試験本番
「ミア、どうしたのその恰好は」
ルベルがミアの担当魔術師を連れて行ってから、フィルイアルはミアに駆け寄った。その姿が他の生徒に比べて明らかにボロボロだったことに、思わずそう聞いていた。
「どうやら、彼はわたしのことを気にいらなかったようですね。わたしに魔術を詠唱する隙すら与えないように、立て続けに魔術を撃ってきました」
「そんなことを……」
ミアの返答に、フィルイアルは言葉を失ってしまう。王宮にいた頃から、ミアに対して当たりが強い貴族は多くいたが、よもや王宮の外、なおかつ魔術学院での試験という公平であるべき場でこのようなことを行う人間がいるとは思わなかった。
「だから、風魔術の剣を作って剣士として応戦しました。相手がその気なら、このくらいしても文句を言われる筋合いはないですよね」
ミアは意味ありげな笑みを浮かべると、やれやれといったように言った。
「あなたが剣士として振る舞えば、いくら王宮魔術師といえどもひとたまりもないでしょうね。さぞかし肝を冷やしたことかと思うわ。自業自得だから、同情はしないけど」
フィルイアルは仕方ない、というように首を振った。
「でも、魔術の剣を作るにしても時間はかかるよね。相手がそんな無茶をしてきたなら、そんな余裕はなかったんじゃ」
エンティは詠唱する時間すら与えられなかったのなら、魔術の剣を作る隙すらなかったのではないか、という疑念を抱いていた。
薪を割る程度なら一瞬で作り出せるが、剣くらいの大きさとなるとそれなりに時間がかかってしまう。ミアはボロボロになっていたが、その程度で済むとは思えなかった。
「あれから、わたしも練習した。剣がなくても、姫様を守れるように」
ミアはそう言うと、ほぼ一瞬で風の剣を作り出した。
「速い、ね」
その速さを見て、エンティは驚きの声をあげてしまう。教えた自分でもそこまで速く作り出すのは難しい。
「王宮魔術師に魔術で応戦したら到底敵わない。でも、剣士としてならいくらでもやりようはあるから」
ミアは軽く手を振って風の剣を消し去った。
「でも、あの剣幕からすると相当に追い詰めたようね。まあ、あれだけの醜態を晒せば王宮にも居場所はないでしょうけど」
フィルイアルは先程の様子を思い出して、呆れたように口にする。魔術学院からの依頼を受けたにも関わらず私情を優先させただけでも問題だが、それで返り討ちに遭ったのなら尚更だ。
「少し、脅し過ぎましたかね。相手の魔術をかわしながら懐に潜り込んでから、剣を喉元に突き付けて『これ以上やるなら、その首元を切り裂きますよ』と低い声で囁いただけですが」
ミアは大したことはしていない、というように笑った。
本当にそう思っているようだが、宮廷魔術師を追い詰めるとなると並大抵のことではない。
「あなたねぇ、簡単に言ってくれるけど宮廷魔術師相手にそこまで立ち回れるのは、あなたくらいよ。でも、無事……とは言い難いけど、大きな怪我もなくて良かったわ」
フィルイアルは呆れ半分、安堵半分といった表情になっていた。
「すまないな。こちらの処理は終わったから、試験を続けることにする」
そうこうしているうちに、ルベルが戻って来た。ミアとやり合った宮廷魔術師の姿が見えないことから、お払い箱にされたらしい。
「では、残っている生徒の試験を行う。わかっているとは思いますが」
ルベルはそこで言葉を切ると、宮廷魔術師の方に視線をやる。
「え、ええ。もちろんですよ。公平に試験をやらせてもらいます」
ルベルに気圧される形になって、宮廷魔術師の一人がどうにかそう答えた。
「わかっていただけたようで何よりです。と、試験官が一人減ってしまったか……エンティ、君の試験は私が行うとしよう」
「わかりました」
ルベルに指名されて、エンティは頷いた。
全く知らない宮廷魔術師を相手にするよりはいいが、ルベルはクラースに匹敵する魔術師だ。誰が相手でも試験で気を抜くつもりはなかったといえ、一層身が引き締まる思いがした。
「今回は姫様のこともあって、こういった試験方法にしたが……よもや、こんな問題が起こるとはな」
試験場に入るなり、ルベルは小さく息を吐いた。
「姫様のこと、というと……やっぱり、刺客を警戒してのことですか」
エンティは今回の試験が妙だったことに納得する。わざわざ宮廷魔術師を招いたり、ルベルが直々に試験をしたりと卒業試験とはいえ大掛かりだったのもそれが理由だろう。
「ああ。宮廷魔術師が姫様に害を成すとは思えないが、万が一ということもある。だから、姫様の試験は私が行うことで万全を期したつもりだったが、想定外のことも起こるものだな」
「ミアのこと、ですよね」
「私は王宮のことには疎いからな。ミアがあそこまでやっかまれているとは、予想すらしていなかった。だが、相手も一方的に蹂躙できると思っていたところによもやの逆襲をされるとは想定外だっただろう」
そこで、ルベルは意味ありげにエンティを見る。
「ミアの試験を担当した宮廷魔術師に話を聞いたが、ミアは風の魔術で剣を作りだしたそうだ。四人がかりとはいえ、先の刺客をどうやって撃退したのかと疑問を持っていたが、ミアが剣術を用いたのなら容易だったろう。で、風の魔術で剣を作る、なんていう発想はお前にしかできないことだろう」
そして、そう続けた。
「ええ。あの時はミアの剣術が必要だと、そう思いましたから。でもまさか、ミアがあそこまで風の剣を使いこなしているとは思いませんでしたけど」
それを受けて、エンティは小さく首を振った。ミアがあの時から全く鍛錬をしていなかったら、全く違う結果になっていただろう。だから、自分はあくまできっかけを作っただけに過ぎない、と思っていた。
「あの宮廷魔術師、あんなふざけた魔術があるかと激怒していたが。私が『魔術で作り出した剣とはいえ、魔術を使っていることに変わりはないでしょう。何か問題でも?』と詰めたら何も言い返せなくなっていたな」
「ミアに剣を使われた上で懐に入られたら、魔術師では手も足も出ませんからね。相当肝を冷やしたと思いますよ。もっとも、自業自得ですから同情はしませんけど」
「違いないな。さて、お喋りは終わりにしようか」
「最後に一つだけいいですか? どうして、先生が僕の試験を」
試験を始めようとするルベルに、エンティはずっと気になっていたことを聞いた。フィルイアルの試験をルベルが行うのはわかるが、わざわざ自分の試験を行う理由が思い当たらなかった。
「先程の魔術師にお帰り頂いたから、試験を行う人間が足りなくなった、というのが表向きの理由だが。宮廷魔術師がお前の試験を行った場合、もしかしたらお前を宮廷魔術師にスカウトするる可能性がある。だが、お前は属性がない。宮廷魔術師になってからそれが判明したら、色々と面倒なことになるだろう」
「僕が、宮廷魔術師にですか。さすがにそれは買い被り過ぎではありませんか。確かに、属性がない魔術師が宮廷魔術師になるのは難しいと思いますけど」
「それともう一つ、これが一番の理由だが。クラースの弟子でもあるお前の実力を、直に見たいという好奇心だよ」
ルベルはそう言うと、右手に氷を宿らせた。
「本気、ですか」
その様子からルベルが中途半端な手加減をするつもりがないと悟って、エンティは背筋が凍る思いだった。
だが、裏を返せばルベルがエンティをそこまで評価していることでもある。
「なら、僕も全力で応えさせてもらいます」
エンティもまた、右手に氷を宿らせていた。




