複合魔術
「君と訓練できる日を、ずっと待ってたよ。言う必要もないと思うけど、手を抜いたら許さないからね」
リズがエンティに向けて真っ直ぐに指を指した。
「わかっているよ。そもそも、僕が手を抜いたらあっという間に負けてしまうからね」
エンティは軽く息を吐くと、リズの言葉に頷いた。最近ではリズも魔力の制御ができるようになっていて、安定した威力の魔術を撃てるようになっていた。
それを誰よりも知っているからこそ、エンティは全力で応じるつもりでいた。
「また謙遜するね。ま、本気で来てくれるなら、どっちでもいいよ」
リズはやれやれ、というような態度を見せる。
「その余裕が、いつまで続けられるかな……アイスニードル!」
だが、真剣な表情になると突き付けた人差し指と中指から氷の針を放った。
「いつの間に!?」
フィルイアルとの模擬戦で使った技術を、簡易的にとはいえ真似されたことにエンティは驚かされた。
「アイスニードル!」
エンティは広げた手から三本の氷の針を放つ。
驚かされたせいで反応が遅れたこともあって、五本の針を放っていたら間に合わなかった。
エンティの方が数は多かったが、やはり威力的には劣っているようで二本の針と三本の針が互いにぶつかり合って地面に落ちた。
「あれ、こっちは二本なのに互角? 不意を付けたのは良かったけど、その後が良くなかったかな」
リズは不満げな顔をしていた。
「いつの間にあんな面倒なことを覚えたんだい。正直、驚いて反応が遅れたよ」
エンティはリズが自分の技術を流用するとは思わなかったので、驚きを隠せなかった。同時に、自分でもかなり面倒な技術だとも思っていたので、それを簡易的とはいえ真似されたことには感心していた。
「君はいつも面白いことを考えるからね。だから、見ていて飽きないよ。でも、それだけで終わったらそれは勿体ないかな、って」
「そんな理由でこんな面倒なことを真似しなくてもいいよ。君は純粋に自分の魔術を高めていくべきだと思う。そこまで器用な方でもないのに」
「だから、自分にできる範囲で真似したんだよ。あたしだと、頑張っても二本が限界だったから、これ以上は無理だなって」
リズは人差し指と中指をすっと立てると、笑顔を浮かべていた。
「なるほど、色々と考えてはいるわけか。余計な心配だったかな」
「ま、これは余興かな。でも、ここからが本気だよ……アイスニードル!」
リズは一本の氷の針を放った。それは傍目にもしっかりと魔力が凝縮されているのがわかる。
「アイスジャベリン!」
同じ魔術では対処できないと察して、エンティは氷の槍を放った。
槍の方が倍以上の大きさがあったが、それでも針の方がいくらか押しているようにも見えた。
「ここは追撃させてもらおうかな……アイスジャベリン!」
リズは自分が押していると感じて、更に氷の槍で追撃する。だが、その槍は針を追尾するのではなく、上空から降り注いだ。
「上から?」
思いもしない所からの追撃に、エンティは再び驚かされていた。
「君の奥の手は、どこから飛んでくるかわからないからね。あたしも軌道を変えさせてもらったよ」
「くっ、本当に面倒な相手だよ、君は……アイスニードル!」
エンティは先に放った氷の槍に向けて、氷の針を放った。針が槍を貫くと、槍は粉々に砕け散った。
その破片がリズの槍と針の勢いを削ぐ壁の役割を果たしていた。
「はぁ、そんなのあり?」
思いもしなかった手法で自分の魔術を防がれて、リズは声を上げていた。
「君の魔術の威力の方が上だからね。僕は人道的によろしくない手以外は何でも使うよ」
「君のことは評価しているつもりだったけど、更にその上をいかれちゃった感じかな」
仕切り直しの形になって、お互いに次の手を考えていた。
「あたしとしては、君に奥の手を切らせたらあたしの勝ちかな、って思っているけど。だから、そのつもりで行かせてもらうよ……アイスジャベリン!」
リズは再び氷の槍を放つ。
一見すると何も考えていないようにも見えるが、今までのやり取りからそれは有り得ないだろう。
「とはいえ、これを対処しないと……」
「アイスニードル!」
氷の槍を挟み込むような形で、氷の針が放たれた。
「三方向からの同時攻撃? 冗談じゃないよ」
エンティは悲鳴に近い声を上げていた。
