試験終了
「エンティ、遠慮はしなくていい。お前の全力を持って挑んでくるように」
ルベルは普段と変わらない口調だったが、どことなく威圧感のようなものを感じられた。
「はい」
それを感じて、エンティは知らず知らずのうちに右手に神経を集中させていた。
「そこまで気負わなくてもいい。だが、姫様よりは厳しくやらせてもらう。こんなようにな……アイシクル・ランス!」
ルベルが放った氷の槍が、エンティの目の前に降り注いだ。
「‼」
ルベルがアイシクル・ランスを放ったのを見て、エンティは目を見開いてた。
「まさか、模倣はお前だけの専売特許だとでも思っていたか。私とて、より良いものは自分でも使ってみようと思わないわけではない。だが、この術は便利過ぎるきらいがあるからな。お前が普段から使いたがらないのも理解できる」
驚くエンティに、ルベルはそう言った。
「術の本質まで見抜いていましたか」
ルベルが術の本質まで理解していたことに、エンティはそう返した。魔術学院で教員を務めるくらいだからこのくらいはできても当然なのだろうが、実際に目の当たりにすると驚きを隠せなかった。
「最初にこの術を模倣した時は、あいつに嫉妬したものだよ。同じ学生なのに、あいつは頭一つ、いや二つくらいは抜けていた。もっとも、おかげで今の私があるとも言えるな。何の因果か、あいつが手ほどきした弟子が私の生徒になった」
ルベルはそこで、エンティに視線をやった。
「よもや、属性を持たない魔術師だとは思いもしなかった。だが、お前はそれを克服するべく様々な工夫を重ね、他の生徒と遜色ない魔術師になっている。今にして思えば、あいつもそういった工夫をする魔術師だった。それを受け継いでいる、ということだな」
「僕は、自分にできることを必死になってやっていただけで」
ルベルが珍しくエンティを褒めるので、エンティは小さく首を振った。ルベルに限らず、フィルイアルやミア、それにドランやリズもエンティを高く評価するが、できることを必死になって取り組んでいただけで、今の自分があるのはその結果に過ぎない。
思えば、魔術学院に入るまで誰かに評価してもらうことが全くなかった。そのせいもあって、周囲から評価されることに慣れていないのかもしれない。
「と、余計な話をしてしまったな。お喋りはここまでにするか。先手はお前にやろう」
「わかりました。では、お言葉に甘えて……アイシクル・ランス‼」
ルベルに言われて、エンティは最初から全開で魔術を放った。もとより遥かに格上の相手。下手な小細工をするよりも自分の全力をぶつけるべきだと判断していた。
「その練度、お前が何回も模倣して自分のものにしたのがよくわかる。だが……フレイムウイップ!!」
ルベルは炎を手から伸ばすと、それを鞭のように振るった。
エンティが放った氷の槍は、炎の鞭で全て叩き落とされる。
「火は拡散しやすいが、こういった使い方をすればその特性を利用できる。今後の参考にするように」
「先生、今は試験で授業じゃありませんよ」
まるで授業をしているかのようなルベルの物言いに、エンティは思わず反論してしまう。
「そうだったな。だが、これで終わりというわけではあるまい」
ルベルは苦笑しつつも、全く余裕を崩していなかった。
ルベルとの実力差があることはわかっていたが、エンティは全力をこうもあっさりと返されるとは思ってもいなかった。
普通にやっているのなら、ほとんど攻め手がない。
だが、エンティには他の誰もが使っていない切り札がある。
それをここで使うべきかどうか、エンティは悩んでいた。
「お前が密かに強化魔術の使い方を模索していたことを、気付いていないと思ったか」
エンティの内心を見透かしたかのように、ルベルがそう言った。
「どうして、それを」
そう言われて、エンティは自分が迂闊だったと思わされる。
フィルイアルにも見抜かれていたから、ルベルが気付いている可能性は十分にあった。それを考慮してもっと慎重に動くべきだったかもしれない。
「まあ、普通なら気付かないだろうな。他の生徒が同じことをしていたら止めていたが、お前なら問題ないだろうと止めなかった。その成果を試すのなら、うってつけの機会だろう」
「……わかりました。ですが、僕もどこまでの威力が出るのかわかりません。ですので、全力で受け止めてください」
エンティが真剣に言うと、ルベルはゆっくりと頷いた。
「行きます……アイシクル・ランス!!」
「傍目には変わらないが……」
そこでルベルの表情が一変する。
「ブリザードストーム!!」
ルベルは氷の竜巻を巻き起こして、エンティが放った氷の槍を全て弾いた。ほぼ相殺する形になったが、氷の竜巻はいくらか残っていた。
「驚いたな。強化魔術を自分にかけるのではなく、魔術そのものにかけたのか。それなら身体に負担はかからないが……全く、言うは易く行うは難し、だな。放った魔術に強化魔術をかけるんど、簡単にできることではない」
ルベルは感心したように言う。
「いえ、強化した上での僕の全力を先生は簡単にいなしました。まだまだ実力差があることを痛感しますよ」
もしかしたら、ルベルの魔術を威力的に上回れるかもしれない、とも思っていただけにエンティは僅かに落胆していた。
だが、これも当然の結果だと受け入れる。
「刺客もこれで撃退したのか」
「いえ、ミアに強化を提案しましたが、制御しきれないと断られました」
「ということは、ミアや姫様もこのことは知っているわけか。まあ、それはこの際関係ないな。しかし、強化魔術を使えばここまで威力が上がるものか。正直、防ぎきれないかと思ったな」
ルベルはふっと息を吐いた。
「僕もどれだけの威力が出るのか、自分でも把握していませんでした。ここで始めて威力がわかったから、今後使う時の目安になりました」
以前ベレスに使った時は、無我夢中でどれだけの威力だったかとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
だが、格上のルベルを相手にしてほぼ互角の威力を出せるのなら、今後の鍛錬次第ではほとんどの魔術師を圧倒できる可能性もある。
そこまで考えて、エンティは軽く首を振った。
自分がやりたいことは、魔術師として大成することではない。誰かを助けられる人間になることだ。
「本当に、お前は優秀かつ面白い生徒だったな。今までにも優秀な生徒は数多く見てきたが、お前のような生徒を教えることは、もう二度とないだろう。いい経験になった」
ルベルは僅かに表情を崩していた・
「試験は、これで終わりとしよう。結果は、言うまでもないな」
「はい、ありがとうございました」
エンティはルベルに対して大きく頭を下げていた。




