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卒業間近

「よう、今日は随分と遅かったな」


 普段なら早く教室に来ているエンティが遅く来たこともあって、ドランは意外そうな顔をしていた。


「ちょっと、寝坊しちゃってね。酒場での仕事も少なくなってきたせいか、少し気が抜けているのかもしれない」


 エンティは欠伸混じりでそう答えた。寝坊したこともあってか、まだ眠気が抜けずにいた。酒場で働く時間が減って体は楽になったはずだが、どういうわけか寝起きが悪くなっていた。


「エンティ、おはよ。今日は遅かったね」


 エンティが入ってきた事に気付いて、リズが挨拶をしに来た。

 

「リズ、おはよう。ちょっと、寝坊しちゃってね」


 エンティも友人に接するように挨拶を返した。

 こうやってリズと挨拶を交わすのも、もう当たり前のようになっていた。


「寝坊? 君でもそんなことあるんだね。じゃ、またね」


 リズは笑顔を見せると、自分の席に戻っていった。


「思っていたよりも、いい子じゃないか。それに、姫様やミアとは違った方向で可愛い。もしかしたら、将来的に玉の輿でも狙えるんじゃないか」

「……さすがに、そんな下心を持ってリズに仕えるのは、どうかと思うよ」


 からかうように言うドランに、エンティは少し冷ややかに言い返した。冗談だとはわかっていても、さすがに言い過ぎだと思っていた。


「悪くない話だとは思うがな。お前ほどの能力があれば、そうやって成り上がってもやっていけると思うぜ」


 だが、ドランの方は冗談でもなかったのか、そんなことを言った。


「買い被り過ぎだよ。それに、リズには僕よりももっと相応しい人が現れるよ」


 それを聞いて、エンティはゆっくりと首を振った。自分が貴族になることが全く想像できなかったし、リズと一緒になるということはもっと想像できなかった。


「さて、お前が鈍いのか俺が深読みし過ぎなのか」


 ドランは小声でそう呟いていたが、エンティにはよく聞き取れなかった。


「ドラン、ちょっといいか」


 教室に入ってきたデュークは、真っ直ぐにドランの方に向かってきた。その表情は焦っているような、信じられないというような複雑なものだった。


「どうしましたか」


 おおよその予想がついているのか、対照的にドランは落ち着いていた。


「いや、どうもこうもねえよ。本当に、大丈夫なのか。いや、お前を疑っているわけじゃないんだが、どうにも信じられなくてな」


 デュークは唸るようにそう言った。その様子からして、フォール商会からデュークの家に対して何らかの交渉があったことが伺えた。


「その様子からして、うちから何か打診があったようですね。まあ、うちは騙してどうこう、なんてことはしないんで、そこは安心して頂ければ、と」

「い、いや。でもよぉ。あんだけの金積まれて『そのお金を使って道を整備してください。それがうちと取引する条件です』とか言われても、話がうますぎるだろ」


 デュークは信じられない、というようにまくし立てた。


「ああ、うちの親父、そう判断したんですか。当然ですが、その金は後で返すようにと言われていますよね」


 ドランは相手を落ち着かせるためか、のんびりとした口調で答える。


「そりゃ、当然だろ。確かに、うちの領地は道が悪い。でも、それをどうこうする金はなかった。だから、ありがたい話なんだが……以前取引していた商人は、何だかんだと難癖を付けるだけで、まともな取引をしようとはしなかったんだ」

「そういう商人に見切りをつけて、うちを取引相手に選んだ。あなたは良き領主になれそうですね。親父もそう思ったから、そういう提案をしたのでしょう」

「……オレは頭も良くないし、何よりもまだ若造だ。そんなオレが、領主としてやっていけると判断してもらえた、ということか」


 デュークは落ち着きを取り戻して、呟くように口にした。


「自信を持って下さい。あなたは自分のことをよく理解して、それで自分にできることをやろうとしている。その気持ちを忘れない限りは、良き領主になれるでしょう」

「まるで、成功した途端に変わった人間を知っているような口振りだな」

「ええ、そういう人間の話は多々耳にしましたし、実際に見たこともあります。ですから、あなたも初心を忘れないように」

「ああ、わかった」


 ドランが諭すように言うと、デュークは頷いた。普通なら同じ年の、しかも平民に諭すようなことを言われたら頭に来そうなものだが、それを受け入れるあたり懐が深いと言えた。


