始動
「あの、私達クランを結成したいのですけど」
フィルイアルが受付の女性に声をかけると、受付の女性は手慣れた様子で書類とペンを差し出した。
「ではこちらの書類に必要事項をお願いします」
「ありがとう」
フィルイアルは書類とペンを受け取ると、三人が待っているテーブルに向かう。
「えっと、まずは所属メンバーの名前ね……って、クランの名称なんてのも決めるの?」
書類の内容を確認すると、フィルイアルは面倒そうに口にした。
「クランの名称、か。確かに、そう思いつくようなものじゃないよね」
エンティも同意するように言った。
「そりゃ、個人で活動するわけじゃなくなるからな。ま、それはおいおい考えるとして、だ。先に書ける所は書いた方がいいな」
「そうね」
ドランに言われて、フィルイアルは慣れた手つきで書類に記載していく。
「手慣れてるね。王宮でも、そういったことをしてたのかな」
「将来必要になるかもしれないから、って無理に練習させられたのよ。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったけど」
喋りながらも、フィルイアルの手は止まらなかった。その様子からしても、相当な修練を積んできていることが伺えた。
だが、流暢だったその手が止まった。
「姉さん?」
その様子に、ミアが何事かと書類を覗き込んだ。
「代表者も決めなきゃいけないのね。色々決めることがあって、面倒よね。でも、誰がやれば……」
「それは、もう決まっているよね」
フィルイアルの言葉を遮って、エンティはそう言った。
「まあ、そうだな」
「確かに」
それを受けて、ドランとミアも頷いた。
「あら、それは誰?」
そんな三人に、フィルイアルはそう聞いた。
「君以外の、誰がやるんだい」
「えっ、私? 私はミアほどの剣技もないし、エンティのような機転もない。それに、知識や交渉ではドランに及ばないわ。そんな私が代表者なんて」
エンティに言われて、フィルイアルは困ったような表情になっていた。
「このメンバーを集めたのは、他の誰でもない君だよ。君がやらないのは無責任じゃないかな」
「そういうことだ。俺達は、フィルに付いていくって決めたわけだし。そこの責任は取ってもらわないとな」
「姉さん、これはみんなの総意だから」
三人に続け様に言われて、フィルイアルは小さく息を吐いた。
「全くもう、あなた達は。でも、そこまで言われたら断れないじゃない」
そして、代表者の欄に自分の名前を記入する。
「後はクランの名称ね。でも、どんな名前がいいのかしら」
「大体、自分達の目標とかメンバーの特徴とかを名称にすることが多いな」
「そうなの。なら、私達は……」
ドランの言葉に、フィルイアルは考え込んだ。
「私達は、どんな活動をしていくべきなのかしら」
ふっと思い立ったように、そう続けた。
「上を目指すのもありだとは思うぜ。この面子なら、Aランク……はちょっと厳しいかもしれんけど、Bランクくらいなら十分にやれると思う」
ドランがそう言うのを聞いて、エンティは意外に感じていた。確かに上を目指すことはできるかもしれないが、この面々はそういったことに向いていないようにも思っていた。
「でも、それって私達の肌に合わないような気がしない」
エンティの内心を代弁するかのように、フィルイアルがそう言う。
「確かに、な。なりふり構わず上を目指すってのは、俺達には合わんかもしれん」
「私、二年間この街で過ごして、この街が好きになったの。だから、この街の人達の役に立つような、そんな冒険者になりたいって、そう思っているわ」
「なるほど。そうなると、地域密着型の冒険者を目指すということになるか。まあ、それも悪くはないんだが……」
ドランはそこで、難しい顔になっていた。
「何か問題があるの」
「依頼にも色々あるからな。討伐系の依頼だけじゃなく、農作業や隊商の護衛、他にはちょっと個人的なものもあったりするんだが。そういった小さい依頼は、実力が劣る冒険者が受けるもんなんだよ。俺らがやると、ギルドが良い顔しないような気がしてならん」
「でも、誰もやらないなら引き受けてもいいんじゃない」
