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実戦訓練

「エンティ。わかっているとは思うけど、手加減は無用よ」

「もちろんです、姫様」


 魔術の実戦訓練にて、エンティとフィルイアルが対峙することになっていた。


「おい、あいつ、本気で姫様とやり合うつもりだぞ」

「確かに気に入られているかもしれなけど、命知らずな奴だ」


 二人のやり取りを見てか、周囲の生徒達がざわついていた。


「姫様。水と雷は相性が良いってことは、僕が言わなくてもわかっていますよね」


 そんな周囲を気に留めることもせず、エンティはフィルイアルにそう言った。


「もちろんよ。でも、今更そんなことを確認してどうしたの」

「ぶつかり合った時に相殺しない可能性も考えられますから、気を付けてください」

「わかったわ」


 最初こそ軽い気持ちで聞いていたフィルイアルだったが、エンティの言葉や表情が真剣なものだったので考えを改めていた。


「では、僕の方から行かせてもらいます……アイスジャベリン!」


 フィルイアルの方からは手を出しにくいと思い、エンティは自分から仕掛けた。


「いいわね。本気で来てもらわないと、私もやりがいがないわ……ライトニングブラスト!」


 エンティが本気で来たことに、フィルイアルは思わず笑みを浮かべてしまう。今まで他の生徒達と対峙した時はどこか遠慮していて、訓練としては物足りなさも感じていた。

 氷の槍と雷は二人の中心でぶつかり合った。


「押されている、か」


 エンティは軽く舌打ちしていた。

 一見すると五分のせめぎ合いのように見えるが、フィルイアルの雷が僅かにエンティの氷を押していた。

 他の生徒と対峙した時もそうだったが、相手の得意属性とかち合うと押されるようになっていた。入学当初こそ、先に魔術を学んでいたこともあって大きな差ではなかった。

 だが、ここ最近では属性がないという欠点が浮き彫りになってきている。あれこれ工夫することで誤魔化してはいたが、そろそろそれも限界に来ているのかもしれない。


「だからって、ここで追撃をするのもな」


 エンティはどうしたものかと思案していた。

 やや押されている程度で追撃をすれば、均衡が一気に崩れてしまう。かといって、このまま何もしなければ押し切られるのも目に見えていた。

 

「あら、遠慮は不要よ。それなら、今度は私の方から攻めさせてもらうわ……サンダージャベリン!」


 エンティが追撃を躊躇っているので、フィルイアルは複数の雷を同時に放った。


「いや、容赦なさ過ぎだって……アイスニードル!」


 エンティは左手を大きく広げると、それぞれの指先から氷の針を放った。それはフィルイアルが放った複数の雷とぶつかり合う。


「やるわね……ライトニングブラスト・ダブル!」


 エンティが自分と同じように複数の魔術を放ったのを見て、フィルイアルは威力重視の魔術に切り替える。二本の稲妻が、エンテイに向けて放たれた。


「アイシクル・ランス!」


 さすがに対処できないと察して、エンティは自分の切り札とも言える魔術を放つ。何回も模倣してわかったことだが、クラースがメインに使っている魔術だけあって、使い方次第で様々な状況に対応できる魔術だった。

