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もう一つの進路

「エンティ、店長が接客に回ってって言っているわ」


 酒場の外で薪を割っていたエンティに、フィルイアルが声をかける。


「ああ、わかった。薪を運ぶのを手伝ってくれないかな」


 ある程度薪を割り終えていたこともあって、エンティはフィルイアルに一緒に薪を運んでくれるように頼んだ。


「わかったわ」


 二人は手分けして薪を運ぶ。

 フィルイアルも薪を運ぶのに慣れてきていて、最初の頃のたどたどしいような様子は全く見られなかった。


「フィル、薪を運ぶのも慣れてきたね」


 そんな様子を見て、エンティはそう言った。


「えっ、そうかしら」


 フィルイアルは意外そうな顔になっていた。


「今だから言うけど、フィルは一か月も続かないと思っていたよ。接客はそこまで力仕事はないけど、変なお客さんもいるからね」

「そう思われても、仕方ないわね。そういえば、酔っ払った人に絡まれたこともあったわね。あの時、助けてくれたのはとても嬉しかったわ」


 フィルイアルはふっと笑みを浮かべていた。


「でも、僕の予想に反してフィルはここまで仕事を続けてきた。それも、学院での勉強や冒険者の依頼を受けながら、ね」

「一人だったら、長続きしなかったわよ。あなたが色々と助けてくれたから、ここまで続いたと思うわ」

「僕が言ったことがきっかけだからね。それに、あそこまでされたらできるだけ助けてあげたいと思うのも、ある意味で当然のことだよ」


 そこで、薪の置き場に着いていた。

 エンティが薪を置き場に並べると、フィルもそれに倣って薪を並べた。


「あんまりもたもたしていると、店長にどやされるからね。急ごうか」


 自分が呼ばれるということは、店がそれなりに混雑しているということでもある。エンティはフィルイアルにそう言うと、小走りで店の中に入っていった。



「今日は思っていたよりも忙しかったなぁ」


 仕事が終わって、エンティは大きく息を吐いた。

 予想よりも店が混雑していて、必死になって注文を処理していたらいつの間にか閉店時間になっていた。


「そうね。今日はいつもよりもお客さんが多かったと思うわ。何かあったのかしらね」


 さすがにフィルイアルも疲れたような表情をしていた。


「時々、お客さんがいつもより増えることがあるんだよね」

「でも、売り上げが上がるのはいいことじゃない」

「確かに、ね」

「もうすぐ、卒業ね」


 フィルイアルが不意にそう言った。


「そうだね。でも、その前に試験があるから、試験のことも考えないと」

「エンティは、卒業後のことは考えているの?」

「……クラスメイトの一人に、うちに来ないかと誘われてるけど」


 フィルイアルの問いに、エンティは正直に答えるか少し迷った。それでも、隠しておくのは誠実でないと思い素直に話すことにした。


「そういう言い方をするってことは、ドランじゃないわね。当然、ミアでもない。そうなると、あの子かしら。いずれにしても、貴族に仕えることになるわけね。悪い話じゃないと思うわ」


 エンティの答えを聞いて、フィルイアルは驚いた顔になっていた。よもやリズがそこまで話を通しているとは思わなかったからだ。

 それでもそれは悪くない話だと思い、エンティに前向きに考えるように言った。


「普通に考えたら、そうなんだけどね。どうしてなのかな、今でも本当にそれでいいのかって迷っているんだよ」


 エンティは軽く空を見上げてからそう言った。

 普段は気にしていなかったが、今日は晴れていることもあってか星がやけに輝いて見えた。


「どうして? さっきも言ったけど、悪い話じゃないわよ。一平民が貴族に仕えるなんて、そうあることじゃないわ」


 エンティが迷っていると聞いて、フィルイアルは疑問を抱いていた。


「僕は、先生が僕を助けてくれたように、誰かを助けられるようになりたい。ずっと、そう思っていた。だから、リズの家に仕えることは僕のやりたい事とは違うんじゃないかって」


 フィルイアルと話をしていて、エンティはどうしてリズの家に仕えることに前向きになれなかったのかを気付くことができた。


「誰かを助けたい、か。でも、全ての人を助けようなんて馬鹿なことを考えてはいないでしょうね」


 そこで、フィルイアルの目つきが鋭くなる。


「理想を言うなら、そうだろうね。でも、僕にできることは限られているから。僕は、僕にできる範囲で困っている人を助けたい。それが僕のやりたい事だって、今ようやくわかったよ」


 もちろん、エンティもそんな理想論に走るほどおめでたいわけではなかった。だから、自分にできる範囲で誰かを助けるようになりたいと思っていた。


「あなたらしいわね。うん、決めた」


 エンティの言葉を聞いて、フィルイアルは何かを決めたような表情になっていた。


「フィル?」

「私は王宮に戻るべきだって、あなたもドランも言ってくれたわ。だから、最初は私も王宮に戻るつもりだった。でも、そういうわけにもいかかなくなったの」

「どういうことだい」


 エンティは只事じゃないと思っていた。

 フィルイアルが自分で決めたことを覆すのだから、余程のことがあったに違いない。


「私をお兄様の代わりに、王位に就けようとする貴族が一定数いるの。このまま私が王宮に戻れば、王宮どころか最悪国が二つに割れかねないわ」

「……とんでもないことになっているみたいだね」


 それを聞いて、エンティは驚きを隠せなかった。よもや、王宮がそのようなことになっているとは、思いもしなかった。


「だから、私は王宮には戻らない。でも、何をすればいいか思いつかなかった。あなたのおかげで、私が成すべきことが見えてきたわ」

「成すべきこと、か。どうするつもりなんだい」

「冒険者になるわ。卒業したら、まずクランを立ち上げる。私一人でできることなんて、それこそたかが知れているもの」

「フィル、本気なのかい。そもそも、王女が冒険者になるなんて、絶対に認められないよ」


 フィルイアルの決意を聞いて、エンティはそれは無理だと声を上げていた。フィルイアルの実力なら、冒険者になること自体は問題ない。だが、それができるかどうかとは話が別だ。


「幸か不幸か、私は王宮で好き勝手し過ぎたわ。だから、それを反省するという名目で見聞を広めるために諸国を回る旅に出る。それを表向きの王宮を出る理由にするわ」

「本気、なんだね。なら、僕はもう止めないよ」


 エンティは小さく首を振った。

 フィルイアルが本気で、なおかつそこまで考えているのなら止める理由はない。それに、フィルイアルが王宮に戻ることで国が二つに割れるのなら、戻らない方がいいのは明白だ。


「他人事みたいに言うけど、これはあなたにも関係があることよ」

「それって、どういう」

「あなたに、私が立ち上げるクランの一員になって欲しいの。簡単に言うなら、一緒に冒険者をやって欲しい」


 フィルイアルにそう言われて、エンティはすぐに答えが出せなかった。

 フィルイアルと一緒に冒険者として活動する。それは、エンティがやりたいことでもある困っている誰かを助けることに一番近いことだ。リズとの話がなかったら、二つ返事で飛びついていたに違いない。


「あの子とのこともあるから、すぐに返事ができないのもわかるわ。だから、卒業する時に答えを聞かせてくれればいい」


 迷っているエンティを見て、フィルイアルはすぐに答えを求めなかった。


「そうさせてもらうよ」


 すぐに答えを求められなかったことに、エンティは安堵していた。


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