「フォール商会の……いや、お前の期待に添えるように頑張るよ」


 デュークはそう言うと、自分の席へと戻っていった。


「いやはや、この学院の貴族様は思ったよりも型破りな方々が多いな」


 ドランはたまらずといったように笑い出してしまう。


「君がそう言うんだから、そうなんだろうね。確かに、姫様やミア、それにリズなんかも僕が思っていた貴族のイメージとは全く違っていたけど」

「ま、お前の抱いているイメージの貴族様が大半だろうけどな」

「そうだろうね」


 そこで、エンティはブルグンドの顔を思い浮かべていた。フィルイアルに言わせれば小物、とのことだが、それでも大抵の貴族はああいった感じなのだろう。

 エンティがそんなことを考えていると、教室の扉が開いてルベルが入ってきた。


「休暇明けとはいえ、全員元気そうでなによりだ」


 ルベルは軽く全体を見渡すと、そう言った。


「もうじき卒業ということになるが、卒業後のことはしっかりと考えるように。もちろん、卒業試験もあるからそこも抜かりないようにな」


 その言葉を聞いて、生徒達は気が引き締まったのか空気が張り詰めた。


「良い表情だ。私もこの学院の卒業生だから、この時期は不安や緊張もあった。だが、諸君なら乗り越えられると信じている」


 ルベルはふっと表情を緩めると、軽く自分の過去を口にした。


「もう座学で教えるようなことはほぼない。これからは実戦的なやり取りが多くなる。その過程で怪我をするようなこともあるかもしれないな。無論、そういったことが起こらないよう極力配慮するつもりだが、それでも絶対に起こらないとは言い切れない」


 ルベルがそう言うと、少し教室がざわめき出した。

 下手をすると怪我をするかもしれない、と聞かされたら動揺するのも無理はないだろう。


「最初は、進級試験の時に使った疑似生命体を相手にしてもらう。ある程度慣れてきたところで、実際に対人……要は、生徒同士で魔術の撃ち合いをすることになる」


 ルベルは続けてそう説明する。


「おいおい、姫様を相手にして、怪我とかさせたらどうするんだよ」


 誰かが小声でそう言っているのが聞こえた。


「仮に訓練で私が怪我をしても、一切の責任を追及することは致しません。もとよりここに入学した時点で私は一生徒です。特別扱いをする必要はありません」


 フィルイアルはゆっくりと立ち上がると、宣言するように言い放った。


「姫様、ご配慮感謝します」


 それを受けて、ルベルは一礼する。


「それに、怪我をしたとしたらそれは私が未熟だっただけのことです。そうならないように、最大限の努力をするつもりです。ですから、皆様も訓練の時は私に遠慮しないようにお願いしますね」


 フィルイアルはそう言うと、音も立てずに席に着いた。


「で、でもよ」

「だからって、はいそうですかって」


 そんな声が聞こえてくる。


「無理もないか。他のみんなは姫様の本質を知らないから」

「ま、意図的に怪我させようとする馬鹿はいないだろうが、それでも魔術を撃ち合うのなら何が起こるかわからんしな。貴族様がビビるのもわからんでもないぜ」

「と、なると姫様が本気でやれる相手は僕らくらいになりそうだね」

「なら、俺らは本気でやらないといけないか」


 エンティとドランは顔を見合わせると、周囲に聞き取れない程度の声でそう話した。


「本当に、ここは退屈しなくていいわ」

「姫様」


 どこか嬉しそうに言うフィルイアルに、ミアは窘めるように声をかけた。


「だって、あんな退屈な場所、おまけに面倒事まで押し付けられたのよ。それに比べたら、ここの方が楽しいと思うのは当然じゃない」

「気持ちはわかりますが、それをあまり公にしないように、と言っています」

「はーい」


 なおも苦言を呈するミアに、フィルイアルは茶化すかのように返事をする。


「姫……いえ、そうですね。わたしもここの方が気が楽に過ごせますし」


 ミアは頭を抱えそうになったが、フィルイアルが王宮で感じていた重圧を思うと、それ以上の苦言は言えなかった。


「とはいえ、すぐに疑似生命体を準備はできないな。よって、今日は疑似生命体との訓練についての説明を行う」


 ある程度教室内が落ち着いたところで、ルベルは授業を開始した。

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