宮廷魔術師
「いよいよ試験当日、か」
進級試験を行った時と同じ場所に集められて、生徒達は互いに顔を見合わせていた。
今回は一対一での魔術勝負とのことだが、相手が誰になるのかは全く告げられていなかった。
「まさか、生徒同士でやり合え、なんて言うんじゃないだろうな」
「それはそれで面白そうではあるけど、普段の訓練とあまり変わらないよね」
「確かにな」
二人がそんな話をしていると、ルベルが試験場に姿を現した。そして、その後ろを複数の人間が付いてきている。
「誰だ?」
見知らぬ人間が試験場に来たこともあって、生徒達は疑念を抱いていた。また、その服装からもこの学院の教員でないことは明白だった。
「あれは……宮廷魔術師、よね」
だが、フィルイアルは彼らに見覚えがあったようで、隣にいるミアにそう問いかけた。
「恐らくは、ですが」
それを受けて、ミアは小さく頷く。
「姫様、お変わりないようで何よりです」
向こうもフィルイアルに気付いたようで、フィルイアルの前まで来ると一斉に頭を下げた。
「お陰様でね。あなた達も壮健なようで何よりだわ。でも、わざわざ学院に来るなんて、何かあったのかしら」
「ええ、それは」
フィルイアルの質問に、宮廷魔術師の一人がルベルに視線をやった。
「姫様、そこから先は私が説明しましょう」
ルベルがそう言うと、宮廷魔術師達はすっとルベルの後ろに下がる。
「薄々気付いているかもしれないが、今日の試験の相手は彼らに務めてもらうことになる」
「おいおい、いくら卒業試験でも、宮廷魔術師が相手なんて」
「普通に勝てるわけないじゃん」
ルベルが説明をすると、生徒達からそんな声が上がる。宮廷魔術師ともなれば、魔術師の中でもトップクラスの魔術師といっても過言ではない。
そんな魔術師を相手にして、まともにやり合うどころか一方的に丸め込まれるのは目に見えていた。
「勘違いしているようだが、彼らを相手に勝てと言っているわけではない。いくら諸君が優秀でも、宮廷魔術師を相手に勝てるとは思っていない。あくまで、試験の相手としてこれまでの訓練の成果を存分にぶつける相手として選んだ、と思ってくれればいい」
生徒達の動揺を抑えるように、ルベルはゆっくりと説明する。
「まさか、私が宮廷魔術師と魔術で競い合うことになるとは思わなかったわ」
「それを言うなら、わたしも、ですよ」
フィルイアルとミアは、互いに顔を見合わせるとゆっくりと首を振った。フィルイアルからすれば臣下、ミアからしても王宮に勤めていることから同僚に近い相手だ。
この場にいる生徒の中で、一番やりにくいと感じているのはこの二人だろう。
「ああ、姫様の相手は私になりますから、そこは気にしないで大丈夫です。さすがに宮廷魔術師の方も、姫様相手ではやりにくいでしょう」
ルベルがちらりと宮廷魔術師の方を見ると、宮廷魔術師達は苦笑していた。
「では、これから卒業試験を始める。一度に全員を行うことは無理だから、五人ずつに分けて行うことにする。そうだな、ミアから左にいる三人と姫様が最初に試験を行うことにする。姫様は私と一緒にこちらへ」
ルベルは近くの部屋の扉を指差した。
「はい、よろしくお願いします」
フィルイアルが返事をするのを合図にしたように、ルベルに指名された生徒達が動き出した。
「じゃ、行ってくるわね」
フィルイアルはエンティの方をちらりと見やると、軽く手を上げた。
「姫様、随分と落ち着いてますね」
「ここまで来たら、もう今までやってきたことを信じて全力を出すだけ、よ」
「違いありませんね」
フィルイアルがそう言うのを聞いて、エンティは頷いた。
そんなやり取りを見てか、ミアが一瞬こちらに視線を送る。特に言葉を発することはなかったが、ミアの言いたいことは何となくわかった。
「僕らは後半、か」
「まあ、順番には特に差異はねえんじゃねえか。本当に適当に指名した感じだったぜ」
最初の五人が試験場に入ったのを見て、エンティはドランに話しかけた。
「別にそこは気にしていないけど、まさか宮廷魔術師を試験官にするなんて思わなかったからさ。少し、いや、かなり驚かされたよ」
「そうだね。あたしもとても驚いたかな」
リズに背後から声をかけられて、エンティは振り返った。
「ああ、君も後半だったんだね」
「そうみたいだね。あたしとしては待たされるのは嫌だから、先にやりたかったんだけど」
「君らしいね。でも、今の君なら普段通りにやれば問題ないと思うよ」
「そこは、心配していないよ。君に教わったこと、ずっと続けてきたし」
リズは指先に小さな氷を作り出した。それは最初の頃からすると比較にならないほど圧縮されていて、リズがしっかりと鍛錬してきたことがはっきりとわかる。