 それだけに、頼りすぎると自分の成長を阻害してしまうと思い学院内では使わないと自らに課していた。

 だが、この状況ではそんなことも言っていられない。それだけ、フィルイアルは魔術師としての技量を上げてきていた。

 複数の氷塊がフィルイアルの放った雷を相殺していく。


「姫様、ちょっと容赦なさ過ぎですって」


 どうにか対処できて一息ついたところで、エンティは思わず抗議の声を上げていた。正直なところ、あの雷の連携を自分以外の生徒が処理できたかはかなり怪しいところだった。


「あら、私はあなたなら問題ないと思ったから仕掛けただけよ。まさか、あなたの奥の手を切らせることになるとは思わなかったけど」


 エンティが学院内ではアイシクル・ランスを一度も使っていなかったこともあって、フィルイアルは意外そうな顔になっていた。


「あれを使わないと今のは処理できなかったよ。ふぃ……姫様、今のあなたは自身が思っているよりもずっと優れた魔術師です。他の生徒には同じことをしないで下さいね」


 学院内でアイシクル・ランスを使ったことがなかったこともあって、エンティは外でフィルイアルに接する時と同じ態度になりかけていた。


「そう。あなたの切り札を切らせるほど、私の魔術の技量が上がっていたのね。なら、少し気を付けないといけないかしら」


 それを聞いて、フィルイアルは何故か嬉しそうな顔をしていた。


「どうしてそんなに嬉しそうなんですか。こっちは肝を冷やしたんですよ」

「いえ、あなたに褒めてもらえるとなんて、思わなかったから」

「僕なんかに褒められても、大したことはないですよね」


 エンティがそう言うと、フィルイアルはすっとエンティに歩み寄った。


「あなた、自分のことを過小評価し過ぎよ」


 そして、エンティの胸元に向けて指を突き付けた。


「僕には属性がありません。だから、純粋な魔術の威力では一番劣っています」

「でも、あなたはそれを克服するために誰よりも努力している。違うかしら。そんなあなたを、私は高く評価しているの。そして、自分が認めている人に褒められたら嬉しくないわけがないわ」


 フィルイアルは突き付けた指を引っ込めた。


「そうですか。僕も、姫様のことは……と、これは不敬ですね。察して頂けると幸いです」


 エンティは自分もフィルイアルを評価している、と言いかけて止めた。二人だけの時ならともかく、周囲に他の生徒もいる状況でそれを口にすると厄介なことになりそうだった。


「わかっているわ。でも、どうしてあの術を使っていなかったの。私が言うのもどうかと思うけど、あの術は汎用かつ高威力。あなたが使えばどんな状況にも対応できるはずよ」

「だから、ですよ」


 フィルイアルの疑問に、エンティはゆっくりと首を振った。


「どういうことかしら」

「姫様の言う通り、あの術はある意味で万能とも言えます。ですが、万能であるが故に頼りすぎると自分が成長できなくなるんじゃないか、と」

「あなたの先生が得意とした魔術、だったわよね」

「最初は、先生の背中を追いかけて模倣していました。でも、何回も模倣しているうちに、この術は万能であることに気付いたんです。だから、必要な時以外は使わないことにしました」


 エンティはそこで苦笑してしまう。

 何回も模倣しているうちにそのことに気付かされた時には、何ともいえない複雑な気分になっていた。


「目標とした先生の魔術を模倣して、それに頼りすぎると自分が駄目になると気付くなんて。何ていうか、皮肉な話よね」

「ええ。ですが、学院内では使わないと決めていたのに結局使うことになりました。しかも、姫様を相手に」

「それは私にとって誇らしいことね」


 フィルイアルはそこで笑顔を見せた。


「ですが、今後は他の手段で対抗できるように考えますよ。僕としても、やられっぱなしじゃ悔しいですから」


 エンティは今回はフィルイアルに完全にしてやられた、と痛感していた。もちろん、やられっぱなしで終わるつもりは毛頭なかった。


「エンティとまともにやり合えるのか、姫様」

「いや、むしろ姫様の方が押していたようにも見えたな」

「っていうか、エンティのあの魔術は何だよ。あんな魔術まで使いこなすか」


 二人のぶつかり合いが一段落したのを見て、周囲の生徒がそんなことを言い合っていた。


「今のあたしじゃ、エンティとあそこまでやり合えないなぁ、ちょっと、悔しいかも。でも、あたしだって負けていられないね」


 リズは小さくそう呟いた。


「諸君、驚くのもわかるが、訓練はまだ続いている。訓練を続けるように」


 生徒達が訓練を中断する形になったので、ルベルは訓練を続けるように促した。

 その言葉で、生徒達は訓練を再開する。


「まさか、ここまでの技量になっているとは、な。これは今度の卒業試験を見直す必要があるかもしれないな」


 ルベルはエンティやフィルイアルだけではなく、他の生徒達も全体的に高い技量を持っていることに舌を巻いていた。

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