「まあ、そうなんだがな。そこは状況を見てやればいいか。と、随分話が逸れたが、クランの名称を決めないといけないか」
「そうね」
そこで、四人はしばらく考え込んだ。
「僕達はどんな仕事でもこなしていく、か。なら、オールワーカーって、ところかな」
エンティは何となく思いついたことを口にする。
「また安直な。まあ、それくらいでいいのかもしれんな」
「なら、それで決定にしましょう」
「えっ、本気かい。適当に口にしたんだけど」
本当に何気なく口にした名称に決まりそうになって、エンティは慌てて手を振った。
「それくらいでいいんだよ。それに、ここで悩んでいても始まらないしな」
「そうね」
エンティが止める間もなく、フィルイアルは書類を書き終えていた。
「さ、提出しましょう」
「まあ、仕方ないか」
ここで反論しても覆らないと感じ、エンティはなすがままになっていた。
「書類、書き終えました」
「はい、それでは確認しますね」
受付の女性に書類を提出すると、女性は不備がないかしっかりと確認しているようだった。
「特に不備はないようですね。後、あなた達は学生の頃にかなりの数の依頼をこなしているようですが……」
そこで、やや申し訳なさそうに言葉を切った。
「何か問題が」
「いえ、学生の頃に受けた依頼は、基本的にランクの上昇に関与しないんです。学生さんは必ず冒険者になるとは限りませんので、こういう処置になっています」
「別に構いませんよ。必要に迫られて依頼を受けていただけですから。それに、これから依頼を受けてランクを上げていけばいいだけですし」
「そう言ってもらえると助かります。しかし、あなた達は学生とは思えないほど依頼をこなして……」
四人が過去に受けていた依頼を確認していた受付の女性の言葉が止まった。
「ベ、ベレスを? しかも、最初の依頼で想定外に遭遇したのを、退治、したって」
受付の女性の声が震えているのを見て、四人は互いに顔を見合わせていた。
「しょ、少々お待ちください」
慌てたように立ち上がると、奥の方へと駆けて行った。
「面倒なことにならないといいけど」
「新人が下手に目立つと足を引っ張られかねんからな。ここは穏便に済ませてもらいたいが」
「あら、やっぱりあなた達だったのね」
奥からやってきたのはアリシアだった。
「あ、アリシアさん。どうしましょうか」
落ち着いているアリシアに対して、最初の受付の女性はかなり慌てているようにも見えた。
「そうね。学生の時に受けた依頼は基本的に考慮しない。本来なら最低のEランクからスタート。これはどんな冒険者でも変わらないわね。でも、ベレスを退治したのにそれではちょっと報われないわ」
「いや、別に私達は……」
「それでは、こちらも困るのよ。そもそも、あのベレスはイレギュラーだった。それを考えると、やはり最低ランクからのスタート、というわけにはいかないわ」
Eランクでも構わない、とフィルイアルは言おうとしたがアリシアに遮られた。
「あなた達は、ランクDからのスタートでいいわ」
「あ、アリシアさん」
それが異例のことだというのは、受付の女性の驚き方からしてもよくわかった。
「本当なら、ランクCでもいいくらいよ。さすがに、結成したばかりのクランがCランクというのはそれはそれで問題になりそうだから、ここらがちょうど良い落としどころね」
だが、アリシアはきっぱりとそう言い切った。
「あの、いいんですか。あなたが独断で決めてしまっても」
アリシアが勝手に決めてしまったように見えて、フィルイアルはそう聞いていた。
「問題ないわ。あれから私も出世したから、ある程度なら私の独断で決められるの」
「そうですか」
「あなた達には期待しているわ。このギルドにはBランクのクランは幾つかあるけど、あなた達ならそれに匹敵すると思っているもの」
「はは、期待に応えられるように頑張ります」
先程のやり取りで無理に上を目指さない、と話していたこともあってフィルイアルは愛想笑いを浮かべていた。
「でも、無理はしないこと。いいわね」
「はい」
アリシアに念を押されるように言われたので、フィルイアルはしっかりと頷いた。




