戸惑ったように動きを止めていた。


「エンティ」

「この状況なら、首を切り落とした方が良いか……ウインドカッター!!」


 エンティは敢えて炎の壁を貫通させる形で風の刃を放った。

 炎の壁を切り裂くように現れた風の刃に、熊は全く反応できなかった。

 熊の頭は胴体と切り離されて地面に落ちる。

 間をおいて首を失った胴体がその場に倒れ込んだ。


「助かったよ、ドラン」

「お前こそ、流石だな」


 二人は拳を作ると、いつものように軽く突き合せた。


「君達、すごいね」


 熊が倒れたのを確認したのか、依頼人が駆け寄ってきた。


「どうですかね」

「これは……いいね。肉も毛皮も存分に使えそうだ。そうだ、せっかくだから君達に熊肉を御馳走しよう」

「いいんですか」

「これだけの肉があるなら、君達二人に御馳走したところで変わらないよ。それに、君達は冒険者だから、熊肉が旨いと宣伝してくれると助かるな」

「ちゃっかりしてますね。なら、ご相伴に与るとしましょうか」


 依頼人がそう言うのを聞いて、ドランは思わず笑っていた。


「熊肉か、どんな味がするんだろう」


 エンティは未知の味に一人期待を膨らませていた。

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