最初の氷の槍からほぼ間髪入れずに氷の針を放ったことといい、それを三方向から放つことといい、並の魔術師にできることではない。
「あれを使わずに、これに対応できるかな」
「やるね。でも、僕だって姫様の時から何も変わっていないわけじゃない……アイスジャベリン!」
エンティは三方向から来る攻撃の中心に向けて、氷の槍を放つ。
「それでどうやって対処する……」
「ライトニングブラスト!」
リズが怪訝な表情をしていると、氷の槍を貫通する勢いで、雷が放たれた。
「水と雷は相性が良い。これは授業でも習ったよね。だから……」
エンティが言い終わる前に、二人が放った魔術が完全に相殺されていた。
「互いの威力を高め合って、こうなるってことさ」
完全に相殺された魔術を見て、エンティはニヤリと笑みを浮かべた。
「……ずるい」
それを見て、リズはポツリと呟いた。
「え?」
「君、ほんと~に、ずるい!」
納得がいかないのか、リズは大きな声を上げていた。
「ずるいって、僕はそんなこと」
「他の属性の魔術を使ってくるなんて、ずるい。そんなの聞いてない」
まるで駄々っ子のようにリズは「ずるい」を繰り返した。
「いや、別にそれは禁止されてはいなかったよね。誰もやらないから、みんな自分の属性だけを使うものだって、思いこんでいたみたいだけど」
「むう」
エンティの言葉が正論だったこともあってか、リズは納得できないように黙り込んだ。
「……他に相性が良かったのは、火と風だったかな。でも、あたしは両方得意じゃないし……」
リズは何かを考え込んで呟いている。
「さっきも言ったけど、君は一つのことを集中して伸ばした方がいいよ。あの三方向からの攻撃も見事だったとは思うけど、それよりも一点に特化してこられた方が厄介だったかな」
エンティに言われて、リズは頬を膨らませていた。
「まあ、一点に特化されても何とかできる自信はあるけど」
「君は本当に一言余計だね」
エンティが自信ありげに言うと、リズは悔しさを隠そうともしなかった。
「エンティ」
そんなやり取りをしていると、ルベルがエンティを呼んだ。
「はい、何でしょうか」
二期生になってから、ルベルが個別に生徒を呼ぶことはほとんどなかった。いくらかの疑念を抱きながらも、エンティはルベルの呼びかけに応じた。
「お前が本気を出し過ぎると、他の生徒が自信をなくす可能性もある。色々と試したいのもわかるが、程々にしておくように」
「い、いえ。僕には属性がありませんから、純粋なぶつかり合いでは勝負になりませんよ」
ルベルの言葉が意外だったこともあって、エンティはそう反論していた。
「それと、あの術は学院内では使わないようにな。よもや、クラースも自分の術を簡単に真似されるとは思ってもいなかっただろうが……お前の才能は、属性以外のところにあるのだろう」
「はい」
それに関しては最初からそのつもりだったので、エンティは素直に頷いた。それよりも、学院の生徒だった頃にあの術を編み出していたクラースの技量に驚かされていた。
「何事も創意工夫は悪くない。ただ、お前の場合はやり過ぎてしまうからな。できれば、他の生徒には真似をしてもらいたくない、というのもある。全く、お前のような生徒は初めてだ」
ルベルは呆れたような、それでいてどこか誇らしいような、何とも微妙な表情を浮かべていた。
「はぁ」
エンティはそれを受けて、どう反応していいのかわからずにいた。
「余計なことを言ったな。話はこれで終わりだ」
ルベルに言われて、エンティはリズの所に戻っていった。
「先生、何だって?」
エンティが戻ると、リズが興味深々といった感じて聞いてくる。
「あー、複数の属性の魔術を使うのは、できるだけ控えるようにって。他の生徒が真似すると困るみたいだよ」
「ふーん。でも、あれは君以外にはできないんじゃないかな。あたしもやってみようと考えたこともあったけど、結構難しかったというか、できなかったんだよね」
「そうなの」
「だから、君にしかできないと思うな。さ、続きをしようか。君と訓練をすると学べることがおおいから、時間を無駄にしたくないんだ」
リズはエンティを促した。
「わかったよ」
それに応じて、エンティは再びリズと対峙した。