「いくら氷は圧縮しやすいとはいえ、大したものですね」
それを見たドランが、感心したように言う。
「君は、ドランだったかな。あたしはリズ。別にそこまで身分が高い貴族でもないし、普通に接してくれていいよ」
ドランに声をかけられて、リズはエンティと同様に普通に接するように言った。
「そうかい。なら、お言葉に甘えさせてもらうとするか。俺は火属性だから、その手の圧縮はどうにも苦手でな。水や風でやればいいんだろうが、それでやっても難しい」
「圧縮することだけが、魔術の威力を上げる術じゃないよ。それは、君が一番良くわかっていると思うけど」
ドランの魔術は一度に複数を放ったり、あえて圧縮させずに意図的に拡散させたりしていた。エンティはそれを見た時に、そういった手法もあったかと意表を突かれていた。
「誰かさんのせいで、無駄に頭を使うことを覚えちまったからな。今じゃ、何も考えずに魔術を使うと物足りなく思えてくるぜ」
「あ、それわかる。最初はちょっと面倒だって思ったこともあったけど、色々と工夫して魔術の威力が上がってくると楽しくなるんだよね」
「君達は好き勝手言ってくれるね」
二人して好き勝手なことを言うので、エンティは小さく溜息をつく。
ほぼ初対面なのに打ち解けているドランとリズを見て、この二人は人の懐に入り込むのが上手いな、と思っていた。
「ま、軽い気持ちで学院に入ったが、何だかんだで楽しかったぜ。お前のおかげでな」
「もう卒業したかのような物言いだね。まだ試験は終わってないよ」
まるで卒業が決まったかのように言うドランに、エンティは釘を刺すように言った。
「そうなんだけどな。何ていうか、今を逃したらもう言う機会がないような気がしてな。もちろん、試験が終わるまで油断はできねえけど」
「あたしもエンティに教えてもらうようになってからは、楽しかったよ。もっと早く教えてもらえばよかったと思っているくらい」
「二人して……まあ、僕も楽しかったことは否定しないよ。最初の頃は、予想外のことがありすぎてどうなるかと思ったけど」
エンティは今までのことを思い出して、感傷的になりそうだった。
入学直後にフィルイアルと口論したり、その後は交流を持つことになったり。よもや平民の自分が国王と面会することになるとは予想すらできなかった。
「と、まだ試験は終わっていないからね。色々と思い出して感傷に浸るのはその後でもいいか」
試験がまだ終わっていないことを思い出して、エンティは気を引き締め直した。
そうこうしているうちに、試験が終わったのか生徒が一人、また一人と試験場から出てくる。宮廷魔術師を相手にしたこともあってか、どの生徒も疲れ切った顔をしていた。
「お、終わったみたいだな……って、相当きつかったようだな。少しばかり、不安になってくるぜ」
それを見て、ドランは試験内容が相当に厳しいものだったと推測していた。宮廷魔術師がどこまで本気だったかはわからないが、半端に手加減はしていないと察せられる。
「先生、少し厳しすぎじゃありませんか」
フィルイアルとルベルが試験場から出てきたが、疲労困憊といったフィルイアルに対して、ルベルはさして変わらない感じだった。
「姫様ならこれくらいはやれる、と判断してのことだが」
非難めいたフィルイアルの言葉に、ルベルは普段の授業と変わらない口調で答える。先程は宮廷魔術師の目がある手前、丁寧に接していたらしい。
「どういうことかね」
ミアと一緒に出てきた宮廷魔術師が、出てくるなりルベルに突っかかった。
「どうかしましたか?」
常人ならその剣幕に押されるところが、ルベルは慣れているのか至って平静だった。
「この学院は、あんなふざけた魔術を教えているのか」
「ふざけた魔術、ですか。そんなものを教えたつもりは毛頭ありませんが」
「あなたがわたしを意図的に試験に落とそうとした。だから、わたしはそれに抵抗しただけ」
言い争う二人に、ミアが割って入った。
「な、何を根拠に」
後ろめたさがあるのか、宮廷魔術師は一瞬たじろいだ。
「あなたも、身分の低いわたしが姫様の護衛を務めるのが気に入らない。それはそれで構わないけど、私情を試験に持ち込むのはどうかと思う」
「後で、詳しい話を聞かせてもらいましょうか。それと、あなたは次の試験は担当していただかなくて結構です」
おおよそを察して、ルベルが冷たく言い放った。
「すまないな。ちょっとトラブルがあったようだが、次の試験は滞りなく行う。だが、試験官の都合もあってしばらく待ってもらうことになる」
ルベルはミアの試験官に付いてくるように目で促すと、一旦試験場を後にした。




