門出
エンティが学院の外に向かうと、校門にフィルイアルが立っていた。
「姫様」
それはある程度予想できていたこともあって、エンティは当然のことのように受け止める。
「結論は出たのかしら」
フィルイアルはエンティの姿を確認すると、そう聞いてきた。その瞳はどこか不安に揺れているかのようにも見えた。
「ええ」
エンティはゆっくりと頷いた。
「そう、なら答えを聞かせてちょうだい」
「少し……いえ、かなり迷いましたが。姫様と一緒にやっていこうと思います」
「ありがとう」
エンティの返事を聞いて、フィルイアルは安堵したような表情を見せた。
「君のことだから、僕の返答は予想できていたんじゃないかな」
それが意外だったこともあって、エンティは思わずそう口にしていた。
「あなたは私を選んでくれる、そう信じてはいたけど……あの子も魅力的な子だし、何より冒険者よりも貴族に仕える方が安定している。だから、不安がなかったわけじゃないのよ」
フィルイアルは胸元にそっと手を当てると、穏やかな笑みを浮かべる。
「そう、だね。僕も最後の最後まで迷ったよ。リズはどこか放っておけないというか、手助けしたくなる雰囲気を持っていたから。でも、君と一緒に行くことが、僕のやりたいことにも繋がっている。そう思ったから、僕は君と一緒に行くことにしたんだ」
「あなたは私でもあの子でもなくて、自分のやりたいことを選んだのね」
フィルイアルの言葉こそ責めるようなものだったが、口調からは全くそういったものは感じられなかった。
「そういうことになるかな」
だから、エンティは特に悪びれたりすることもなく言った。
「そう言ってくれると、助かるわ。私が無理強いしたんじゃないかって、少し気にしていたから」
「君は意外にそういうことを気にするね。でも、あくまで僕が選んだ道だから、そういったことは気にしなくていいのに」
「そうね」
「じゃ、行こうか。正直、二人だけだと心もとないところもあるけど」
「待って」
ギルドに向かおうとしたエンティを、フィルイアルが止めた。
「どうしたんだい?」
「もう一人、誘っているの。こちらは半々くらいだとは思っているけど」
「もう一人? それに、半々くらいって」
フィルイアルにもう一人いると言われて、エンティはそれがミアだろうと当たりをつけていた。だが、ミアがフィルイアルの誘いを断るとも思えなかったので、半々という言葉が引っかかっていた。
「よう、お二人さん」
だが、エンティの予想に反して姿を現したのはドランだった。
「ドラン、答えを聞かせてくれるかしら」
フィルイアルがそう言うので、エンティは驚いてフィルイアルの方を見る。もう一人がミアだとばかり思っていたので、ドランを誘っていたことは予想外だった。
「正直、あんたが俺を誘うってのが予想外だったよ。だけど、エンティも一緒みたいだし、実家に戻るよりもずっと面白そうだ」
「それは肯定と受け取っていいのかしら」
「あんた相手に回りくどいことしても仕方ないだろ」
「違いないわね。しばらくはこの三人でやっていくことになるけど、いいかしら」
フィルイアルがそう言うのを聞いて、エンティとドランは顔を見合わせた。
「ミアは?」
そして、同時にそう言っていた。
「やっぱり、それを聞くのね」
フィルイアルはふっと息を吐いた。
「本当は、ミアにも一緒に来て欲しいとずっと思っているわ。でも、私の我儘でミアを散々振り回して、とても迷惑をかけたって、そう思ってもいるの。だから、ミアにはこれからは自分のやりたいことをやってもらいたいから」
フィルイアルは小さく首を振った。
「それじゃ、仕方ねえな。と、なると、だ。俺の最初の仕事は前衛を探すことになるのか。さすがにこの三人だと、前衛を張ってくれるのがいないと苦しいしな」
「そうね。あなたの知識や交渉力、そういったことも当てにしているわ」
「確か、俺には魔術師としての戦力だけじゃなく、自分達がどういった方向を目指すのか、そういった大まかな指針を考えることも担当してもらいたい、ってことだったな」
「ええ。それは私にはできないことだから。頼めるかしら」
「今更野暮だな。そういったことも含めて、面白そうだと思ったから一緒に行くことにしたんだぜ。しかし、ミアほどの技量を持つ冒険者となると、探すのは難しいな」
「当てにしているわよ」
そこで、フィルイアルが意味ありげな笑みを浮かべていた。
「言ってくれるな」
それを受けて、ドランもニヤリと笑う。
「それと、エンティ。あなたには戦闘の時の指示をお願いしたいの」
「僕が」
思いもしなかったことを言われて、エンティはフィルイアルの真意を測りかねていた。
「ベレスに襲われた時、あなたの指示は的確だったわ。刺客に襲われた時も、あなたの機転で乗り切れた。だから、そういったことも込みで当てにしているわ」
「そういうことなら、了解したよ」
「それと、強化魔術だけど」
フィルイアルはそこで言葉を切った。
「存分に使えば、私達は上にいけるでしょうね。でも、それをするとあなたに頼りっきりになってしまうわ。だから、強化魔術は基本的に使わない方向でお願いできないかしら」
「君がそう言うのなら、僕に異論はないよ」
「でも、あなたが自分自身に使う分には問題ないし、ベレスのようなことが起こらないとは限らないわ。だから、あなたが必要だと思ったら、その時は遠慮なく使って」
「僕の判断でいいのかい」
「もちろんよ。だって、あなたが使い手なんだから」
「わかった」
そう言われて、エンティは頷いた。フィルイアルがそこまで考えていたとは思っていなかったが、自分だけに負担をかけずに全員でやっていこう、と考えていることには納得できた。
「話もまとまったし、ギルドに行くか。しかし、最低でも二人は探さないといけないか」
「私が前衛をやるつもりだから、最悪一人でも構わないわ」
「フィル、あんたが前衛を張るのか」
フィルイアルに言われて、ドランが疑念の眼差しでフィルイアルを見る。
「ああ、ドランは知らないのか。ミアほどじゃないけど、フィルもかなりの使い手だよ。だから、そこまで心配しなくてもいいよ」
「お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
「私の言葉じゃなくて、エンティが言うと納得するのね」
エンティの言葉でドランが納得したのを見て、フィルイアルが少し不満げな表情を見せた。
「いや、俺は実際にフィルが剣を使うのを見ていないからな。エンティは見てるんだろ」
「まあ、ね」
「そういうことだ」
「あなた達、本当に仲が良いのね」
フィルイアルは呆れたような、それでいて微笑ましいといったように言う。
「そろそろ、ギルドに着くな……って、おい」
ギルドの手前でドランの足が止まった。
「どうしたんだい……って」
エンティの足も止まる。
「二人共、どうした……ミア、どうして」
そこにミアがいたのを見て、フィルイアルは驚いて固まってしまう。
「わたしだけ仲間外れなんて、酷い」
三人の姿を確認すると、ミアがゆっくりとこちらに歩いてきた。
「ミア、あなたには、自分のやりたいことをしなさいって、そう言ったはずよ」
フィルイアルの言葉には責めるようなものが混じっていた。
「だから、ここに来た」
フィルイアルを真っ直ぐに見据えて、ミアはそう答える。
「本当に、それがあなた自身の意思なの」
「今更。それとも、わたしがいると邪魔?」
「そんなこと、あるわけないじゃない。でも、あなたは私に対する義務感とか……」
「そう思うのも、わかる。でも、わたしが出会ったのは姫様じゃなくて、お姉ちゃん。それは、今でも変わらない。お姉ちゃんと一緒にいたいと思うのは、おかしなことじゃない」
ミアはフィルイアルの言葉を遮ると、はっきりと言い切った。
「ミア!!」
それを聞いて、フィルイアルはミアに飛びついた。ミアがそれを真正面から受け止めると、二人は抱き合うような形になった。
「どれだけ、どれだけ、一緒に来て欲しいって、そう言いたかったか。でも、あなたには今までたくさん迷惑をかけて、これ以上は駄目だって、そう思ってた」
フィルイアルはミアの背中に腕を回すと、溜めていた想いを吐き出した。
「迷惑だなんて、一度も思ったことはない」
ミアはフィルイアルの肩にそっと手を置いた。
「おいおい、早速俺の仕事がなくなったぜ」
そんな二人を見て、ドランがやれやれというように首を振る。
「そう言う割には、嬉しそうじゃないか」
その言葉や態度が表情と全く一致していないのを見て、エンティはそう言った。
「そりゃそうだ。ミアほどの前衛を探すなんて、面倒この上ないからな」
「だろうね。それに、全く知らない相手よりも気心の知れるミアの方がいいよ。僕が指示を出すんだから、尚更にね」
「ま、これで収まるところに収まったわけか」
二人は顔を見合わせる。
「姉さん」
ミアはフィルイアルの両肩に手を置くと、そっと体を引き離した。
「ミア、当てにしているわよ」
「任せて」
ミアはフィルイアルの両肩から手を離すと、穏やかな笑みを浮かべていた。




